ミステリ&SF感想vol.213

2014.10.18

風ヶ丘五十円玉祭りの謎  青崎有吾

ネタバレ感想 2014年発表 (東京創元社)

[紹介と感想]
 『体育館の殺人』『水族館の殺人』に続く、アニメオタクの高校生・裏染天馬を探偵役としたシリーズ第三作の本書は、いわゆる“日常の謎”風の短編五篇に“おまけ”の「世界一居心地の悪いサウナ」を加えた短編集。話に直接のつながりはありませんが、いきなり本書を読むと登場人物の関係などが少々わかりにくいかと思われるので、できれば『体育館の殺人』から順番にお読みになることをおすすめします*1
 殺人事件を扱った長編二作では、かなりの分量を割いた細かい推理の積み重ねが大きな見どころでしたが、本書では短編かつ“日常の謎”ということで、やや趣の違った推理――“日常の謎”は多くの場合ホワイダニットが主眼になってくる*2ため、(一部の)フーダニットのような消去法が使えない――が展開されています。もっとも、長編二作でも推理の中で説得力を備えつつ意外な解釈を披露してきた作者のこと、“日常の謎”でも十分に魅力的な推理を見せてくれます。
 個人的ベストは、「天使たちの残暑見舞い」

「もう一色選べる丼」
 県立風ヶ丘高校の学食の外で、誰かが持ち出してお昼を食べた後、きちんと返却せずに置き去りにしたどんぶりが見つかった。腹を立てる学食のおばさんから、食券二十枚と引き換えに犯人探しの依頼を受けた裏染天馬。どんぶりの中にはなぜか、好きな具を二つ選べる学食名物、〈二色丼〉のうち、ソースカツだけが手つかずで残されていたのだが……。
 “日常の謎”にしては珍しくフーダニットが前面に出されていますが、“お約束”ともいえるホームズばりの推理――犯人のプロファイリングというべきか――に負うところも大きいとはいえ、ホワイダニットを足がかりにして犯人の人物像に迫る推理が見どころで、解き明かされる真相もなかなかすごいことになっています。

「風ヶ丘五十円玉祭りの謎」
 風ヶ丘の神社で開かれている夏祭りにやってきた袴田柚乃は、早速屋台を見つけて三百円のたこ焼きを買ったが、返ってきた二百円のお釣りはなぜかすべて五十円玉だった。やがて出会った裏染天馬によれば、かき氷屋のお釣りも五十円玉ばかりだったという。手分けして調べてみると、出店や屋台の半分以上がお釣りに五十円玉を使っていて……。
 かの“五十円玉二十枚の謎”*3をアレンジしたような謎が目を引く作品。序盤の“ある場面”には思わず苦笑させられますが、“多重解決”的な謎解きは見ごたえがありますし、真相解明のための“補助線”がよく考えられていると思います。その真相は、やや微妙に感じられるところもないではないものの、まずまずといっていいのではないでしょうか。

「針宮理恵子のサードインパクト」
 不良っぽい外見で怖がられる二年生・針宮理恵子は、夏休みのある日、こっそり交際している頼りなさそうな一年生男子・早乙女が、所属する吹奏楽部のクラリネットのパートでいじめを受けているのではないかと心配する。二日続けて使い走りよろしく買出しに出かけて、部屋から閉め出されたのを目にしたのだ。と、ちょうどそこへ通りかかった裏染天馬は……。
 『体育館の殺人』に少し登場した針宮理恵子を主役としたエピソードで、彼女が高校生活で遭遇した“衝撃”を通じてその人物像が掘り下げられていくのが印象的。その一方で、ミステリとしては今ひとつとらえどころがない……と思っていると、細かい手がかりをもとにした裏染天馬の鮮やかな推理に足元をすくわれます。

「天使たちの残暑見舞い」
 数年前に卒業した演劇部の先輩が部室に残したノートには、奇妙な体験が記されていた――始業式の後、部室にいた彼が教室に戻ってみると、二人の女子が抱き合ってキスをしていた……ように見えた。動揺して一旦その場を離れ、数分後に戸口からのぞいてみると、教室からは誰も出てこなかったにもかかわらず、二人の女子は消え失せていた……。
 読むのがちょっと気恥ずかしい百合……はさておいて、発端から真相へと至る“飛距離”が最も大きく感じられる点で気に入っている作品で、謎解きに説得力をもたらす効果的な演出も光ります。最後のもう一つの推理(?)にもニヤリとさせられます。

「その花瓶にご注意を」
 私立緋天学園中等部の放課後、廊下に飾られていた大きなガラスの花瓶が、床に落ちて割れているのが見つかった。単純なアクシデントかと思われたが、すぐ目の前の教室にいた裏染鏡華は、花瓶の割れる音が聞こえなかったことに不審を抱き、何やら独自に推理を始める。そして鏡華は、一人の生徒に目星をつけて対決に乗り込んだのだが……。
 裏染天馬らの出番がなく、『水族館の殺人』に登場した*4天馬の妹・裏染鏡華を探偵役に据えた、番外編的な作品。一見すると“日常の謎”ではない犯人探しですが、“日常の謎”に通じるところのある“気づき”*5――〈なぜ割れる音が聞こえなかったのか?〉――をきっかけに犯人の行動が明らかにされていくのは「もう一色選べる丼」と同様。そして犯人との対決が工夫されていて秀逸です。

「世界一居心地の悪いサウナ」
 ――内容紹介は割愛します――
 裏染天馬と“ある人物”の遭遇を描いた掌編で、ミステリではないのに推理はある(!)のが作者らしいというか何というか。これが次作にどのようにかかわってくるのか、大いに気になるところです。

*1: 作中の時系列では、『体育館の殺人』「もう一色選べる丼」『水族館の殺人』「風ヶ丘五十円玉祭りの謎」→……という順序になります。
*2: “日常の謎”は、ある出来事が不可解であるがゆえに“謎”と認識される場合がほとんどで、“犯人”にとってのメリットが明らかなもの――ほぼ純粋なフーダニット――はそぐわない印象があります。
*3: 若竹七海が実際に体験した“日常の謎”(詳細はWikipediaを参照)。この謎を扱った作品としては、若竹七海 ほか『競作 五十円玉二十枚の謎』や、澤木喬「ゆく水にかずかくよりもはかなきは」『いざ言問はむ都鳥』収録)などがあります。
*4: 「風ヶ丘五十円玉祭りの謎」にも登場しています。
*5: “日常の謎”はもちろんそれ自体が“謎”として扱われるものですが、同時にしばしば、ミステリでいうところの“気づき”――真相解明につながるポイントへの着目――と同様の機能を果たしており、物語の中でのタイミングこそ違え、かなり近いものがあると考えています。
 実際、泡坂妻夫「DL2号機事件」『亜愛一郎の狼狽』収録)などは、本来であれば事件発生後に置かれるべき“気づき”を物語の発端に持っていくことで、〈なぜつまずいたふりをしたのか?〉という“日常の謎”風の謎に仕立ててある、ととらえることができるでしょう。

2014.04.29読了  [青崎有吾]
【関連】 『体育館の殺人』 『水族館の殺人』 『図書館の殺人』

テンペスタ 天然がぶり寄り娘と正義の七日間  深水黎一郎

ネタバレ感想 2014年発表 (幻冬舎)

[紹介]
 東京の大学で美術の非常勤講師をつとめている賢一は、三十代も半ばを過ぎて結婚の予定もなく、一人細々と暮らしていた。そんなある日、田舎に住む弟の竜二から、小学四年生の娘・ミドリを一週間預かってほしいと連絡がくる。しぶしぶ引き受けた賢一だったが、やってきたミドリは“嵐を呼ぶ美少女”だった。驚くほど好奇心旺盛で、口を開けば鋭い毒舌、わがままに賢一を振り回したかと思えば、思わぬところでまっすぐな正義感を発揮する――そんなミドリと賢一の、一週間の共同生活の末に待ち受けていたのは……。

[感想]
 本書は『ジークフリートの剣』『美人薄命』などと同様に、作者お得意の“一般小説に擬態させたミステリ”ですが、“リアルな子供の姿を描く”という執筆の動機*1をみてもわかるように、かなり一般小説寄りの作品となっています。その分、ミステリ的な趣向はだいぶ控えめな印象で、ひとまずはミドリと賢一の二人が繰り広げる愉快な物語を素直に楽しむのがおすすめです。

 題名の『テンペスタ』は、本書の扉の前に口絵として挿入されているジョルジョーネの絵画*2からとられたものですが、主役のミドリはまさに“テンペスタ”――“嵐”のように強烈なキャラクター。小塚原刑場跡や将門の首塚などを観光(?)する(小学生女子にしては)変わった趣味(失礼)もさることながら、「漢は黙って勘違い」『言霊たちの夜』収録)を髣髴とさせるギャグ(?)や、あらゆる手段を駆使して賢一を振り回す(大人の目から見ると)自由奔放すぎる言動など、いささか好みの分かれるところではあるかもしれません。

 それでも、大人の賢一がスルーしてしまいそうな細かい“悪”や“不正”に対して、子供らしくストレートに正義感を発揮して思いきった行動をとってみせるあたりは、強く印象に残ります。また、大人が思いもよらない自由な発想を次々と披露するのも楽しいところで、とりわけ賢一の専門分野である美術談義の中で、前述のジョルジョーネ『テンペスタ』を含めた様々な名画について、余計な知識にとらわれることなく素直な疑問や解釈を示していくのが痛快。賢一の方もそれを新鮮な見方として受け止めているあたりは、『トスカの接吻』で“誤読する権利”を強く打ち出した作者らしいところです。

 最初はミドリに手を焼かされてばかりだった賢一も、次第に色々なことに気づかされていき、共同生活がそれなりにうまくいくようになってきたところで、突然の波乱。それまでの物語からするとやや唐突に映るかもしれませんが、しっかりと伏線が張られている部分もありますし、なかなかよくできていると思います。そして最後の七日目――当初の展開からはまったく予想外の形で物語は幕を閉じることになります。これもまた好みの分かれるところもあるでしょうが、ミステリとしての最大の見どころであることは間違いありません。

 大人の主人公が子供への理解を深めていく過程をじっくりと描いた、作者の新境地*3ともいえる作品ですが、同時に、作者らしさが随所に表れた作品であることも確かでしょう。前述のようにミステリ色は薄めですが、面白く読ませてもらいました。

*1: 島田荘司監修『本格ミステリー・ワールド2014』では、“小説やドラマに出てくる子供は、どうしてあんなに子供らしくないのだろう。本物の子供は絶対にあんな喋り方はしないぞ! と夙に不満に思っていたのですが、だったら自分で書けば良いのだと、ある日突然気付いて書きはじめたもの”(同書107頁)とされています。
*2: 「テンペスタ - Wikipedia」を参照。これを模した本書のカバーイラストも魅力的です。
*3: 子供の視点で描かれた作品としては、「シンリガクの実験」『五声のリチェルカーレ』収録)や「不可能アイランドの殺人」『世界で一つだけの殺し方』収録)がありますが。

2014.05.17読了  [深水黎一郎]

女郎蜘蛛 Black Widow  パトリック・クェンティン

ネタバレ感想 1952年発表 (白須清美訳 創元推理文庫147-09)

[注意]
 本書は、演劇プロデューサーのピーター・ダルースを主役とするシリーズの最終作です。本書だけを読むのであれば、川出正樹氏の解説に(本書の帯にも)あるように、“パトリック・クェンティンの著作を一冊も読んでいなくても、何の問題もない”のですが、シリーズ全体としてはできるだけ予備知識なしで順番に読む方が楽しめると思いますので、まだ本書以前の作品を読んでいないという方は、以下の[紹介]及び[感想]にもご注意下さい。
 個人的には、本書より前に少なくとも、第一作『迷走パズル』と第二作『俳優パズル』、それから『巡礼者パズル』*を読んでおくことをおすすめします。

*: そちらの内容に言及され、(ミステリの真相ではないものの)物語の結末が匂わされている箇所があります(本書53頁~54頁/140頁~143頁)

[紹介]
 高名な演劇プロデューサーのピーター・ダルースは、パーティーで所在なさそうにしていた二十歳の娘ナニー・オードウェイと知り合いになった。愛妻アイリスが母親の静養に付き添ってジャマイカへ旅立ち、寂しさと退屈を抱えていたピーターは、つましい生活を送りながら作家を目指して修業中だというナニーに同情心と親切心を発揮し、ついには自分のアパートメントを日中の間、執筆の場所としてナニーに提供するまでになった。やがて、帰国したアイリスを出迎えて帰宅したピーターだったが、寝室にはナニーの首吊り死体がぶら下がっていたのだ……。

[感想]
 待望の新訳で復刊された本書は、題名に“パズル”と入ってはいないものの、『迷走パズル』から『巡礼者パズル』までの〈パズル・シリーズ〉に引き続いてピーター・ダルースが主役をつとめる*1、正真正銘最後の作品*2です。『俳優パズル』以来久々に、ピーターのホームグラウンドである演劇業界が舞台となっているのも目を引くところですが、『巡礼者パズル』での“あの結末”から一転というか何というか、ピーターと妻のアイリスが何事もなかったかのように(?)元の鞘に収まっている様子に少々驚かされます*3

 しかし本書では、その夫婦関係に新たな危機が――『巡礼者パズル』での“愛情の問題”とはまた違った、信頼を揺るがす問題が生じることになります。ピーターとしては決して浮気心があったわけではなく、父親めいた親切心から始まったナニー・オードウェイとの関係が、ピーターとアイリスの自宅寝室でのナニーの死という事態を引き起こしてしまうのも十分に強烈ですが、そこで終わりではないのが本書の恐ろしいところで、まったく身に覚えのない“罪”で窮地に追い込まれて孤立してしまうピーターの姿は、身につまされるものがあります。

 川出正樹氏が解説で評しているように、本書は“章が変わるたびに新たな事実が明らかになり事件の様相が変化するタイプのミステリ”(解説より)ですが、事件の様相もさることながら、題名の“女郎蜘蛛”*4が指し示すもの――その実態がはっきりと見えてくるのが圧巻で、周到に張り巡らされた“糸”の様子に思わず慄然とさせられます。と同時に、“ナニーはなぜ死んだのか?”という疑問を端緒として、(ミステリとしては当然ともいえますが)その死に秘められた謎がクローズアップされてくるのが大きな見どころです。

 本書では、“Q・パトリック”名義で発表された作品で探偵役をつとめるトラント警部補*5が起用されているのも注目で、これまでの作品で(全部ではないものの)探偵役をつとめてきたピーターは探偵役に対抗する立場となり、強力なサスペンスが醸成されています。そして、ピーターが絶望的な状況に心を折られそうになりながらも、ぎりぎりのところで踏みとどまって立ち上がり、そこから反撃に転じる姿は、ピーターの“再生”の物語でもあった『迷走パズル』『俳優パズル』と重なって印象深いものがあります。

 関係者が限られていることもあって、真相がわかりやすいと感じられる向きもあるかもしれませんが、そこまで持っていく手順はよく考えられていてなかなか巧妙だと思います。どちらかといえば、本格的な謎解きよりもサスペンスに重きが置かれている感もありますが、やはりよくできた作品であることは間違いないでしょう。

*1: 後の『わが子は殺人者』には脇役として登場しているようですが……(未読)。
*2: 加えて、“パトリック・クェンティン”(及び“Q・パトリック”など)の中心だったリチャード・ウィルスン・ウェッブが執筆に関わった最後の作品でもあります。
*3: 『巡礼者パズル』と本書の間を埋める未訳長編『Run to Death』の邦訳が待たれるところです。→2015年4月に『死への疾走』として刊行されましたが、意外なことに……。
*4: ちなみに、原題の“Black Widow”はジョロウグモではなくクロゴケグモを指しますが、初訳の高城ちゑ氏が『女郎ぐも』と訳したのは、北米原産のクロゴケグモは日本人にはなじみが薄いとの判断によるものでしょう。
*5: 『わが子は殺人者』『二人の妻をもつ男』などにも登場しています。

2014.05.28読了  [パトリック・クェンティン]
【関連】 『迷走パズル』 『俳優パズル』 『人形パズル』 『悪女パズル』 『悪魔パズル』 『巡礼者パズル』 『死への疾走』

ロマネスク  瀬尾こると

ネタバレ感想 2014年発表 (創元推理文庫408-21)

[紹介]
 故郷・讃大仁{サンドニ}の神殿から盗まれた秘宝、金の巣と瑪瑙の卵を探して諸国を放浪するバシリスクは、砂漠の国ケ・イキョーを訪れた。そこで、心ならずも王位継承の内紛に巻き込まれたバシリスクは、やがて王に対する重罪を犯したとして“三択の刑”を科される。いずれも生きて脱出することが困難な、『胡戎魯{コジュール}の迷宮』・『芽出臼{メデイウス}の回廊』・『占犂牟{ウラリム}の坩堝』という三つの刑場から、一つを選ばなければならないのだ。しかも、怪物・銅鑼胡爾猗{ドラコニア}が棲まう『胡戎魯の迷宮』では、迷宮を作った胡戎魯自身が何者かに殺される事件が起きていて……。

[感想]
 『新・本格推理』などに短編を発表していたという作者の長編第一作で、漢字+ルビと片仮名での表記が入り混じった、東洋とも西洋ともつかないエキゾティックな架空世界を舞台にした冒険譚です*1。帯やカバーには“ファンタスティック・ミステリ”と謳われていますが、ミステリもファンタジーも必ずしも物語の軸ではないというか、主人公バシリスクを渦中に巻き込んで展開されるケ・イキョー国の騒動を中心に据えた、ミステリ色のある架空の歴史ものといった趣の作品になっています。

 城平京氏による解説でも指摘されているように、序盤から驚くほど展開が速いのが本書の大きな特徴。その一因である、(架空世界が舞台となっている割には)かなりあっさりした印象の文章や描写は、好みが分かれそうなところではあります。もちろん、決して説明不足というわけではないのですが、例えば“三択の刑”の刑場、とりわけ『胡戎魯の迷宮』などは個人的にもう少しじっくり描いてほしかったところで、少々物足りなく/もったいなく感じられてしまうのは否めません。

 しかし一方で、ちょっとした“謎”を次から次に繰り出すことによって、物語をぐいぐいと引っ張っていく手法は魅力的です。一応は不可能状況ともいえる、『胡戎魯の迷宮』内での殺人が意外にさらりと解明されてしまうのはご愛嬌ですが、“三択の刑”の刑場やバシリスクが追う秘宝などガジェット(?)の秘密や、王宮内に渦巻く謀略の実体、そして謀略の背後にいる黒幕――“犯人”の正体といった、一つ一つはさほどでもないもののバラエティ豊かな“謎”が、テンポよく解き明かされていくことで読ませます。

 その中にあって本書の最大の謎となっているのが、基本的にバシリスクの視点で進んでいく物語の随所に挿入されている、“ある人物”の独白でしょう。一見すると本筋とは関係なさそうな過去の回想に始まりますが、人物描写も比較的薄味になっている*2本書の中で、バシリスクと並ぶ“もう一人の主役”として存在感を発揮しており、なかなか巧みに隠蔽されたその正体もさることながら、クライマックスで明らかにされるその秘めた心情が実に鮮やかな印象を残しています。

 結末もこれまたややあっさり気味ながら、どことなく爽やかな後味を漂わせるあたりが好印象。カバーには“ファンタスティック・ミステリ第一作と書いてあるのですが、もし続編が予定されているのならば、大いに楽しみです。

*1: 物語世界の雰囲気には都筑道夫『暗殺心』を思い起こさせるところがありますが、そちらよりやや西洋に近づいたような感じです。
*2: これは、“ある人物”の人物像を際立たせるための、意図的なものではないかと思われます。

2014.06.09読了

Another エピソードS  綾辻行人

ネタバレ感想 2013年発表 (角川書店)

[紹介]
 中学三年の八月、両親とともに夜見山を離れて海辺の別荘へやってきた見崎鳴。そこで出会ったのは、かつて夜見山北中学の三年三組で鳴と同じく不可解な〈現象〉を経験した青年・賢木晃也――その幽霊だった。湖畔の古い屋敷に一人で住んでいた彼は、ある夜、屋敷の階段で不可解な転落死を遂げたが、その後しばらくたってから幽霊として目覚めたというのだ。どうやら晃也の死は親族によって隠蔽されたらしく、死の前後の記憶を失った幽霊は独り、消えてしまった自分の死体を探しているという。鳴はその死体探しに協力して、謎めいた古い屋敷の様子を探ることに……。

[感想]
 本書は、傑作ホラーミステリ『Another』のスピンオフ作品で、“続編”と銘打たれてはいるものの、メインの部分は『Another』本篇の続きではなく、その途中の“隙間”に組み立てられた物語となっており、内容にもさほど強い関連はありません。が、本書の“枠”にあたる部分*1『Another』本篇が終わった後の話であり、そちらを経ているがゆえの“この結末”という部分もなきにしもあらず。というわけで、未読の方はまず『Another』本篇からお読みになることをおすすめします*2

 さて物語は、夜見山での〈現象〉が一段落した九月の下旬になって見崎鳴が榊原恒一に語る、夜見山を離れていた一週間の出来事。夜見山で進行中の〈現象〉の影響が直接そこまでは及ばないこともあってか、『Another』本篇とはだいぶ趣の違った静かな印象の物語となっています。物語の中心となる“自分の死体探し”が派手ではないこともありますが、“幽霊が主人公”という設定ゆえに、少なくともその存在を認識できる人物(本書では鳴)が現れるまでの間は、主人公が孤独を強いられることになる*3、というのも見逃せないところではないでしょうか。

 また、主人公・賢木晃也の幽霊が記憶の一部を失っていることから、物語は記憶喪失サスペンス風の様相も呈することになるのも面白いところで、不可解な部分が残る死の状況のみならず、さらなる過去――かつて経験した夜見山の〈現象〉に関わる“謎”まで盛り込まれています。『Another』本篇で描かれているように、鳴は夜見山で進行中の事態に巻き込まれているわけで、話がそちらの方向に向かうのも自然*4というか、この本篇との絡め方はスピンオフ作品としてなかなかよくできていると思います。

 『Another』本篇が“ホラーでもありミステリでもある”物語だったのに対して、どちらかといえば“ホラーともミステリともつかない”印象の本書では、仕掛けもやや小粒でシンプルなものになっている感があります。(少々ずるいように感じれる部分もないではないとはいえ)読者によっては早い段階で見通すことも可能かもしれませんが、本書で重要なのはそれよりも一連の事態の背景に横たわる“なぜなのか?”ではないかと思われます。最後の“謎解き”の中でも、それを通じて掘り起こされていく“想い”が強く印象に残ります。

 インパクトはやや薄いものの、余韻の残る結末も含めてきれいにまとまった佳作といっていいのではないでしょうか。『Another』本篇をお読みになった方はぜひ。

*1: 冒頭の「Introduction」と、中間の「Interlude」、そして最後の「Outroduction」
*2: ついでにいえば、(「小説 野性時代」2014年11月号から連載が開始された)『Another 2001』を読む前に、本書を読んでおいた方がいいのではないかと思われます。
*3: このあたりは、同じく幽霊が主人公となっている有栖川有栖『幽霊刑事』の序盤にも通じるところがあります。
*4: 実際、鳴が幽霊に出会ったのは、かつての〈現象〉の話を聞くために賢木晃也を探しにきたことがきっかけとなっています。

2014.06.28読了  [綾辻行人]
【関連】 『Another(上下)』