クラリネット症候群/乾 くるみ
- 「マリオネット症候群」
森川先輩の死――“毒入りチョコレート事件”には、“視点人物=犯人”という真相が用意されています。もっとも、殺意があったわけではなく過失致死であるがゆえに、視点人物である里美自身が“犯行”を“自覚”していないのも当然といえば当然で、この種の仕掛けの先行例である岡島二人の某作品((以下伏せ字)『そして扉が閉ざされた』(ここまで))を超えるものではありません。
しかしこの作品で面白いのは、“人格転移”という特殊設定によって“犯人=被害者”というユニークな構図が実現されている点で、被害者自身(の人格)が犯人(の肉体)を守るために真相を隠蔽しなければならないという、何とも意地の悪い展開が印象的です。そしてその中で、“生まれ変わり”についてあらかじめ聞かされていたとはいえ、森川真紀が“殺された”後にとった的確な行動は見事です。
サプライズという意味ではやはり、“ママ”が“パパ”だったというのが最も衝撃的。一つ見せられてしまえば、“里美”が里美ではなかったというのも十分に予想できるところですし、朋実の性別による驚きもさほどのものではありません。そして物語の結末も、片付け方としてはこれしかないと思われるものです。ただ、“一堂に会する”ことになった家族(+森川先輩)の異様な明るさが、何ともいえないブラックな味わいをもたらしているところが秀逸です。
- 「クラリネット症候群」
主人公・翔太の“クラリネット症候群”が、関夏彦が送ってきたメールの暗号の解読につながるという展開が見事です。いくつかの文字を飛ばして読むという暗号はよく知られていると思いますが、文章を普通に読んでいながら暗号が浮かび上がってくる演出が鮮やかです。
手の込んだ楽譜の暗号そのものはダミーにすぎなかったという真相には気が抜けましたが、“八分の三”という手がかりは面白いと思いますし、
“だとすると、翔太くんはクオーターってことになるんだ。四分の三は日本人ってことね”
(298頁)というエリのヒント(*)もよくできていると思います。楽譜と点字を対応させる難解な暗号を経て、単純な暗号に戻ってしまうところはやや物足りない感じもしますが、翔太が考えている(320頁)ように江戸川乱歩「二銭銅貨」を下敷きにしてあるところは、やはりニヤリとさせられます。
サプライズは控えめではありますが、翔太の母親の名前(留椎)には驚かされました。“ハーフ”という手がかりもあるのですが、ほとんどの読者が“留美”だと思わされたのではないでしょうか。
2008.04.13読了