ブッポウソウは忘れない/鳥飼否宇
2016年発表 (ポプラ社)
2016.08.03読了
- 「慈悲心鳥の悲哀」
- 三匹の“容疑者”の中から“犯猫”を特定するストレートな“犯猫探し”かと思いきや、人物誤認トリックならぬ動物(個体)誤認トリックが飛び出してくるのが面白いところ。動物(個体)誤認トリックには有名な前例(*1)もありますが、そちらに比べるとだいぶ複雑なトリックになっています。
翼 → みやこ 古賀 黒猫 イチロウ ノン ポー 前肢だけが
白い黒猫ジロウ ポー ブランド 三毛猫 ミーコ イチ ジロウ ? ポー?
実際には三人がバラバラに名前をつけていたにもかかわらず、その中に一部共通する名前があったことで(*2)、翼がつけた名前が通じているかのような状況が作り出されるのが巧妙で、その結果として四匹目の“容疑猫”が浮かび上がってくるのがユニークなトリックです。また、翼は出会った順番で、みやこは白い毛の部分に着目して、そして古賀さんはミステリにちなんだ名前(*3)という具合に、三人のネーミングにそれぞれ(一応の)法則性を用意した上で、共通する名前をひねり出してあるところが凝っています。
三匹の“容疑猫”のうち、翼は“ミーコ”を、みやこは“イチ”(イチロウ)を、そして古賀さんは“ジロウ”を(当初は)それぞれ疑っていたわけですが、動物(個体)誤認トリックが明らかになってみると“容疑猫”は同じ三毛猫だった(*4)ということで、“一匹三役”トリックにもなっているのが秀逸。そして、ヒナが三羽いるように見せかけるジュウイチの習性が、解決へのヒントになっているところもよくできています。
最後は、ノネコに襲われたと思われたジュウイチのヒナが無事だった――“犯猫”がいなかったというオチはいいとして、ミルワーム(検索注意!)を蕎麦の切れ端に見間違える翼の観察力が心配になってしまいます(苦笑)。
- 「三光鳥の恋愛」
- 翼の口頭試問の模擬練習という形で、サンコウチョウの謎の核心である
“メスに似たオス”
(92頁)の存在を示してあるのが心憎いところですが、翼自身が完全にメスの個体だと思い込んでいるために、真相に気づくのは少々難しいかもしれません。いずれにしても、“メス(だと思われた個体)の恋の相手がオスではなかった”ことが、みやこのラブレターの相手の謎を解くヒントになっているところは、「慈悲心鳥の悲哀」同様によく考えられています。
この作品ではさらに、サンコウチョウの性別に関する翼の勘違いによる、“肉食系メスは恋の相手に嫌われる?”
(82頁)という付箋(*5)が、みやこの不可解な機嫌の悪さの原因となっていたわけで、サンコウチョウの生態と人間の謎とが二重に結び付けられているのが秀逸です。
- 「耳木菟の救済」
- 門司さんの怪我が、転んで頭を打ったにしては不自然なのは確かですが、門司さん自身の秘密主義に加えて“ダミーの犯人”(若松と春日)が存在することで、事件性を帯びることになっているのがうまいところ。特に春日については、
“安普請のアパート”
(185頁)という、いかにも犯人らしい“失言”のミスディレクションまで用意されているのが周到ですし、それを鮮やかにひっくり返す真相もお見事。
一方、奇妙なヘッドギア・《ウー吉0号》の正体は、フクロウの聴力が関わっていることまでは予想できるでしょうが、そこから先はやや見えづらくなっている……というのは、(プロトタイプだけあってか)そのまま視覚障害者の役に立つものではない(*6)ことも一因かもしれませんが、個人的に寺沢武一の漫画「コブラ」のエピソード(*7)を思い起こさせられるところも含めて、面白い真相ではあると思います。
- 「鸚哥の告発」
- ヨウムの“トミーノハンコー”という言葉を“トミーの犯行”とそのまま解釈した〈古賀犯人説〉から、“ヒトミの犯行”の聞き間違いと解釈した〈芦屋日登美犯人説〉、さらには“偽の手がかり”と解釈した自作自演の〈九千部助教犯人説〉と、“メッセージ”の扱いの違いで多重解決に仕立ててあるのがうまいところです(*8)。もっとも、ヨウムが“犯行”という言葉の意味を理解して使うのはさすがに無理があるので、“トミーノハンコー”がヨウムによる告発でないこと――ひいてはこれらの推理が誤りであることまで、予想するのは難しくないでしょう。
実のところ、九千部助教が“フレッドに任意のセリフを仕込むくらいたやすかった”
(266頁)とすれば、“~の犯行”という言葉を意味がわからないまま覚えさせるのも可能だったはずですから、厳密にいえば〈九千部助教犯人説〉は否定できない――もちろん、フレッドに“犯行”という言葉を教えていないとする九千部助教自身の証言もそのまま信用はできない――のではないかと思われますが、そこはそれ。
しかして、思いもよらないヨウムのすり替えが判明するとともに、“枠外”からの犯人が登場してくる真相には、さすがに唖然とさせられるよりほかありません。この真相、富野判子のCMを知らない読者にとっては解明が不可能に近いようにも思われますが、“トミーノハンコー”に“~の犯行”以外の意味があることをあらかじめ想定しておけば、“富野町で古くから印章店をやっていた人”
(253頁)を見落とさずに着目し、ヨウムがフレッドではなく花子だったと見抜くこともできそうですし、その花子は“ご隠居さんが届けてくれる”
(253頁)ことになっていたのですから、容疑者の“枠外”にいた求菩提のご隠居に疑いを向けることもできるかもしれません(*9)。
ところで、九千部助教はヨウムが“トミーノハンコー”としゃべったことを翼に確認して、ヨウムが花子にすり替えられていたことを見抜いています(272頁~273頁)が、救急車で搬送された病院からの帰り道での“まさかトミーがそんな乱暴なまねはしないわよ”
・“だったら、あのときのフレッドのことばをどう解釈したらいいんですか?”
(227頁)というやり取りをみると、九千部助教はこの時点ですでに、“トミーノハンコー”という言葉を翼から聞いていたことになるのでは……? - 「仏法僧の帰還」
- 最初の「慈悲心鳥の悲哀」で、春香が
“女性特有の病気全般および産科を扱う医療施設”
(45頁)を受診していたことを根拠に、みやこが春香の妊娠の噂を持ち出しますが、実際には“産科”
ではなく“女性特有の病気”
の方――乳がんだったという真相が隠されているのが秀逸。続く「三光鳥の恋愛」でも、抗がん剤の副作用である“吐き気”
(88頁)を、妊娠によるものと巧みに見せかけてあります。
そして「耳木菟の救済」では、ついに春香が“赤ちゃんを抱いていた”
(157頁)姿が登場して、春香の妊娠・出産という翼の(ひいては読者の)思い込みが強固なものとなりますが、(“母親が体調を崩して”
(29頁)といった伏線もあるとはいえ)母親の妊娠・出産を組み合わせたあざといミスディレクションが強烈。さらに「鸚哥の告発」では、“赤ちゃんが死んでしまった”
(242頁)という知らせに続いて、春香が“きれいに剃髪していた”
(243頁)写真が届き、翼はより一層打ちのめされることになりますが、これは赤ちゃんが亡くなったにしてもやや唐突なところがあるので、むしろ真相を見抜くための手がかりとして配されたものかもしれません(*10)。
ジオロケーターとともにブッポウソウに託された真相が、一年を経て翼の手に届く形をとった“解決”は、それ自体が演出として非常に効果的なのもさることながら、春香が戻ってくるよりも前に翼が真相を知ることになったというのが重要で、重い真相の衝撃をここで受け止めたことによって、その後の春香の帰還――そしてもちろん、がんの完治――を翼が素直に喜べるようになっている、見事な結末といえるでしょう。
*1: 寡作な国内作家((作家名)中西智明(ここまで))の長編((作品名)『消失!』(ここまで))。
*2: みやこの聞き間違いもトリックに一役買っていますが、
*3: 古賀さんが
*4: “ミーコ”が珍しいオスの三毛猫だったという仕掛けは単なる雑学ネタではなく、知識のある読者に対して、みやこの“イチ”(→
*5: これが
*6: むしろ、(視覚の邪魔にならない限りは)聴覚障害者の方が便利に使えそうな気もします。
*7: 「コブラの登場人物#ソード人 - Wikipedia」のバベル王の項目を参照。
*8: ダイイングメッセージものなどでは常道かもしれませんが。
*9: 求菩提のご隠居を犯人とするには、監視カメラの映像による“密室状況”がネックとなりますが、実験室のヨウムが花子にすり替わっていた以上、花子を連れてきた人物が存在することは明らかなので、フーダニットに関してはさしたる障害とはならないのではないでしょうか。
ちなみに、
*10: 春香が“剃髪”した表向きの理由を用意するために、赤ちゃんが死ななければならなかった、と考えてみると、いささか後味が悪いところもないではないですが……。
*2: みやこの聞き間違いもトリックに一役買っていますが、
“もう一方のジロウは”(9頁)を
“もう一方はじろっと”(69頁)というのはいいとしても、
“黒猫のイチロウは”を
“黒猫は一路”と受け取るのはさすがに苦しいのではないかと思われます。
*3: 古賀さんが
“ミステリー・ファン”(35頁)であることから、“ポー”が黒猫の名前だと見当がつく方は多いでしょうし、“前肢だけが白い黒猫”をあえて
“ぶち猫”(36頁)と表現していることから、その名前が“ブランド”であることまで予想することも可能かもしれません。
*4: “ミーコ”が珍しいオスの三毛猫だったという仕掛けは単なる雑学ネタではなく、知識のある読者に対して、みやこの“イチ”(→
“オスだからイチロウでもいいけど”(42頁))や古賀さんの“ジロウ”が“ミーコ”と同じ猫であることを隠蔽するのに貢献しています。
*5: これが
“オスに嫌われる?”という直接的な表現であれば、みやこが自分に対する侮辱だと受け取ることもなかった……のではないでしょうか。
*6: むしろ、(視覚の邪魔にならない限りは)聴覚障害者の方が便利に使えそうな気もします。
*7: 「コブラの登場人物#ソード人 - Wikipedia」のバベル王の項目を参照。
*8: ダイイングメッセージものなどでは常道かもしれませんが。
*9: 求菩提のご隠居を犯人とするには、監視カメラの映像による“密室状況”がネックとなりますが、実験室のヨウムが花子にすり替わっていた以上、花子を連れてきた人物が存在することは明らかなので、フーダニットに関してはさしたる障害とはならないのではないでしょうか。
ちなみに、
“〈大川商会〉の前の会社が、名刺や印鑑などを商って”(257頁)いたことや“若社長”といった手がかりから、ご隠居と大川社長の関係に気がついた場合、大川社長がご隠居の代理で花子を連れてきた――ご隠居は来なかった――可能性が浮上してくる結果、かえって真相が見えにくくなるように思います。
*10: 春香が“剃髪”した表向きの理由を用意するために、赤ちゃんが死ななければならなかった、と考えてみると、いささか後味が悪いところもないではないですが……。
2016.08.03読了