ミステリ&SF感想vol.226

2016.12.04
『聖女の毒杯』 『ブッポウソウは忘れない』 『大癋見警部の事件簿リターンズ』 『わたしの隣の王国』 『ハイキャッスル屋敷の死』



聖女の毒杯 その可能性はすでに考えた  井上真偽
 2016年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 殿様に見初められて無理矢理に城へ召し上げられた娘が、七日七晩泣き明かした末に殿様をはじめ男たちを毒殺したという、物騒な聖女伝説が伝わる地方で、結婚式の最中に事件が発生する。それは、同じ盃で酒を回し飲みした八人のうち、三人の男(と乱入した犬)だけが殺害されるという、何とも不可解な毒殺事件だった。たまたま当地を訪れて式に参列していた中国人美女フーリンは、同行していた少年探偵・八ツ星聯に引っ張られて事件の捜査に関わるが、事件をめぐる仮説は次々と否定されていき、真相は杳として知れない。やがて窮地に追い込まれた二人の前に、奇蹟を証明しようとする探偵・上苙丞が現れて……。

[感想]
 奇蹟の存在を証明しようとする探偵・上苙丞を主役とした、特異な形式のミステリ『その可能性はすでに考えた』の続編*1で、前作の大きな特徴となっていた、事件に関する仮説を次々と否定していく背理法のような手法は本書でも健在。その上で、色々な変更が加えられた結果、基本的なところは踏襲しつつも前作とはだいぶ趣の違う作品となっています。

 まず、前作では依頼人が語る過去の未解決事件、しかもこれ以上ないほど奇怪な事件が扱われていたのに対して、本書ではフーリンと八ツ星が遭遇した不可解な毒殺事件が“お題”とされているのが大きな違いです。そして事件の状況により、ハウダニット(の否定)が中心となっていた前作から一転して、本書では(ハウダニットも視野に入れながら)フーダニット(の否定)が前面に出ているのが注目すべきところで、(容疑者が限定された中での)フーダニットならではの消去法を応用して、“犯人不在”を示す*2ことで奇蹟の存在を証明しようという手法はなかなか興味深いものがあります。

 毒殺事件のフーダニットということで、前作よりもやや普通のミステリに近づいたような印象もあり、特に「第一部」は上苙がまだ登場しない――八ツ星少年が探偵役をつとめる*3――こともあって、あくまでも真相に近づくために“誤った解決”を否定していくという、普通の多重解決ミステリの途中までのような形になっています。ところが、「第一部」ラストの唖然とさせられる独白で様相が一変するのが実に鮮やかで、さらに「第二部」では(キャラクターなどの)設定を生かした予想外のスリリングな展開に突入するなど、物語の見せ方/演出が前作よりもさらに凝ったものになっているのが秀逸です。

 「第二部」の途中でついに上苙が登場すると、前作同様に“敵”との対決の構図に突入するとともに、仮説も否定も一段階レベルが上がった印象で、前作ほどではないものの奇天烈なトリックが披露される一方、思わぬ“手がかり”*4をもとにしたアクロバティックな否定の論理も実に見ごたえがあります。さらに、前述の「第一部」ラストの独白と絡んだ趣向、そしてその行き着く先に待ち受けている何ともユニークな“離れ業”には、脱帽せざるを得ません。

 ……と、このように面白い部分もあるのですが、少し細かく見てみると色々と気になるところがあるのが残念。とりわけ、前作からの変更点が裏目に出ている面があるように思われるのが苦しいところです。いくつか挙げてみると、
(1)否定すべき仮説の数を前作よりも増やすために、犯行の機会がさほど限定されない毒殺が採用されたのだと思われますが、そのせいで(不可能犯罪とはいえ)前作ほど強固な不可能状況でないために、“奇蹟”というにはかなり違和感があります。
(2)前作と違ってすぐに警察が捜査に着手できる状況であり、なおかつそれが誰の目にも明らか*5であるはずが、これまた否定すべき仮説の数を増やすために――可能性を限定させないために、普通に考えればあり得ない“証拠隠滅”がナチュラルに(?)行われているのがいただけません。
(3)“あらゆる可能性を否定する”という探偵の姿勢ゆえに、実現可能性がわずかにでも存在すれば、蓋然性や成功率を度外視した無茶なトリックであっても“仮説”として(一旦は)成立し得る、というこのシリーズならではの“利点”があったわけですが、本書の趣向によってその“利点”が損なわれている部分があるのが気になります。
(4)フーダニットが前面に出されているにもかかわらず、(省略)のは、釈然としないものがあります(……が、これは作者の都合も理解できなくはない、といったところです)。

 ということで、前作からすると個人的に好みでない方向へ進んでしまった感があるのですが、それでも面白い部分は十分に面白いと思いますし、前作を楽しんだ方であれば両者を読み比べてみるのもまた一興ではないでしょうか。

*1: 前作のネタバレや事件のつながりはありませんが、いきなり本書を読むとキャラクターの関係などわかりにくいところがあると思われるので、まずは前作からお読みになることをおすすめします。
*2: 某国内作家の短編((作家名)麻耶雄嵩(ここまで)(作品名)「答えのない絵本」(『メルカトルかく語りき』収録)(ここまで))を思い起こす方も多いのではないでしょうか。
*3: 上苙の元弟子でありながら、“奇蹟の存在を証明する”という上苙の姿勢とは相容れない八ツ星少年が、心ならずも(?)仮説の否定に終始することになるのが面白いところです。
*4: 真相解明ではなく仮説の否定のための材料ではありますが、上苙の手法は基本的に“仮説を否定するために何が起きたか/起きなかったかを明らかにする”ものなので、“手がかり”といっても差し支えないかと思います。
*5: 被害者が一人であればいざ知らず、三人がほぼ同時に倒れて苦しんでいる状況では、酒の回し飲みと無関係な急病などとは考えられないでしょう。

2016.07.13読了  [井上真偽]
【関連】 『その可能性はすでに考えた』



わたしの隣の王国  七河迦南
 2016年発表 (新潮社)ネタバレ感想

[紹介]
 高校を卒業したばかりの空手少女・杏那と研修医の優は、人気テーマパーク〈ハッピーファンタジア〉でのデートを楽しもうとしていた。だが、早々に離れ離れになった二人は、“夢の国”と“現実”――別々の世界に引き裂かれてしまった。“夢の国”で、魔法で封印された密室での不可解な襲撃事件に遭遇した杏那は、〈ハッピーファンタジア〉のヒーロー“ハッピー・パピー”の命を受け、もう一つの世界を魔王の侵略から守るため、パークをめぐる旅に出る。一方の優は、現実のパークで起きた密室殺人事件の謎を解き、杏那を見つけ出そうとする。冒険と謎解きの果てに待ち受ける意外な真相は……?

[感想]
 本書は七河迦南の四年ぶりとなる新作*1で、ディズニーリゾート風の人気テーマパークを舞台にしたファンタジーミステリです。“現実”のテーマパークと、テーマパークが“現実化”したような“夢の国”とに物語が分岐した構成で、それぞれの世界に引き裂かれた恋人たちの謎解きと冒険が描かれています。“現実”と“夢の国”で重なり合うような二つの密室からの犯人消失を中心としつつ、魔方陣や暗号、魔法やアクションなどが盛り込まれた内容は、テーマパークさながらといっていいかもしれません。

 七海学園のシリーズの印象が強い方にとっては、帯に“犯人はすぐそこに。その名は目の前に。/でもあなたには、決して言い当てられない。”と挑戦的な言葉が躍り、主人公の杏那が“夢の国”で魔法使いの(フェル博士ならぬ)ヘル博士と愉快な“未捨理{みすてり}談義”を展開する本書は、少々違和感があるかもしれません。しかしながら、デビュー作『七つの海を照らす星』でも心温まる物語の陰に“誰も気づかない伏線”*2が仕込まれていますし、『アルバトロスは羽ばたかない』の大胆なトリックや『空耳の森』のトリッキーな○○など、これまでの作品にもミステリマニアらしい(?)一面は表れていると思います*3。本書は、どちらかといえばそのような一面を強めに押し出し、ミステリのマニアックな趣向を凝らした一作となっています。

 そのせいもあって……かどうかは定かでないものの、これまでの作品に比べるといささか読みづらく感じられるのが難点ではあります。まず、“夢の国”での杏那の冒険は面白くはあるのですが、特に後半は駆け足気味の展開でやけにせわしなく、暗号や魔方陣も落ち着いて考える暇がない状態。これは詰め込みすぎということもあるかもしれませんが、そもそもテーマパークの規模と物語の分量が合っていない感があり、設定と構成を考えるとやむを得ないようにも思われます*4。一方の“現実”では、“夢の国”とは対照的にほとんど動きがなく、じっくりと謎解きが行われますが、妙に長い説明台詞が目に付くのが苦しいところではあります。誤解を恐れずにいえば、物語の魅力よりも(失礼)ミステリとしての趣向を第一に追求した作品であって、メタレベルの“支配者”である作者の意思が随所に見え隠れする、ある種人工的な物語となっているあたり、好みが分かれるところかと思われます。

 いずれにしても、“夢の国”での密室と犯人/“現実”での密室と犯人を中心とした数々の謎が段階的に解き明かされていく解決は、十分に見ごたえがある――と同時に、何とも愉快な趣向にニヤリとさせられます。注意深く読んでいけば、作者が何をやろうとしているのかある程度見当をつけることはできると思いますが、もとよりサプライズにはさほど重きが置かれていない印象があり、それよりも大胆でユニークな伏線によって“ぎりぎりの仕掛けをいかにして成立させるか”こそがポイントといえるでしょう。事件の真相もさることながら、前述した帯の挑戦的な言葉に対して、(読者が気づくのは困難かもしれませんが)“犯人の名前を言い当てる”ために必要な手がかりが十分に示されているところに脱帽です。

 特に“現実”での事件が解決された後の終幕の味わいは、そこはかとなくこれまでの作品に通じるものがあるように思います――そして「エピローグ」の最後の最後もまた。やや趣が違うので戸惑いを覚える方もいらっしゃるかもしれませんが、これもまた七河迦南らしい作品であることには違いありません。前述のように好みは分かれそうですが、非常に面白い作品です。本書で前面に出された作者の志向を念頭に置いて、これまでの作品を読み返してみるのも一興かもしれません。

*1: 気になる方も多いでしょうが、『七つの海を照らす星』などの児童養護施設・七海学園を舞台としたシリーズとのつながりはなさそうです。
*2: もちろん(?)私自身も読んだ時には気づかず、後にさる筋から教えていただきました(『七つの海を照らす星』ネタバレ感想の追記部分を参照)。
*3: このあたりが最も強く感じられるのが、単行本未収録の短編「おとめのカウントダウン」(小説すばる2011年10月号掲載)で、内容紹介は難しいので割愛しますが、物語よりも趣向に重きが置かれた技巧的な作品です。
*4: ディズニーリゾートを意識した舞台〈ハッピーファンタジア〉には、やはりそれなりの規模が必要な反面、物語の分量は“現実”のパートを差し引いたおよそ半分しか使えないわけで、なかなか難しいところではあるでしょう。

2016.09.29読了  [七河迦南]


黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.226