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カリブ諸島の手がかり/T.S.ストリブリング

Clues of the Caribbees/T.S.Stribling

1929年発表 倉阪鬼一郎訳 世界探偵小説全集15(国書刊行会)

「亡命者たち」
 この作品では二つの皮肉が印象的です。きれい好きに育てられた娘が、結果的に父親の復讐計画を妨げてしまったというのが一つ。そしてもう一つは、ポジオリ教授によって無実が明らかになった矢先に殺人を犯して逃亡してしまうポンパローネです。見事に謎を解きながらも、ポジオリ教授の胸中には無力感が漂っていたのではないでしょうか。

「カパイシアンの長官」
 動乱を解決するため、自ら密林の奥に乗り込んでラフロンドと対決したボワロン長官ですが、その代償は長官職の解任という皮肉な結末でした。このあたりにハイチの難しい政治情勢がうかがえます。結果的に何もできなかったポジオリ教授はどのような思いを抱いたのでしょうか。

「アントゥンの指紋」
 解説にも書かれているいくつかのが気になります。また、ド・クレヴィソーがすでに死んでいるアントゥンの指紋をわざわざ残した意図がよくわかりません。単なる時間稼ぎ以外にはあまり意味がないように思えます。

「クリケット」
 ラストがすべてでしょう。チェスウィックに手柄を譲られながら、最終的には喜んでそれを受け入れるポジオリ教授。探偵役としては前代未聞ではないかと思いますが、逆に人間味のある存在として強い印象を残します。

「ベナレスへの道」
 まず、転生を信じる犯人の動機がユニークです。処刑してもらうためということに加えて、“未来の妻”を被害者として選んでいるところも重要です。
 ところで、宗教に絡んだ動機は一見奇妙なものになりがちであるように思いますが、あくまでも狂信の域にまで達した場合に犯罪につながり得るのだという点には注意すべきでしょう。例えば、この作品ではヒンドゥー教徒であることは必要条件ではあるものの、十分条件、すなわちヒンドゥー教徒がみな犯人のような考え方をするわけではありません。この作品を発表するにあたって、著者自身もこの点に十分留意したのではないかと考えられます。なぜなら、実験のために殺人を犯したというアメリカの事件に、作中で再三言及されているからです。つまり、ヒーラ・ダースの動機をヒンドゥー教徒一般に広げることは、アメリカ人による犯罪を一般化してポジオリ教授を断罪するトリニダードの人々の裏返しに他ならない、ということを強調しているように思えます。

 ラストの衝撃は強烈です。探偵役が無実の罪で処刑されてしまうという結末もさることながら、最後のぎりぎりまで明らかにしないという演出が非常に効果的です。そしてこの結末は事件の解決と見事に一体化しています。
 ちなみに、前の作品まででみられたポジオリ教授の扱いが、このラストの伏線になっているように感じられます。ポジオリ教授が時おり解決に失敗することもある普通の人間として描かれていることが、このような結末を迎えることにも説得力を与えているといえるのではないでしょうか。

2001.10.17読了

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