ミステリ&SF感想vol.195

2012.04.27

猫柳十一弦の後悔 不可能犯罪定数  北山猛邦

ネタバレ感想 2011年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 同じ安アパート〈鮟鱇荘〉に住み、大東亜帝国大学の探偵助手学部で探偵助手を目指す学生・君橋君人と月々守は、希望が外れて人気のない猫柳ゼミに所属することになる。指導教官の猫柳十一弦は、“名探偵号”を持ってはいるものの探偵としての功績は不明、二人と同じ〈鮟鱇荘〉の住人で頼りなさそうな若い女性だった。思わず先行きに不安を覚えた二人だったが、やがてお互いに打ち解けて楽しく学ぶようになっていく。そんなある日、学部のエリートたちが集う名門・雪ノ下ゼミとの合同合宿が決まり、一行は会場となる孤島の館を訪れたのだが、折悪しく台風が到来する中で奇怪な殺人事件が発生して……。

[感想]
 雑誌「メフィスト」に掲載された『不可能犯罪定数』を改題の上、加筆修正を加えて刊行された本書は、“名探偵”や“探偵助手”が大学(院)で取得すべき学位の一種(資格?)*1とされている世界――“探偵士”が存在する山口雅也〈キッド・ピストルズ・シリーズ〉を思わせる、パラレルワールド風の世界を舞台にした物語となっています。もっとも、ほとんど大学周辺と孤島というごく狭い範囲のみが描かれているため、“特殊な世界”という印象はさほど強くはありません。

 指導教官のいるゼミとはいえ、専攻が専攻だけにミステリ研究会にも通じる雰囲気がないこともなく、孤島での合宿で事件が起きるという(ある意味)コテコテの舞台設定には、どこか懐かしさのようなものを覚えるほど*2。しかしながら、事件が発生し、参加者のうち二人が相次いで異様な死体となっているのが発見されて以降、真相解明よりもまず“クローズドサークル内の事件に際していかに生き延びるか”に重点が置かれているのが、(いわゆる)本格ミステリとしてはかなり異色といえるのではないでしょうか。

 実のところ、本書の中心に据えられているのは探偵役・猫柳十一弦の造形――(『踊るジョーカー』などの探偵・音野順の延長線上にあるような)弱気で頼りなさそうな人物像もさることながら、そのユニークな探偵像であって、事件さえもそれを生かすために組み立てられているといっても過言ではありません*3。すなわち、直接的な“力”では対抗し得ない犯人に対して、その“次の一手”を先読みすることで猫柳が挑む、リアルタイムの頭脳戦*4が大きな見どころとなっており、そのためのクローズドサークルであり○○○*5であると考えられます。

 “名探偵”を演出する必要性か、読者が直接的な手がかりをもとに犯人の狙いを見抜くのはほぼ不可能(苦笑)で、その意味ではいささかアンフェア気味といえますが、猫柳の先読みの正しさはその後起きる出来事で担保されているともいえるわけで、その言動に着目して“探偵が何を見抜いているか”を推測するのは決して不可能ではない……かもしれません。が、あまりにも強引かつ前代未聞の○○○にはやはり、カタルシスよりも途方に暮れる感覚が先に立ってしまうのが否めないところではあります。

 もっとも、その点も含めて最終的に明らかにされる真相が“この世界”ならではのものであることは確かで、特殊な設定がうまく使われているといっていいでしょう。そしてまた、全編を通じて“通奏低音”となっている探偵と助手の関係が改めて浮かび上がってくる結末は、非常によくできていると思います。さらりと読んでしまうと少々微妙なところが目につくようにも思いますが、じっくり読み返してみると意欲的な試みが随所にうかがえる、なかなかに実験的で面白い作品です。

*1: 作中には猫柳の“大学院で名探偵号をもらって”(13頁)という台詞もあります。
*2: 綾辻行人『十角館の殺人』などを思い起こさせるところがあります。
*3: さらにいえば、“名探偵”が学位であるという設定の狙いの一つとして、目立った功績のない猫柳に名探偵としての“裏付け”を与える、ということもあるように思います。
*4: だけではなかったりもしますが……。
*5: 明かしても問題ないかとは思いますが、一応伏せておきます(例によって文字数は適当)。

2011.12.17読了  [北山猛邦]
【関連】 『猫柳十一弦の失敗』

いわゆる天使の文化祭  似鳥 鶏

ネタバレ感想 2011年発表 (創元推理文庫473-05)

[紹介]
 夏休みも終盤となり、某市立高校の生徒たちは目前に控えた文化祭に向けて、それぞれ準備に追われる忙しい日々を送っていた。そんな中、登校した葉山君は美術室で、目つきの悪いピンクのペンギンのような〈天使〉の絵が描かれた貼り紙を発見する。さらに校内のあちこちで、色々な部活にちなんだ図柄の〈天使〉の貼り紙が大量に見つかり、手の込んだ悪戯かとも思われたのだが、やがて犯人と思しき人物が化学準備室に怪しい工作の痕跡を残し、さらに文化祭のホームページも改竄されるなど、事件は続いていき……。

[感想]
 某市立高校美術部の葉山君を中心に、すでに卒業した*1伊神さんも含めた“高校生(+α)探偵団”の活躍を描く学園ミステリの、シリーズ第四作。第一作の『理由あって冬に出る』以来となる長編で、内容の方もそれにふさわしくというべきか、文化祭という高校生活の一大イベントを目前に控えた中で比較的“大きな事件”が起きるという、このシリーズとしてはやや派手めのものとなっています。

 奇妙な貼り紙が大量に出現する発端は、そこに描かれた〈天使〉のユーモラスな(?)姿*2のせいもあってか、(やけに大がかりで手が込んでいるとはいえ)罪のない悪戯のように思えるところもありますが、犯人の行動は次第にエスカレートしていき、ついには文化祭そのものに大きな打撃を与えかねない状況へと発展します。また、文化祭の準備に熱中していく生徒たちの盛り上がりが、事件と並行して丁寧に描かれることで、事態の深刻さがより切実に伝わってきます。

 メインの探偵役である伊神さんが卒業して基本的に不在*3のため、シリーズ当初はワトスン役に近い立場だった主人公の葉山君が、柳瀬さんらの協力を得ながら探偵役をもつとめることになっています*4。その一方で、もう一人の語り手として登場する吹奏楽部の一年生・蜷川奏(通称カナちゃん)が独自に事件を調べ始め、やがて“二つの視点”は合流するのですが、しかし二人とも犯人が身近にいるとの確信を抱いていることもあって、互いにすべてを打ち明けるには至らないまま物語が進んでいくのが面白いところです。

 文化祭への影響を考慮して、事件の解決にはタイムリミットが設定されることになり、残り時間がどんどん少なくなっていく中盤から終盤にかけての緊迫感は十分。そして、思いがけない真相が明かされる結末がよくできているのはもちろんですが、その中でも“どうしてこうなったのか”が非常に秀逸で、大きなカタルシスを味わうことができます。ミステリ以外の部分で思わずニヤニヤさせられるエピソードも魅力で、シリーズ随一の快作といっても過言ではないでしょう。

 ……と面白く読んだ本書ですが、一方で、この種の――普通の学生の手に負える程度の事件/謎を扱った――“殺伐としていない”学園ミステリで長編*5を書くことの困難さ、いわば設定ゆえの“限界”のようなものが浮き彫りになっている感もあります。事件の性質でいえば本書はかなりぎりぎりのところで、場合によっては学校側が動いてもおかしくない、むしろここまで生徒に任せてあるのは少々不自然*6という見方もできるかもしれませんし、他にも若干苦しいところが。実際、本書では全体的に相当な工夫が凝らされているのですが、逆にここまでしないと長編に仕立てるのは難しい、ということもいえそうではあります。

*1: シリーズ第二作の『さよならの次にくる〈卒業式編〉/〈新学期編〉』を参照。
*2: カバーイラストのtoi8氏によるカットが、冒頭に掲載されています。
*3: 実際のところ、伊神さんはどうみても“長編には向かない探偵”だと思われるので、少なくとも本書ではこうせざるを得ないでしょう。
*4: このあたりについては、「『いわゆる天使の文化祭』(似鳥鶏/創元推理文庫) - 三軒茶屋 別館」で興味深い考察がなされていますので、ぜひそちらをご一読下さい。
*5: 連作短編がつながって長編になる〈連鎖式〉(あるいはそれに類するもの)を除く。
*6: 第一作『理由あって冬に出る』の“幽霊騒ぎ”のようなものであればまた別ですが。

2011.12.20読了  [似鳥 鶏]

人狼城の恐怖 第一部 ドイツ編/第二部 フランス編/第三部 探偵編/第四部 完結編  二階堂黎人

ネタバレ感想 1996~1998年発表 (講談社文庫 に22-8,9,10,11)

[紹介]
 独仏国境の険しい渓谷に建てられた、不気味な人狼伝説の残る双子の古城〈人狼城〉。一九七〇年、年齢や職業など様々な十人の客が、ドイツ側にある〈銀の狼城〉に招待されるが、やがて城内に閉じ込められた一行は次々と不可能状況下で殺戮されていく……。一方、フランス側の〈青の狼城〉を訪れたサロンのメンバーたちは、ナチスの作り上げた奇怪な殺人鬼“人狼”の潜伏が疑われる中、相次いで凄惨な死を遂げていく……。かくして、総勢二十名以上が犠牲になった“人狼城殺人事件”を知った名探偵・二階堂蘭子は、弟の黎人らとともに解決のために欧州へ飛ぶ。一行を待ち受けていた、恐るべき惨劇の真相は……?

[感想]
 本書は、作者のデビュー作『地獄の奇術師』に始まる名探偵・二階堂蘭子シリーズの第五長編であり、文庫版で平均650頁弱×四冊、原稿用紙にして実に4000枚強という“世界最長の本格推理小説”*1。しかも、決していたずらに長いわけではなく、最後の一冊が丸ごと謎解きにあてられるという長大な分量に見合ったスケールの謎――数多くの殺人とそれを束ねる壮大な背景――が提示され、またほとんど無駄なところが見当たらない密度の濃さを誇る、質量ともに並外れた超大作となっています。

 物語の発端であり本題の事件が描かれる「第一部 ドイツ編」「第二部 フランス編」は、“双子の城”という特異な舞台そのままに、独立していながらどちらも大筋では同じような道行きの“双子の物語”であり、どちらを先に読んでもかまわない*2というユニークな構成になっています。もっとも、何も知らずに城に集められた人々がやがて惨劇に巻き込まれていく、比較的オーソドックスな展開の「ドイツ編」に対して、「フランス編」ではまずナチスの残した“人狼”によると思しき奇怪な殺人事件に筆が割かれ、その“人狼”を追って主人公らが城へ向かうという具合に、具体的な内容にはある程度の変化をつけてあり、読者を飽きさせないよう工夫されています*3

 もちろん、それぞれの城で起きる個々の殺人も凝ったものになっていて、(さすがに全部が全部というわけではありませんが)“双子の城”らしい“双子の密室”をはじめとして主立ったところは、まさに不可能犯罪のオンパレード。この点で本書に比肩し得るのは柄刀一『密室キングダム』くらいではないかと思われますが、そちらと比べるとある意味“古典的”な扱いというか、“トリックのためのトリック”と完全に開き直ったような屈託のない姿勢が目を引きます。このあたりはやや意見の分かれるところかもしれませんが、個人的にはこちらの方が好みです。

 続く「第三部 探偵編」では、いよいよ名探偵・二階堂蘭子が登場。欧州へ行くなり、“名探偵”としてやたらに持ち上げられている様子がいささか鼻につきますが、少なくとも本書の場合は、そうでもなければ解決にたずさわることができない――(一応伏せ字)〈人狼城〉にたどり着くことすらできない(ここまで)わけで、これはやむを得ないところでしょうか。いずれにしても、この時点ではまだ“外部”から事件に光を当てるにとどまり、少々もどかしく感じられますが、そこでこれだけの大事件を支える背景として広げられた伝奇小説的な“大風呂敷”が一つの見どころです。

 手がかりが出揃ったところで、一冊丸ごとをかけてじっくりと真相が解明されていく「第四部 完結編」は圧倒的。その分量はもちろんですが、個々の犯行のトリックを一つずつ解き明かしながらも蘭子に“まだお話しする段階にありません”(第四部86頁)などと言わせて*4要所をぎりぎりまで伏せておき、ここぞというところで大ネタを効果的に見せるなど、よく考えられた謎解きの手際がお見事です。そしてその大ネタは、シンプルにして豪快なもので、長大な物語を支えきるにふさわしい実に秀逸なトリックとなっています。

 事件の真相が解明されてもなお結構な分量が残されており、“広げた風呂敷”を畳みにかかりながら怒涛の幕引きへ。このあたり、初読時には少々やりすぎのようにも思われたのですが、講談社文庫版「第三部」の解説で成田守正氏が“本来のゴシック小説(ゴシック・ロマンス)を濃厚に志向している”と評しているのが目から鱗で、そのような観点でいえば最後の「終わりのない物語の始まり」に至るまで、よくできた結末といっていいのではないでしょうか。凄まじい分量ゆえに敬遠される向きもあるかもしれませんが、読み終えると達成感/満腹感に包まれること間違いなしの、一度は読んでおきたい傑作です。

*1: 巻数だけでいえば、吉村達也『時の森殺人事件』(全6巻)もあります――ただし、“本格推理小説”かどうかは意見の分かれるところかもしれません――が、頁数などの分量では本書に及ばなかったように記憶しています。
*2: 実際に、講談社文庫版の「第一部」「第二部」のカバーには、“※『第一部』『第二部』はどちらからでもお読みいただけます。”と書かれています。
*3: このような内容の違いを踏まえてみると、やはり「第一部」「第二部」の順で読む方が入りやすいのではないかと思われます。
*4: 決して必要以上にもったいぶっているわけではなく、一気に解き明かすことのできない事情もあり、妥当なところでしょう。

2011.12.26 / 2012.01.01 / 01.03 / 01.08再読了  [二階堂黎人]

探偵術マニュアル The Manual of Detection  ジェデダイア・ベリー

2009年発表 (黒原敏行訳 創元推理文庫197-54)

[紹介]
 雨が降り続ける都市の〈探偵社〉で、腕利き探偵シヴァート専属の記録員を長年つとめてきたチャールズ・アンウィンは、ある朝突然探偵への昇進を命じられた。何かの間違いかと上司である監視員レイメックの部屋を訪れるが、そこで彼の死体を発見してしまう。かくして、与えられた『探偵術マニュアル』と眠り病の助手エミリーだけを頼りに、心ならずも探偵として捜査をする羽目になったアンウィンは、失踪してしまったシヴァートの行方を追いかけていくうちに、かつてシヴァートが解決した事件にかかわった〈カリガリ・サーカス〉へとたどり着くが……。。

[感想]
 ある日突然探偵になることが決まった主人公が、『探偵術マニュアル』を片手に慣れない探偵活動に奮闘する物語――といえば、パーシヴァル・ワイルド『探偵術教えます』のような作品を想像されるかもしれませんが、ダシール・ハメットにちなんだハメット賞*1を受賞したのみならず、SFの賞であるローカス賞*2の第1長編部門第3位にも輝いた本書は、そこはかとなく幻想的な雰囲気に包まれたファンタジー風ともいえる世界の中で私立探偵もののプロットを展開した、独特の味わいのある作品です。

 舞台となるのは、かのピンカートン探偵社*3をモデルにしたらしい巨大な〈探偵社〉を擁する、雨に煙る名もない都市。その〈探偵社〉のベテラン記録員である主人公アンウィンが、いきなり不可解な昇進を命じられる発端こそ異色ですが、戸惑いながらもやむなく探偵活動に着手し、一連の事態に関わりがあると思われる探偵シヴァートの失踪を追いかけていく展開は、意外にオーソドックス。しかしその私立探偵ものらしいプロットの中に、ファンタジー的な要素が平然と登場してくるのが本書の面白いところです。

 そもそも、かつてシヴァートが解決したという事件*4からして奇妙すぎる事件ばかりで、とりわけ“十一月十二日を盗んだ男の事件”などはもはや魔術的。とはいえ完全にファンタジーの側に振り切れるというわけでもなく、アンウィンがシヴァートの行方を追い求める中で、それまで記録員として報告書を通じてのみ知っていたそれらの事件に探偵として触れることで、記録に残されなかった事実が浮かび上がるとともに事件がやや違った姿を見せるあたりなど、ミステリとしての興味もまずまず備わっていると思います。

 加えて、「1 尾行について」「2 証拠について」……といった章題が並ぶ目次からも明らかなように、本書全体の構成が『探偵術マニュアル』の“見立て”になっている――というユニークな趣向も見逃せないところ。作中でも大きな役割を果たしている“マニュアル”の重要性が印象づけられるということもありますが、物語があたかも“マニュアル”に沿って進行していくかのような形をとることによって、読者も作中のアンウィンと同じく“マニュアル”を頼りに調査を行っているような、メタフィクション的な感覚*5もまた魅力です。

 調査を進めるにつれて、アンウィンを取り巻く様々なものが――“世界”のありようさえもが大きく変容していきながら、その中で(“謎解き”というほどではないかもしれませんが)思いのほかしっかり伏線が回収されていくところがなかなか侮れません。そして、様々な“敵”と“味方”が入り乱れるとともに“現実”と“幻想”が交錯するクライマックスもさることながら、美しく鮮やかな印象を残すラストシーン*6がお見事。好みの分かれるところはあるかもしれませんが、一風変わった不思議な小説を読みたいという方には特におすすめです。

*1: 「Hammet Prize - Wikipedia」を参照。
*2: 「ローカス賞 - Wikipedia」を参照。
*3: 「ピンカートン探偵社 - Wikipedia」を参照。
*4: 帯にも“本書に登場する事件の一例”として紹介されています。
*5: 主人公アンウィンが(元)記録員であり、事件の記録や報告書に再三言及されることも、メタフィクション的な感覚を生み出すのに貢献しているといえるでしょう。
*6: 370頁~371頁の記述がまた心憎いものになっています。

2012.01.18読了

幽霊刑事{デカ}  有栖川有栖

ネタバレ感想 2000年発表 (講談社文庫 あ58-11)

[紹介]
 俺は神崎達也、刑事……だった。上司の経堂課長から夜の浜辺に呼び出された俺は、いきなり拳銃で射殺されてしまい、事件から一ヶ月ほど経った今、幽霊となって復活したらしいのだ。しかし所詮はこの世のものならぬ身の限界なのか、道行く人々はおろか母親や妹、さらには同僚にして最愛の恋人である須磨子までもが、俺の存在に気づいてもくれない。失意のまま、生前勤めていた警察署を訪れた俺だったが、恐山のイタコの血を引いているという後輩の早川だけが、俺の姿が見えて話もできるという。かくして、俺は早川の協力を得て、俺を殺した犯人である経堂課長を追い詰めようとするが、当の課長が密室状況で殺害されて……。

[感想]
 有栖川有栖の非シリーズ長編である本書は、推理劇*1の原案を小説化したという経緯もさることながら、題名そのままに殺害されて幽霊となった刑事が主人公という設定が目を引く異色の一作。主人公が幽霊というのはおそらく前例もあるかとは思いますが*2、本書ではその扱いがよく考えられていることもあって、悲喜こもごもが織り交ぜられた、実に印象深い作品に仕上がっています。

 まず序盤、幽霊となって“復活”しながら誰にも気づかれない主人公の、幽霊としての悲哀がじっくりと描かれているのが見どころで、幽霊という特殊設定の“枠組み”を読者に説明しておく*3という意味合いもあるのでしょうが、主人公の味のある語り口も相まって、それ自体が読者を物語に引き込む力を備えています。またそれだけに、“幽霊刑事”である主人公が“霊媒刑事”という相棒を得た喜びもしっかりと伝わり、幽霊譚であるにもかかわらずそこはかとなく陽性の雰囲気を帯びた物語となっていきます。

 主人公を殺害した犯人は冒頭から明らかで、山口雅也『生ける屍の死』*4のような“自分を殺した犯人探し”ではない……のかと思いきや、犯人である課長の背後には“黒幕”の存在が示唆され、主人公自身にはまったく思い当たるところのないホワイダニットとともにフーダニットの興味も生じているところが巧妙。もっとも、課長が犯人という真相からして主人公=幽霊の証言以外に裏付けはなく、“幽霊刑事”と“霊媒刑事”の捜査が難航を余儀なくされるあたりは面白くももどかしいというか(苦笑)

 やがてその課長が密室で殺害される事件が発生し、事態が一気に大きく動き出すとともに、捜査にも少しずつ進展が。この密室殺人の真相も含めて、ミステリとしては(どちらかといえば)細かいネタの積み重ねとなっていますが、段階的に謎がほぐれていく過程は物語の展開に合致していますし、それぞれよくできているのは確かでしょう。とりわけ、“黒幕”の“ある犯行”の理由を巧みに隠蔽するトリックが非常に秀逸で、完全にしてやられてしまいました。

 事件が解決された後に用意されている、そうなるとわかってはいても心を動かされる結末はお見事というよりほかありませんし、最後に余韻を生む演出も心憎い限り。これまで読み落としていたことが悔やまれる、“面白うてやがて悲しき”傑作です。

*1: 1998年9月20日に大阪・万国博ホールで行われたとのこと。
*2: ……と書いているそばから、とりあえず海外の短編で一作あるのを思い出しましたが、ネタバレになるのでここでは伏せておきます。
*3: 西澤保彦の“SF新本格”などにおける、“特殊ルール”の説明にも通じるところがあります。
*4: 本書と同じく殺害された被害者が主人公となっていますが、犯行が毒殺であるために犯人はわからなくなっています。

2012.01.28読了  [有栖川有栖]