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いわゆる天使の文化祭/似鳥 鶏

2011年発表 創元推理文庫473-05(東京創元社)

 作中の葉山君らが追いかける謎は〈天使〉/〈迷子〉を出現させた犯人とその目的ですが、本書の読者に向けて用意されたメインの仕掛けはもちろん、場所も時期も異なる〈天使〉事件と〈迷子〉事件とを同一の事件だと見せかける叙述トリックでしょう*1「第五章」でそれぞれの事件が二つの高校で起きていたことにも驚かされましたが*2「終章」で〈天使〉の事件が一年前であることが明かされてさらに驚愕。

 例えばミノの吹奏楽部の一年の子が何か調べて回ってたな。”(75頁)という台詞――実際には蜷川奏ではなく千石さん(222頁)――のような細かいミスディレクションも効果的ですが、本書において仕掛けが見事に成立している最大の要因は、本書のユニークな構成とプロットそのものにあるといえるのではないでしょうか。

 というのも、本書の「A」「B」のように複数のパートに分かれた構成が採用されている場合、ある程度この種のミステリを読み慣れた読者であればパート間の“ずれ”を疑ってみるのが常だと思われるのですが、本書では「A」の語り手である葉山君と「B」の(メインの)語り手である奏の二人が、「第二章 B」で早々に出会って協力することで“ずれ”が巧みに隠蔽されており、同一の事件を対象としているかのように誤認させられることになるからです。そしてまた、「A」での真相解明は部分的なものにとどまり、葉山君が「B」の時点でもいまだ事件の全貌をつかみきれてはいない――真相を探る姿勢を見せている、ということも、〈天使〉事件が現在の出来事だとミスリードするのに一役買っています。

 一方で、“同一の事件”という見せかけの構図に対して違和感を抱かせるポイントもいくつか用意されてはいます。その最たるものは、「A」で事件解決を急ぎながら「B」“そう解決を急ぐ必要もないと思う”(214頁)と言ってのける葉山君の態度の違いですが、他にもそれぞれのパートで伊神さんが登場するタイミングや、葉山君と奏が待ち合わせをする「第三章 B」に柳瀬さんが不在であること*3、さらには「第二章 B」に葉山君視点の語りが“侵入”して“「A」:葉山君視点/「B」:奏視点”という図式が崩れていること、などがあります。しかし、これらはいずれも“二つのパートがどのように“ずれ”ているのか”を示唆するものではないので、少なくとも“「A」:過去/「B」:現在”という構図を導き出すのは困難ではないでしょうか*4

 もう少し直接的な手がかりとしては、「第二章 B」で葉山君に電話をかけた〈迷子〉が“あなたの学校に貼り紙をした真犯人ですよ”と名乗った際の、“貼り紙、といきなり言われてすぐにはぴんと来なかった(いずれも106頁)という葉山君の独白があり、〈天使〉事件からの時間の経過がさりげなく大胆に示唆されています。また、奏からみて“二つ上の先輩”(49頁)、すなわち三年生である“智くん”に対してほぼ対等な口調で話しかけている上条先輩*5が、葉山君と“同学年のはず”(209頁)ということから、「B」の葉山君がすでに三年生になっていることに思い至るのも不可能ではないかもしれません。

 いずれにしても、これまでの作品から一転して作中の時間を一気に進めるという、意表を突いた荒技に脱帽。と同時に、(犯人にとっての)不測の事態である便乗犯の出現が、〈天使〉事件を大事にするとともに真犯人の犯行の中止、そして一年を経ての再開と、プロットを成立させるために実にうまく利用されているところも見逃せません。

 もっとも、便乗犯の方はいささか苦しいというか、長編に仕立てるためにも必要であったことは理解できますが、シリーズの“お約束”を踏まえれば少なくとも強烈な悪意に基づく犯行ではあり得ないわけで、ある程度予想できてしまうのが難しいところですし、動機と犯行のバランスが取れていないように感じられるのが少々残念ではあります。

*1: 作中の事件については、本書の英題『KILROY WAS HERE』読者のみに向けたヒントとなっており(→「キルロイ参上#恋人を待つ男説 - Wikipedia」を参照)、作者としてもそこで勝負するつもりではないことがうかがえます。
*2: シリーズのこれまでの作品で葉山君の通う学校が“某市立高校”とされていながら、本書で唐突に“蘇我市立蘇我高校”(299頁)という校名が出てきたところでようやく感づいたのですが、もはや時すでに遅し。
*3: これまで描写されてきた言動からみても、この時点で柳瀬さんが事件に関わっていれば(いなくても?)、このようなイベントに首を突っ込まないはずがないと思われます。
 それにしても、柳瀬さんと上条先輩の“対決”が見られなかったのが残念(苦笑)。
*4: 最初に挙げた葉山君の態度の違いから、“別の事件”であることは予想できなくもないかもしれませんが……。
*5: “彼女に物申せるのは三年生でも数名しかいない”(48頁)ほど強い立場とはいえ、“吹奏楽部は上下関係が厳しい”ために奏が“人前では智くんのことも先輩として扱うことにしている”(いずれも64頁)ことを考えれば、“智くん”と同学年である方が不自然ではないように思われます。

2011.12.20読了