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猫の手/R.スカーレット

Cat's Paw/R.Scarlett

1931年発表 村上和久訳(新樹社)

 グリーノウ老人による突然の結婚の発表が事件のきっかけとなったのは間違いないのですが、それによって遺言状の書き換えを阻止するというわかりやすい動機が前面に出ることで、結果としてその動機を持たない真犯人が隠されているところが巧妙です。もちろん、「第一部」で甥たち及び(アミーリア)の境遇がクローズアップされていることが、読者をミスリードすることに大きな役割を果たしていることはいうまでもないでしょう。

 一方、フランシスのイーディスに対するなれなれしさが伏線としてそれとなく描かれながらも、ステラの存在が強力な煙幕となって、犯人の“真の動機”がうまく隠蔽されているところも見逃せません。実際のところ、フランシスが大々的にステラといちゃつき始めるのは事件が起きた後なのですが、フランシスの手紙を発見したグリーノウ老人の思い込みを通じて、早い段階でフランシスとステラの仲が進んでいるようにミスリードされてしまう*1ところが秀逸です。

 表向きの容疑者である甥たちの中にもハッチンスンやジョージといったダミーの犯人が用意されている上に、ハッチンスンが犯人の“猫の手”として犯行現場を偽装する一方で、ジョージもまた犯人の予期せざる“猫の手”として証拠のカードを持ち去るという無駄のない構図――自らが容疑の対象となるだけでなく、結果として真犯人を守ることになっている――が、非常によく考えられていると思います。さらに、この二人の“動機”がどちらも遺言状の書き換えには絡んでいながら、その発端が“イカサマ”の露見という偶発的な出来事であるために、真の原因であった結婚発表からますます目をそらされることになるのが見事です。

 重要な手がかりであるカードに残された“猫の手”の扱いはアンフェアですが、やはりその性質上、致し方ないところでしょうか。事件当夜の状況が少々複雑になっている上に、ハッチンスンの工作によって犯行時刻が偽装されているため、手がかりが明かされた途端に真犯人がばれてしまう羽目にはならないかもしれませんが、それでも少し考えれば真犯人を見抜くことは可能ですから、効果的な結末の演出が台無しになってしまいます*2。フェアプレイと演出効果のどちらをとるかは好みの分かれるところかもしれませんが、個人的にはこれでよかったのではないかと思います。

*1: 逆に、ステラに宛てたにしてはタイミングが早すぎることに気づけば、この時点でイーディスとフランシスの仲を疑うことも可能かもしれませんが……。
*2: カードの“猫の手”が、真犯人を特定する決定的な手がかりであると同時に、真の犯行時刻を明らかにする証拠でもあることにご注意下さい。つまり、“猫の手”に基づいて真犯人を見抜くことは、自動的に(ハッチンスンによる)犯行時刻の偽装をも見破ることになるわけですから、仮に“猫の手”がフェアに提示されたとすれば、読者はその後、すでにわかっている偽装工作の説明を延々と読まされることにもなりかねないのです。

2007.03.16読了

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