ミステリ&SF感想vol.135

2006.11.16
『地球人のお荷物』 『百番目の男』 『少年は探偵を夢見る』 『夜明けのロボット(上下)』 『fの魔弾』



地球人のお荷物 Earthman's Burden  ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスン
 1957年発表 (稲葉明雄/伊藤典夫訳 ハヤカワ文庫SF1576)

[紹介と感想]
 テディベアそっくりの姿形、天真爛漫で想像力豊かな異星人・ホーカ人たちが住んでいる惑星トーカ。そこへやってきた地球人アレックス・ジョーンズを巻き込んで、なぜか地球文化の物まねが大好きなホーカ人たちが次々と繰り広げる騒動を描いた、ユーモラスな連作短編集です。
 なお、続編として短編集『くたばれスネイクス!』と長編『がんばれチャーリー』(いずれもハヤカワ文庫SF・入手困難)が刊行されているようです。

「ガルチ渓谷の対決」 The Sheriff of Canyon Gulch
 惑星トーカに不時着し、途方に暮れていたアレックス・ジョーンズの前に現れたのは、カウボーイの出立ちで英語をしゃべっているホーカ人たちだった。西部劇さながらの町の酒場に連れて行かれ、保安官に任命されてしまったアレックスは、そのまま“カウボーイ”と“インディアン”の対決に巻き込まれたのだが……。
 地球から持ち込まれた西部劇映画の虜となり、自らカウボーイになりきってしまうホーカ人たちの愛すべき熱狂ぶりが魅力。それに巻き込まれたアレックスが保安官に任命されてしまう下りは笑えますし、“インディアン”との対決の顛末にも苦笑を禁じ得ません。

「ドン・ジョーンズ」 Don Jones
 ホーカ人相手の正式な外交団の一員となったアレックスは、婚約者のタニを連れて惑星トーカに乗り込んだ。ところが、タニに同僚のカナダ娘との仲を疑われたアレックスは、苦しい弁解に追われる日々。折しもホーカ人たちの間では「ドン・ジョヴァンニ」が大流行、アレックスは浮気なドン・ファンに仕立てられ……。
 「ドン・ジョヴァンニ」を下敷きにした、ドタバタラブロマンス(?)。どこまでも悪ノリし続けるホーカ人たちに振り回される外交団の災難は見ものです。

「進め、宇宙パトロール!」 In Hoka Signo Vinces
 ついに惑星トーカに対する地球の全権大使となったアレックスだったが、狂信的な異星種族であるポルニア人たちが宇宙戦艦を開発したというニュースを耳にして懸念を覚える。と、その夜、アレックスを密かに迎えにきたのは、ビデオ番組に登場する宇宙パトロールの格好をまねたホーカ人たちだった……。
 勝手に“司令官”の地位を押しつけられ、何とか事態を収拾しようとするアレックスの努力もむなしく、ホーカ人たちがスペースオペラさながらの大活躍。万事結果オーライなところが実に痛快です。

「バスカヴィル家の宇宙犬」 The Adventure of the Misplaced Hound
 惑星トーカを訪れた腕利き捜査員ジェフリイ。彼の任務は、トーカに潜伏している麻薬密輸一味の首領、に似た異星人の“ナンバー・テン”を逮捕することだった。協力を要請されたアレックスだったが、ちょうどシャーロック・ホームズに夢中になっていたホーカ人たちは、頼まれもしないのに事件解決に乗り出し……。
 妥協を知らないホーカ人たちの徹底された物まねと、よりによって“犬”に似た犯罪者が組み合わさり、抱腹絶倒のドタバタが繰り広げられています。

「ヨー・ホー・ホーカ!」 Yo Ho Hoka!
 地球の歴史小説を読んでのめり込み、ナポレオン軍と英国海軍とに分かれて対峙するホーカ人たち。紛争を未然に防ごうと、アレックスは緑色の付けひげで変装して英国海軍提督に面会を求めたが、付けひげが取れなくなった上に手違いで海軍の水兵にされてしまった挙げ句、船を乗っ取って海賊になる羽目に……。
 もののはずみとはいえ、あれよあれよという間に海賊にまでなってしまうアレックスの姿が何ともいえません。しかし、最悪の事態を防ぐために演じる一世一代の大舞台はお見事です。

「諸君、突撃だ!」 The Tiddlywink Warriors
 アレックスの妻となったタニが、宇宙艇の事故でとある惑星に不時着し、その星の原住民・テルコ人のとなってしまった。アレックスはタニを救い出すために、ホーカ人たちの力を借りようとするが、惑星トーカの砂漠で活動するホーカ人のフランス外人部隊に編入されてしまう。焦るアレックスが取った行動は……?
 「進め、宇宙パトロール!」の終盤あたりからその気配が見え始めていましたが、ホーカ人たちの行動に慣れてきたためか、アレックス自身もかなりノリがよくなっているところが笑えます。ドタバタの果てのラストシーンが印象的です。

2006.10.22読了  [ポール・アンダースン&ゴードン・R・ディクスン]



百番目の男 The Hundredth Man  ジャック・カーリイ
 2004年発表 (三角和代訳 文春文庫 カ10-1)ネタバレ感想

[紹介]
 モビール市警本部に勤めるカーソン・ライダー刑事は、異様な連続放火殺人事件を解決した功績により、異常犯罪の捜査を目的として創設された《精神病理・社会病理捜査班》、通称PSITに配属される。だが彼は、誰にも触れられたくない暗い秘密を抱えていた。そんな中、市内で頭部が切断された死体が続けざまに発見される。しかもその死体には、意味のわからない奇怪な文章が記されていた。PSITの活動を快く思わない上司との軋轢の下、検死局の病理学者の助力を得ながら事件解決に奔走するカーソンだったが……。

[感想]
 異常な犯罪を中心に据えたサイコスリラーであり、なおかつ捜査陣の組織的な活動に焦点を当てた警察小説でもある、ジャック・カーリイのデビュー作。“サイコスリラー+警察小説”といえば同じ出版社のマイケル・スレイド〈スペシャルXシリーズ〉が思い浮かびますが、そちらよりは(ある一点を除いて)だいぶオーソドックスな雰囲気です。

 主人公のカーソンは、相棒のハリーから“百番目の男”――100人中99人が安易な道を選ぶ状況で独り違った行動を取る――と評される人物ですが、暗い過去を抱えつつ卓抜した有能さを発揮し、ステレオタイプな敵役である上司から圧力を受ける一方で、ハリーを始めとする協力者に恵まれるという、どこかで見たような設定の寄せ集めという感がなきにしもあらず。また、二人の間に横たわる障害が一風変わっているとはいえ、主人公とヒロインの恋愛が物語に絡んでくるところも定番といえば定番です。とはいえ、そのおかげで比較的リーダビリティの高い作品となっているのは確かですし、デビュー作としては妥当な戦略といえるのかもしれません。

 そのような様々な要素が絡み合いながらも、死体に奇怪な装飾が施された連続殺人事件が中心となり、サイコスリラーとしての物語が進んでいきます。が、さらにもう一つのサイコスリラー要素として用意されているのが主人公カーソン自身の過去にまつわる秘密で、現在の刑事としての立場をも揺るがしかねないそれは、物語の終盤にかけて重要な位置を占めるようになっていきます。カーソンが事件を解決するためには避けられない、過去から現在にも影を落とすその秘密との対決が、本書のクライマックスの一つとなっています。

 しかし本書を最も特徴づけているのは、最後に明かされる“驚愕の真相”です。異様な犯罪を描きながらも基本的にはフーダニット指向のマイケル・スレイド〈スペシャルXシリーズ〉とは異なり、犯人の正体はさほどでもないのですが、思わず目を疑ってしまうようなあまりにもバカすぎる動機のインパクトが強烈。驚くよりも呆れてしまう読者の方が多いと思われる常軌を逸した発想は、間違いなくバカミス史(?)において燦然と輝き続けることでしょう。

2006.10.25読了  [ジャック・カーリイ]
【関連】 『デス・コレクターズ』 『毒蛇の園』 『ブラッド・ブラザー』 『イン・ザ・ブラッド』 『髑髏の檻』



少年は探偵を夢見る 森江春策クロニクル  芦辺 拓
 2006年発表 (創元クライム・クラブ)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 作者のシリーズ探偵である森江春策の、小学生時代から中学生、大学生、新聞記者を経て弁護士となった現在までに至る各時代に遭遇した事件の顛末を描いた連作短編集です。主人公・森江春策の年齢や肩書きだけでなく、文体やスタイルなども1篇ごとに違えてあるため、バラエティに富んだ作品集になっています。また、最後の「時空を征服した男」に盛り込まれた趣向も見どころでしょう。巻末には村川真一氏による「年譜・森江春策事件簿」も収録されており、まさに“クロニクル”という副題にふさわしい一冊に仕上がっています。

「少年はキネオラマの夢を見る」
 図書館で『キネオラマの怪人』という本を借りてきた幼い森江春策少年は、帰りの電車で途中下車する羽目になり、立ち寄った街で何かに招き寄せられるようにキネオラマの館に足を踏み入れ、借りてきた本をなぞるような奇妙な冒険をすることに……。
 小学生の森江少年の冒険が江戸川乱歩〈少年探偵団〉風の文体で綴られた、森江春策の(現時点では)最初の事件です。幼い森江少年の視点で描かれていること自体が、実に有効に機能していると思います。トリックの一部には大きな難点がありますが、物語の雰囲気としてはまずまずの佳作。

「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」
 洋風賃貸住宅・雪間荘。推理文壇への進出を狙う12号室の住人が密かに“幽鬼魔荘”と名付けるこの住宅の、存在しなかったはずの13号室に越してきたのは、中学生の森江春策少年だった。やがてこの“幽鬼魔荘”の一室で殺人事件が起こり……。
 小栗虫太郎『黒死館殺人事件』(未読)へのオマージュらしい1篇。怪しい人々が住む下宿を舞台とした殺人事件が描かれていますが、ある程度の真相が早い段階で見えてしまう上に、残された部分にさほど面白味が感じられないのが残念です。

「滝警部補自身の事件」
 ストーカー被害を訴えていた若い女性が睡眠薬を飲んで自殺したが、警察署で彼女に出会った滝警部補は、他殺ではないかとの疑惑を抱く。一方、大学生となった森江春策は、友人から下宿で起きた奇妙な自殺事件の話を聞かされていたが……。
 若い女性の変死事件の捜査に当たる滝警部補を主役としたパートと、奇妙な自殺事件の話を聞いて安楽椅子探偵の役どころをつとめる森江春策のパートが組み合わされた作品です。トリックは正直なところ今ひとつですが、この作品の見どころはやはり、似ているようで微妙に異なる二つの事件の一風変わった重なり具合でしょう。また、森江春策のパートがデビュー作『殺人喜劇の13人』へとつながるプロローグ的な位置づけになっているのも興味深いところです。

「街角の断頭台{ギロチン}
 新聞社の文化部に配属された森江春策が連れてこられたのは、様々な文化人が集うサロンのようなバー《ファントマ》。やがて、常連客の発案で近くにある廃ホテルを訪れた一行は、ついさっき見かけたばかりの文化ゴロの生首をそこで発見し……。
 派手な事件の割には可もなく不可もなくという印象ですが、最後の最後に明らかになるバカトリックが秀逸。

「時空を征服した男」
 森江春策と友人の来崎記者、滝警部、そして秘書の新島ともかが一堂に会し、かつて森江が遭遇した事件の話をしていると、それらの事件の背後に謎の男の存在が浮かび上がってくる。そこへ、座光寺正と名乗る男が現れ、タイムマシンを発明して推理が不可能な殺人を成し遂げることを宣言し、去っていったのだが……。
 「SFミステリか?」と思わせる味付けを施したユニークな作品で、不可能性の高い謎が合理的に解体されていく解決場面は圧巻です。さらに、その後に明かされる趣向も非常によくできていると思います。謎解きに関して若干気になるところもないではないですが、なかなか力の入った佳作というべきでしょう。
 それにしても、“国民の血税を湯水のように費やして恥じないアカデミズムの世界”(294頁)という、悪意と偏見丸出しの記述はいかがなものでしょうか。

2006.10.31読了  [芦辺 拓]



夜明けのロボット(上下) The Robots of Dawn  アイザック・アシモフ
 1983年発表 (小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫SF1063,1064)ネタバレ感想

[紹介]
 かつて宇宙へ進出した地球人の末裔が宇宙国家連合を形成し、対立する地球人の宇宙進出を妨げている中、宇宙国家連合の指導者格である惑星オーロラが地球に援助を求めてきた。人間そっくりのヒューマンフォーム・ロボットが破壊される事件が起こり、その捜査を地球の刑事イライジャ・ベイリに依頼してきたのだ。ただ一人の容疑者は、破壊されたロボットの生みの親であり、惑星オーロラの中で地球寄りの政策を主張するファストルフ博士。銀河系での地球の立場を守るため、オーロラを訪れたベイリはロボットのダニール及びジスカルドとともに、ファストルフ博士にかかった容疑を晴らそうとするが……。

[感想]
 『鋼鉄都市』『はだかの太陽』(及び風見潤 編『SFミステリ傑作選』に収録された短編「ミラー・イメージ」)に続いて、地球人の刑事ベイリと惑星オーロラのロボットであるダニールのコンビが登場するSFミステリです。前作までと比べると、(ホームグラウンドであるせいもあってか)ダニールが一歩退いた印象で、ほぼ完全にベイリが物語の主役となっています(○○シーンまで用意されているのは少々微妙な感じもしますが……)

 殺人事件が扱われていた先の長編2作と異なり、人間そっくりとはいえ“ロボット殺し”、しかも物理的な破壊ではなく陽電子頭脳の機能停止ということで、事件がやや地味に感じられてしまうきらいはありますが、なかなか面白い状況ではあると思います。犯行が可能なのはヒューマンフォーム・ロボットに関するただ一人の専門家・ファストルフ博士のみであり、その唯一の容疑者の無実を証明しなければならないというベイリの立場は、これ以上ないほどの苦境といえるでしょう。

 本書の舞台となっている惑星オーロラは、『はだかの太陽』の惑星ソラリアほどではないものの、ロボットが積極的に取り入れられて人々の生活の一部となっています。しかし、その中でもヒューマンフォーム・ロボットは希少な存在(事件発生後はダニールのみ)であり、その希少性が他の人物による犯行を困難にするとともにファストルフ博士に対する政治的な圧力を生じる要因となり、事態を複雑なものにしているところが巧妙です。

 紆余曲折を経て最後に示される意表を突いた真相は、若干アンフェア気味な印象を受けるものの一応の伏線も張られており、まずまずといっていいのではないでしょうか。そして、シリーズで一貫して扱われているテーマを強く意識させる結末は相変わらずお見事。

 ちなみに、「うそつき」『われはロボット』収録)や「バイセンテニアル・マン」『聖者の行進』収録)といったロボットものの短編の内容が、地球ではすっかり忘れ去られてしまった“伝説”として語られていたり、あるいはファストルフ博士が例の“アレ”を構想していたりと、アシモフのファンならば思わずニヤリとさせられるサービス(?)もあり、その意味でも必読の作品といえるのではないでしょうか。

2006.11.03 / 11.05再読了  [アイザック・アシモフ]
【関連】 『鋼鉄都市』 『はだかの太陽』 『SFミステリ傑作選』(短編「ミラー・イメージ」を収録)



fの魔弾  柄刀 一
 2004年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 意識を取り戻した南美希風は、はるばるアメリカまで会いにきた相手・チャップマンの射殺死体とともに、密室の中に閉じ込められていた。それは、日本で起きたあの事件と同じ状況だった――美希風の友人・浜坂憲也は、何重にも鍵がかけられて密室状態となったマンションの一室の中、射殺された二つの死体と使用された拳銃のそばで気を失っているところを発見された。睡眠薬を飲まされて何も覚えていないと主張する憲也だったが、状況証拠から容疑は濃く、そのまま殺人罪で起訴されてしまう。憲也の無実を証明しようとする美希風らの努力もむなしく、検察による求刑の期限が迫る中、ようやく手がかりを得た美希風は単身アメリカに渡ったのだが……。

[感想]
 死体とともに閉じ込められた密室の中で目覚める容疑者といい、法廷劇に重点が置かれた物語展開といい、カーター・ディクスン(ジョン・ディクスン・カー)の古典的傑作『ユダの窓』を強く意識した作品であることは明らかでしょう。すなわち本書は、カーの傑作に真正面から挑戦した、“現代版『ユダの窓』”ともいうべき作品です。

 『ユダの窓』といえば、当時としては画期的だったと思われる大胆な密室トリックが取り沙汰されることが多い作品ですが、法廷においていかに真相が暴かれていくかという解明のプロセス、より正確にいえば、表面に現れた状況とはまったく異なる真相に少しずつ説得力を与えていくプロセスもまた大きな見どころとなっています。同様に、本書においても法廷劇が大々的に取り入れられていますが、さらに探偵役が真相に到達するプロセスに工夫が凝らされているところがよくできています。

 つまり、探偵役の南美希風が容疑者・浜坂憲也とほぼ同じ罠にかかり、命を奪われるまでの間にトリックを見破らなければならないという状況に追い込まれることで、法廷劇だけでは生じ得ないリアルタイムのサスペンスの要素を盛り込みつつ、二つの密室を重ね合わせた(共通点と差異を手がかりにした)推理が行われているのです。これは、本家『ユダの窓』にはみられない、本書独自の大きな魅力といえるのではないでしょうか。

 そしてもう一つ、本書の主役である容疑者・浜坂憲也を中心に据えた物語が、実にしっかりしたものになっているところが見逃せません。事件に巻き込まれるに至る状況と、それに関わる、そして求刑が迫ってもなお本人がひた隠しにする秘密が目を引きますし、それ自体が物語の結末において強く印象に残る形で明かされているのも見事です。また、本人の苦悩もさることながら、それを取り巻く周囲の人々の焦燥と熱意がきっちりと描かれ、謎解きを別にしても読み応えのある物語に仕上がっています。

 きわめて個人的な感覚として、密室トリックを含む真相の一部に(とある理由で)少々物足りなさを覚えてしまったのが残念ではありますが、それでも細部に至るまで非常によく考え抜かれているのは間違いないでしょう。密室好きならずとも、一読の価値のある佳作です。

2006.11.06読了  [柄刀 一]


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