[紹介]
意識を取り戻した南美希風は、はるばるアメリカまで会いにきた相手・チャップマンの射殺死体とともに、密室の中に閉じ込められていた。それは、日本で起きたあの事件と同じ状況だった――美希風の友人・浜坂憲也は、何重にも鍵がかけられて密室状態となったマンションの一室の中、射殺された二つの死体と使用された拳銃のそばで気を失っているところを発見された。睡眠薬を飲まされて何も覚えていないと主張する憲也だったが、状況証拠から容疑は濃く、そのまま殺人罪で起訴されてしまう。憲也の無実を証明しようとする美希風らの努力もむなしく、検察による求刑の期限が迫る中、ようやく手がかりを得た美希風は単身アメリカに渡ったのだが……。
[感想]
死体とともに閉じ込められた密室の中で目覚める容疑者といい、法廷劇に重点が置かれた物語展開といい、カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)の古典的傑作『ユダの窓』を強く意識した作品であることは明らかでしょう。すなわち本書は、カーの傑作に真正面から挑戦した、“現代版『ユダの窓』”ともいうべき作品です。
『ユダの窓』といえば、当時としては画期的だったと思われる大胆な密室トリックが取り沙汰されることが多い作品ですが、法廷においていかに真相が暴かれていくかという解明のプロセス、より正確にいえば、表面に現れた状況とはまったく異なる真相に少しずつ説得力を与えていくプロセスもまた大きな見どころとなっています。同様に、本書においても法廷劇が大々的に取り入れられていますが、さらに探偵役が真相に到達するプロセスに工夫が凝らされているところがよくできています。
つまり、探偵役の南美希風が容疑者・浜坂憲也とほぼ同じ罠にかかり、命を奪われるまでの間にトリックを見破らなければならないという状況に追い込まれることで、法廷劇だけでは生じ得ないリアルタイムのサスペンスの要素を盛り込みつつ、二つの密室を重ね合わせた(共通点と差異を手がかりにした)推理が行われているのです。これは、本家『ユダの窓』にはみられない、本書独自の大きな魅力といえるのではないでしょうか。
そしてもう一つ、本書の主役である容疑者・浜坂憲也を中心に据えた物語が、実にしっかりしたものになっているところが見逃せません。事件に巻き込まれるに至る状況と、それに関わる、そして求刑が迫ってもなお本人がひた隠しにする秘密が目を引きますし、それ自体が物語の結末において強く印象に残る形で明かされているのも見事です。また、本人の苦悩もさることながら、それを取り巻く周囲の人々の焦燥と熱意がきっちりと描かれ、謎解きを別にしても読み応えのある物語に仕上がっています。
きわめて個人的な感覚として、密室トリックを含む真相の一部に(とある理由で)少々物足りなさを覚えてしまったのが残念ではありますが、それでも細部に至るまで非常によく考え抜かれているのは間違いないでしょう。密室好きならずとも、一読の価値のある佳作です。
2006.11.06読了 [柄刀 一] |