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『クロック城』殺人事件/北山猛邦

2002年発表 講談社文庫 き53-1(講談社)

 これはSFミステリの場合に顕著なのですが、ミステリに特殊な設定/ガジェットが導入される場合、往々にしてそれがトリックや真相に絡んでくることになります。それは、そのような設定やガジェットがわざわざ導入されていることの意味――それらが必要不可欠である(可能性が高い)――を考えれば明らかでしょう。つまり、ミステリとしてのネタの所在が事前に予想できることが多くなってしまうのです。

 本書に様々な設定やガジェットが盛り込まれているのは、作者の趣味(?)ということもあるかもしれませんし、プロットに絡んでくるものもあるのですが、一つにはメイントリックにかかわる『クロック城』を物語の中で浮き上がらせないようにする、という意図もあったのではないかと思われます。つまり、あたかも木の葉を森に隠すがごとく、幻想的な設定やガジェットを多数盛り込むことで、『クロック城』の特殊な構造がトリックの要請によるものだということを隠蔽するという狙いです。

 とはいえ、それはやはり十分に成功しているとはいえません。一つには、有栖川有栖氏の解説にも“北山氏は、物理トリック(機械トリックと呼ばれることもある)を多用することで知られる”(416頁)と記されているように物理トリックが本書(に限りませんが)の“売り”になっていることもあって、密室トリックに『クロック城』の構造がかかわっていることは多くの方が予想できたのではないでしょうか。

 そして、文庫版では193頁に挿入されている「クロック城略図」程度の比較的簡単な図しか示されていないことが、真相をより一層見えやすいものにしています。というのは、物理トリックであってなおかつ事前に示されるのが「クロック城略図」程度で十分ということから、その図から読み取れる窓と三つの時計の配置が重要であることが明らかだからです。

 もう一つ、時計の針の上を移動するというアイデアにもなぜか今ひとつ感心できなかったのですが、「時間の無駄と言わないで」さんの感想の中の以下の記述を拝見して、ようやくその理由がわかりました(私自身は一、二度しか観たことはありませんが)

時計のトリックは、「ルパン三世 カリオストロの城」を台詞を覚えるほどに観た人にはかなり早くにピンと来るのでは?
あの映画が好きな人にとっては「大時計の針=人がその上を歩くモノ」ってのが刷り込まれちゃってるもん。

 以上のような理由で、本書のメイントリックには難があるといわざるを得ないのですが、三つの時計が示す時刻がずれているところなどはうまく考えられていますし、それが“現在・過去・未来”というミスディレクションにつながっているところがなかなか巧妙だと思います。

*

 志乃美菜美がメイントリックを解き明かした後、『クロック城』を襲ったカタストロフを経て、怒涛のどんでん返しへとつながっていきます。

 南深騎を犯人と告発する黒鴣未音の“推理”は、非常に面白いものになっています。メイントリックから、犯人の出発点が『未来の館』であることが明らかな以上、黒鴣鈴が犯人でなければ深騎しか容疑者はいません。そして、鈴が時計を読めなかったという事実は、鈴が犯人だという仮説を否定する強力な根拠となり得ます。菜美の推理を崩壊させて菜美を消去するという動機には今ひとつ釈然としないものがありますが、特殊な世界設定がうまく生かされているあたりもよくできていると思います。

 その未音の“推理”に対して、再度菜美が示す推理――首切りの理由が非常に秀逸です。法医学の本という伏線もありまし、納得できなくはないのですが、やはり切断された頭部を時計代わりにするという発想は(いい意味で)常軌を逸しています。また、鈴が時計を読めないという強固な障害を逆手に取った、実に見事な真相です。

2007.10.28読了