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落日のコンドル/霞 流一

2013年発表 ハヤカワ・ミステリワールド(早川書房)

 まず最初の謎は、峰久保宗重が忍んでいた箱の様子を探る人物の正体ですが、その人物が飛びのいた際に聞こえた二種類の足音という手がかりが、地味ながらよくできています。いわれてみれば特徴的な足音で、雪駄を履いていた笑遊亭呆楽でしかあり得ないとする推理は鮮やか。

 続いて問題となる“仲間殺し”については、死体発見時の蔭野浩介の失言――“串刺し”(67頁)“絞殺した奴”(70頁)――が目につきやすく、真相をある程度まで見抜くのはさほど難しくないようにも思われますが、森尾栄治の死体を身代わりにした虎沢武のトリックはなかなか巧妙です*1

*

 そして中盤、暗殺任務の標的である牙留島光がすでに何者かに殺され、“任務達成の証”とされる手首も持ち去られていたことから、時ならぬ(?)犯人探しが始まるのがうまいところ。しかも現場が“足跡のない殺人”の様相を呈することで、フーダニットのみならずハウダニットも加えて展開される“推理合戦”が――“告発のロンド”から殺し屋ならではの“自白のロンド”に転じるところも含めて――なかなか面白いものになっています。

・本城綾菜の解決……犯人は蔭野浩介
 ロープと板でこしらえた即席のブランコを使って死体を飛ばす、〈死体移動トリック〉
 蕎麦打ちと湯切りにこじつけた説明は強引ですが*2、まあそこはそれ(苦笑)。ただし、“死体をブランコに載せた”だけでは“前後に大きく振って(中略)勢いをつけたところで”(いずれも132頁)というのは無理がある(すぐに死体が落ちてしまう)と思われるので、謎解きには若干の難あり。

・蔭野浩介の解決……犯人は阿佐木稜平
 離れたところから槍を投げつけることで、〈近づかずに殺すトリック〉
 槍がテーブルにまで突き刺さっていたことがネックになりますが、キャスティングによる“釘打ち”という発想が(実行は難しいとはいえ)面白いと思います。

・阿佐木稜平の解決……犯人は竜円義彦
 土を入れた麻袋を足に履いて、こぼれ落ちる土で〈足跡を消すトリック〉
 これも実際には難しいと思われますが、茶人ならではのすり足の作法が、何となくうまくいきそうな雰囲気をかもし出しているような……。

・竜円義彦の解決……犯人は笑遊亭呆楽
 テーブルクロスを“クッション”にしてテーブルを移動させ、テーブルクロスだけを回収する〈死体移動トリック〉
 死体だけではなくテーブルごと移動させる点で、蔭野犯人説とは違ったトリックになっている上に、(作中では指摘されていないものの)“死体がずり落ちたりしないようにテーブルに固定した”と解釈できるところがよくできています。芸人だからテーブルクロス引きができる、という推理はいささか短絡的な気がしないでもないですが、当の呆楽自身が“確かに(中略)テーブルクロス引きをやることがあります”(142頁)と認めているので問題はないでしょう。

・笑遊亭呆楽の解決……犯人は富坂尚人
 “棒高跳び”(145頁)……というのはちょっと違うような気もしますが、長い棒とロープを使って〈空中を移動するトリック〉
 マイクスタンドのパフォーマンスへのこじつけはさすがに苦しいところですが、相当な労力が必要なトリック自体にもかなり苦しいものが。

・富坂尚人の解決……犯人は本城綾菜
 密かに用意された“飛び石”を利用した、〈歩いても足跡がつかないトリック〉
 “足跡のない殺人”のために用意された仕掛けであれば、“秘密の通路”などと同じように今ひとつ面白味に欠けるところですが、パターゴルフのトラップというのはまずまずありそうな話で、うまく考えられていると思います。もっとも、“特殊な眼鏡”で見分けられるというのは、少々難しいように思われますが……。
 トリックと犯人を結びつけるのが“色仕掛け”というのも物足りないところですが、どうしても被害者の協力が必要なトリックではあるので、それなりの合理性がある……といってもいいかもしれません。

 これら“解明”されたトリックは、無茶なところや既視感のあるところもないではないですが、バラエティに富んでいるのは確かで、実際のところ、“足跡のない殺人”トリックの主要なパターンをある程度網羅するものになっています*3。その意味で本書は、有栖川有栖『マジックミラー』中の〈アリバイ講義〉をもとにした鯨統一郎『九つの殺人メルヘン』と同じように、〈足跡のない殺人講義・実践編〉ととらえることもできるのではないでしょうか。

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 さて、帯にも“空中殺法の謎を解け!”と謳われているように、天井を走り壁に止まる、重力を無視したかのようなコンドル三兄弟の“空中殺法”が、本書のメインの謎の一つであるわけですが……物語終盤、ついに船が座礁すると同時に明らかにされる、船が横倒しになっていたという真相には思わず仰天。およそ例を見ないユニークな叙述トリックであり、それを見事に成立させていることに脱帽せざるを得ません。

 トリック写真などでおなじみの技法(例えばこちら)にも通じるところがあり、発想自体はさほど難しいものではないかもしれませんが、単に“縦のものが横になっていた”だけでは(真相がばれないように書く限りは)「だから何?」と思われてしまうのがオチで、どう考えても扱いづらいトリックであることは間違いありません。しかし本書では、“殺し屋ミステリ”という特異な設定をうまく生かし、コンドル三兄弟の異様な運動能力と合わせて奇怪な“空中殺法”を演出することで、“謎→真相”のカタルシスを生み出すことに成功しています。

 しかも、“空中殺法”に作中の人物にとっての“謎”――足を使って三つの武器を操ったというその真相自体は脱力ものですが――を組み込むことで、作中の人物も“天井を走り壁に止まる”動きを不思議に思っているかのように読者をミスリードして、叙述トリックに気づかせない仕掛けが実に巧妙です。少々あざといようにも思われますが、最後に示されているように峰久保が書いた殺し屋向けの教則本という体裁であり、“騙しの技法に通暁し、常に疑いの目を持つことが大切である”(365頁)とあるところからみて、一人称の記述者である峰久保自身が(教則本の)読者を騙すことを意図しているわけですから、納得せざるを得ないところでしょう。

 また、船が横倒しになっていたことが明かされることで、“足跡のない殺人”にも新たな解決――〈足跡が消えるトリック〉が示されているところがよくできています。例えば〈雪がやんだ後の犯行に見せかける〉といった具合に、主に犯行時刻の錯誤とセットになるトリックであり、実際に本書でもそうなっているのですが、雪などと違って“自然に足跡が消える”状況が想定しづらいため、読者にとっては盲点に置かれることになります。もちろん、作中の人物たちにとっては“正攻法の推理”(340頁)にすぎないのですが、そこで殺し屋ならではの心理が不可能状況を生み出した、というのが面白いところです。

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 “足跡のない殺人”のハウダニットに続いては、霞流一らしいロジカルなフーダニット。犯人の条件となるのは、“自分のホイッスルを虎沢のものとすり替えた人物”ということですが、それを導き出すまでの過程――ホイッスルの破片の“動き”とテーブルに穴を掘った跡から、壊れたホイッスルが犯人のものだったことを明らかにする推理がよくできています。そしてもちろん最後の消去法も鮮やか。犯人と特定された阿佐木がすでに殺されているのも、“意味が無いことを完成させるのは意味がある”(343頁)という逆説めいた台詞につながって印象に残ります。

 その阿佐木の頭部を切断して“ヘルメット”に仕立てるという蔭野の発想も凄まじいものがありますが、騙し合いの最後を飾る牙留島の手首の隠し場所――“手首は手首に隠せ”という真相が何とも凄絶。とはいえ、ハードな殺し屋の世界にはふさわしいトリックというべきなのかもしれませんが。

* * *

*1: 似たような前例もあったとは思いますが。
*2: “ブランコって『赤毛のアン』みたいなイメージだし”(133頁)というのもいかがなものか(苦笑)。
*3: 本書では、“死体の周囲に被害者自身の足跡も残っていない”という状況のため、“足跡のない殺人”のすべてを網羅することは不可能ですが、その中で想定できるパターンはだいたい以下のようになります。

足跡をつけない→死体の場所まで行かない→遠距離から殺害→阿佐木犯人説
→遠距離から死体を移動→蔭野犯人説・呆楽犯人説
→死体の場所まで行く→空中などを移動→富坂犯人説
→地上を移動→綾菜犯人説
足跡をつける→足跡を消す→竜円犯人説
→足跡が消える(犯行時刻の錯誤)真相

2013.05.02読了