ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.194 > 
  4. ブラッド・ブラザー

ブラッド・ブラザー/J.カーリイ

Blood Brother/J.Kerley

2008年発表 三角和代訳 文春文庫 カ10-4(文藝春秋)

 ジェレミーがヴァンジー・プロウズを誘惑して施設から脱走した――という表面的な状況が、そのまま真相だとはさすがに思いませんでしたが、真相につながる糸口さえも厳重に隠されており、なかなか見えてきません。冒頭の段階で、ヴァンジーの残したメッセージの中に“シリウス”という重要な手がかりがあったわけですが、それが“わたしに必要なのは重大な{シリアス}――”(20頁)と聞き違えられるネタはなかなか巧妙です。

 ただし日本語の場合、“シリウス”と“シリアス”は明らかに発音が違うので、“Sirius”と“serious”を聞き違えるという状況を事前には想定できないのが苦しいところですし、そもそも“爆弾探知犬シリウス”*1のことまで知っている日本人がどれほどいるのかと考えると、日本の読者にとっては手がかりとして少々微妙かもしれません。

 真犯人であるジム・デイが徹底的に隠されているのもすごいところで、「プロローグ」で一応登場してはいるもののその時点では誰だかわからず、前半ではジェレミーに関する報告書の作成者として名前が出てくる(65頁)くらい。そして本格的に物語に登場する頃にはすでに真犯人であることが確定しているというのは、さすがに苦笑を禁じ得ないところです。

 これまでジェレミーの犯行とされてきた連続殺人事件がひっくり返されてしまうのには仰天しましたが、これまでの作品であまり具体的に触れられていなかったことを逆手に取った(?)*2、よくできたどんでん返しといえるのではないでしょうか。事件の報告書に見受けられる、“誘惑は一人称、殺人は三人称。”(121頁)という奇妙な点が、真相につながる秀逸な伏線となっているのもお見事です。

 『ブラッド・ブラザー』という題名からして“兄と弟の物語”が前面に押し出されていながら、その陰から“父と息子の物語”が真相として浮かび上がってくる*3のも巧妙なところ。“父”であるジム・ディが比較的あっさりとジェレミーに殺されたところでは、正直なところやや拍子抜けの感もありましたが、その“息子”が相次いで現れるクライマックスは凄絶です。

 最後に示される、すべてがジェレミーの計画通りだったという真相は、終盤まで読み進めればある程度見えてくるところもあり、さほどの驚きはありません。が、一件落着した後でハリーが静かに指摘するという形が効果的で、強く印象に残る幕切れになっていると思います。

*1: 「『ブラッド・ブラザー』(ジャック・カーリイ/文春文庫) - 三軒茶屋 別館」の、“本書では9.11で死んだ爆弾探知犬の名前が物語の重要な鍵となっています。(中略)本書における犯人と真犯人との関係の構図にも、やはり9.11の影響を読み取ることができる、というのは決して深読みではないと思ってるのですが……”という指摘には、なるほどと思わされるところがあります。
*2: ほぼ間違いなく“後付け”だとは思いますが。
*3: さらにいえば、“父と息子”と鮮やかな対照をなす“母と娘の物語”(ヴァンジーとアリス・フォルジャー)も。

2011.11.25読了