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建築屍材/門前典之

2001年発表 (東京創元社)

 まず、密室からの人間消失については、たわいもないといえばたわいもないトリックですが、蜘蛛手の言葉通り“建築途上だったからこそ成立し得た*1(310頁)のは確かで、特殊な舞台をうまく生かしたトリックといえます。

 そして、百瀬が抱いた違和感(“窓がさ、少し小さくなったような気がしたのよ”(73頁))というオーソドックスな手がかりから、蜘蛛手が語ったデパートでの泥棒消失のエピソード(“庭石の中に隠れたのさ”(38頁))というヒント、さらには“現実”と図面の齟齬([図a](56頁)の光景と巻頭の平面図(2F))という大胆な手がかりと、いずれもよくできていると思います。

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 一方、屋上で起きた左官工(関内)殺し――コンクリート上の足跡の謎については、全体としてかなり煩雑な印象を受けてしまうのが残念なところ。まず、被害者自身が行っていた作業からして複雑で、[表1](226頁)に要領よくまとめられてはいるものの、“先打ち部分”と“後打ち部分”のコンクリートの状態まですんなりと把握するのはなかなか難しいと思います。

 また、犯人の計画が予期せぬ事態で破綻したという経緯が、事態をさらに難しくしています。犯人の当初の計画では偽装は完璧なものとなるはずで、アクシデントがなければ謎が生じなかったのですから、どうにも仕方ない展開であるのは確かなのですが、犯人の当初の計画がまず検討されてアリバイ工作であることが先に解き明かされることで、後に残るのがいわば“悪い意味での純粋なハウダニット”――犯人の特定にまったく役立たない謎解きとなり、読者の興味を引きつける力が減じてしまうことになります。

 実際、歩道ブロックを使ったトリック自体はよくできているにもかかわらず、それが解き明かされる場面が今ひとつ盛り上がりに欠けているのは否めないところで、残念といわざるを得ません。

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 そして“姿なき犯人”による西中殺しに至っては、一見するとトリックが仕掛けられた意味が不明で、トリックの内容にまで興味を抱きにくくなっている感があります。もちろん、工事中断の責を免れるために、わざわざトリックを弄してまで殺人であることを明示した(事故死扱いになるのを避けた)という逆説的な真相に、かなりのインパクトがあるのは確かです*2。しかし、せっかくのトリックの扱いが軽くなってしまっているのは、やはりもったいなく感じられてなりません。

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 それでも、“本命”の死体消失トリックはやはり秀逸。まず、作中で説明されている、“死体をコンクリートの壁や柱に埋め込む”ネタが不可能であるという事実が、巧妙なミスディレクションとなっているところに脱帽。確かに階段であればかかる荷重は(柱や壁よりも)小さくなるはずで、実現可能性は高くなると考えられます。

 死体が切断されて潰されていた理由も納得できるものですし、犯人が一人で実行可能な程度の作業量であるところもよくできています。一方、階段が前にずれることで手すりが“低く”なり、裕一のズボンにできた傷の位置がずれたという手がかりも見事です。さらにいえば、一見奇をてらっただけとも思える“数字の4”の形の階段が、トリックに必要不可欠であるのも見逃せません。踊り場の前後で180度(または90度)曲がる通常の階段では、前にずれた段が著しく目立ってしまうのは避けられないところで、トリックを実現可能とするために考え抜かれた構造といえるでしょう*3

 そして、“品質の均一性”(331頁)へのこだわりから社長秘書・三井まで殺害したという、常軌を逸した動機には圧倒されます。

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 西中が残したダイイングメッセージが数字の1、2、3であることはかなりわかりやすいと思いますが、それが(巻頭にも配された)ビルの平面図に犯人の名前が表れていることを意味していたという真相には、さすがに唖然とさせられます。上下を逆にしてわかりにくくするという配慮こそされているものの、わざわざ透けやすい紙を使って大胆に犯人の名前を示すという作者の稚気が何ともいえません。

*1: 作中ではこの後に密室だ”と続いていますが、密室そのものは普通の施錠により構成されたものですから、“建築途上だったからこそ成立し得た密室トリックだ”、もしくは“建築途上だったからこそ成立し得た人間消失だ”の方が適切ではないでしょうか。
*2: ついでにいえば、宮村が指摘している“そんな場所(注:死体を隠す場所)がもうなかったから”(309頁)という理由も、なかなか強烈です。
*3: 巻頭の図面を見る限り、四階から上へ向かう通常の階段では不可能ですし、三階から下へ向かう階段でも踊り場との位置関係から不可能だと考えられるので、左官工(関内)と西中を殺した際には“場所がもうなかった”というのも、核心を突いているといえるかもしれません。

2009.06.24読了