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少年は探偵を夢見る/芦辺 拓

2006年発表 創元クライム・クラブ(東京創元社)
「少年はキネオラマの夢を見る」
 『キネオラマの怪人』をなぞるような冒険となっている理由は、なかなかよく考えられていると思います。作者に対しての(犯人らによる)演出と、読者に対しての(作者による)演出が相乗効果を生み出しているところが秀逸です。
 “引力の向きがまちがっていた”トリック(既視感があるのですが作品名が思い出せません)については、なかなか面白くはあるものの、やはり無理があるでしょう。普通の姿勢では意識されにくいとはいえ、横になった状態では引力(重力)の向きは十分に体感できるはずで、特に聡明な森江少年ならば方向を勘違いすることはないと思われます。
 一方、“美少女”が出現したトリックは、幼年時代の事件であることがうまく生かされたものになっています。ただ、後年の森江春策の容貌に関する描写を考えると、若干アンフェアに感じられなくもないのですが(笑)。
 “午後四時のゴースト・タウンの謎”については、夕刊紙の日付を利用したトリックがなかなか面白いと思います。ただし大きな難点が一つ。作中では“一学期も後半、初夏”(7頁)と記されており、また巻末の「年譜」には事件発生年月が“小学校5年の6月”(342頁)と記されているのですが、「国立天文台 天文情報センター 暦計算室」大阪府における2006年6月の日の出入り時刻を調べてみると、例えば6月1日の日の出は午前4時46分で日の入りが午後7時6分だとわかります。つまり、(天候にもよりますが)日没まで3時間以上ある“午後四時”ならば空はまだ十分に明るいはずなので、夜明け前で薄暗い“午前四時”を“午後四時”と勘違いするのはあり得ないのではないでしょうか。

「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」
 13号室が消えたり現れたりすることが明らかになった時点で、部屋番号と住人の“スライド”という、トリックの中核をなすアイデアは見え見えでしょう。そして残された細部、具体的にどのようなタイミングでどのように“スライド”したかについてはかなり“どうでもいい”感が漂いますし、犯人に至ってはなおさらです。

「滝警部補自身の事件」
 睡眠薬を飲ませるトリックと密室トリックは、どちらもあまりなじみのない特殊な道具をそのまま使ったようなもので、面白味を欠いているのは否めません。が、この作品では明らかに個々のトリックには重点が置かれていないので、さほどの瑕疵とはいえないでしょう。
 二つの事件が交錯するのは予想通りとはいえ、滝警部補と森江春策が出会わないまま物語が幕を閉じるという展開には意表を突かれました。題名の割には森江パートの比重が大きいのが気になっていたのですが、結果的には森江の推理は検証されないままであり、第VI章で示唆されているようにこの作品では滝警部補が独力で真相に到達したという形になっている(もちろん「時空を征服した男」ではその内幕が明かされているのですが)ので、その意味で「滝警部補自身の事件」という題名も妥当なものといえるのではないでしょうか。

「街角の断頭台」
 犯人が被害者の首を切断したそもそもの理由は、特殊な凶器の痕跡を隠すためということで、前例もないわけではなくそこそこといったところでしょうか。そしてその後の、切断した首を利用したアリバイトリックは、C.ブランド(以下伏せ字)『ジェゼベルの死』(ここまで)などのバリエーションではあるのですが、最後に明かされる犯人の姿がかもし出すバカミス風味が秀逸です。

「時空を征服した男」
 絶対に犯行不可能と思われた完璧なアリバイを、時間の欺瞞空間の欺瞞とに分割することで崩してしまうという解決は、“困難は分割せよ”というセオリーを地でいく、非常によくできたものだと思います。
 ただ、いくら時岡と空井(しかし、真相が明かされてみると何ともベタなネーミングですね(苦笑))という二人の証人を直接対面させることが困難とはいえ、写真による確認くらいはできるはずなのですが、“時岡愛二と空井敏にご足労願い、対面のうえであのとき互いが会ったのは別人であることを証言してもらうのだ。だが、(中略)もし二人の記憶に少しでも曖昧な部分があったとしたら、いったいどうなるだろう”(333頁)という森江の独白をみると、それすらやらずに座光寺と対決しているようなので、捜査の手順としてはまったくお話にならないのではないでしょうか*
 一方、“解決”の後に待ち受ける、座光寺の主張が事実であることを前提とした趣向はなかなか面白いと思います。時を隔てた“自作自演”という真相は、タイムトラベル/タイムパラドックスもののSFでしばしば見られるもので、少々安直な感が拭えませんが、“クロニクル”という本書の体裁がうまく生かされたものであることは間違いありませんし、過去の事件における“不備”をいわばメタ視点から補う(特に「滝警部補自身の事件」では顕著です)という手順が、やはり面白く感じられます。

*: もちろん、二人の証言が確定してしまえばその後のリドルストーリー的な趣向が成立しなくなってしまうわけで、いかんともしがたいのは理解できるのですが、それでも肝心の解決がずさんなものになってしまっては元も子もないでしょう。

2006.10.31読了

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