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  4. ツィス

ツィス/広瀬 正

1971年発表 集英社文庫 ひ2-2(集英社)

 (天然の)とぼけた性格で終始ユーモラスな味わいを物語に加えていた“オイネ”ことダイアン稲田の、これまたとぼけた行動によって“ツィス音”の消滅が判明するという展開が非常に印象的です。

 しかし「エンディング」で示唆されるのは、“ツィス音”現象そのものが日比野教授の暗示による幻覚だったという、何とも人を喰った“真相”。さすがに唖然とせずにはいられないのですが、三村(や秋葉*1)の“追放”やツィス音測定器の特許出願といったエピソードが伏線となっているのはさすがだと思いますし、聴覚を失った榊英秀を主役に据えることで“ツィス音”の描写の欠如から巧みに読者の目をそらしているのが実に見事です。

 最終的には“日比野の陰謀ではない、べつの陰謀”(413頁)の存在が示唆されています*2が、“ツィス音が聞こえなかった”という秋葉の言葉が“なんの証拠にもならない”(413頁)ことを考えると、その“陰謀”は学生たちの主張していた域にまで及ぶ可能性もあるといえます。いずれにしても、本書における“ツィス音”は題材にしてきっかけにすぎず、人々が(表面的にはマスコミにより)誘導された結果としてのパニックという可能性とその行き着く先を描き出すことこそが、本書のテーマといえるのではないでしょうか。

*1: 番組をめぐる対立の気配が見えた三村はともかく、秋葉が“使い捨て”にされたかのように物語から退場してしまったのは、何となく気になっていたのですが……。
*2: 最後の一文で暗示されている秋葉の心理も、これを補強しています。

2009.05.14読了