『瑠璃城』殺人事件/北山猛邦
・個々の事件に関して
- 「1243年 瑠璃城 フランス」
巨石十字架が滑り台になるというトリックは、112頁に図示されたその形状を見れば一目瞭然でしょう。あまりにあからさますぎるので、さらに何かあるのではないかと疑ったのですが、真相はそのままでした(苦笑)。一方、タイダル・ボアーによる川の逆流という現象は、特殊な知識を必要とするトリックだという点でややマイナスですが、168頁~170頁の解説には説得力があると思います。
いずれにしても、島田荘司の作品に通じるところのある豪快なトリックであることは確かで、少々難はあるものの、まずまずの出来といえそうです。
- 「1916年 塹壕 ドイツ×フランス前線」
四人の首なし死体の消失については、地下壕の中の水位(消失時はある程度下がっているはず)ですぐに真相がわかりそうにも思えるのですが、そうなっていないのはおそらく視点の違いに理由があると考えられます。発見時には地下壕の
“入り口”
(69頁)、つまりやや横方向から眺めているのに対して、死体消失時には“地下壕の真上”
で“穴から地下壕の中を覗いてみた”
(70頁)のですから、多少の水位の違いに気づかなくともおかしくはありません。問題は、そのあたりがかなりわかりにくくなっている点で、少なくとも193頁~194頁の解決場面で何らかのフォローがほしかったところです。
- 「1989年 図書館 日本」
ドミノ倒しによる密室トリックは、後に谺健二(以下伏せ字)『赫い月照』(ここまで)でも使われていますが、トリックそのものの出来はこちらの方が上でしょうか。開き方を調節することで角度の変化に対応させるというのは、(本当に実現可能かどうかはともかくとして)本ならではの工夫だと思います。また、切断された首がトリックの小道具として使われている点や、スタート地点が複数設置されているところも巧妙です。
ただ、作中でも指摘されているように、短剣を落下させて刺すというのはかなり困難だと思います。実際のところ、気候を考えると服の厚みも無視できないものになりそうなので、たとえば君代をあらかじめ裸にしておくなどの工夫があればよかったのではないでしょうか。
・物語の全体構造に関して
泡坂妻夫『妖女のねむり』や歌野晶午『ブードゥー・チャイルド』といった作品とは違って、本書では“生まれ変わり”という現象が実在するものとして扱われており、特殊な設定を取り入れたSFミステリの一種ととらえることもできるかもしれません。しかし、例えば西澤保彦の諸作品のように“特殊設定=ルール”が最初にきっちりと説明されるのではなく、小出しにされているのが苦しいところです。
“生まれ変わり”に関する設定の中で重要だと考えられるのは、時系列と無関係であること、そして“重複”の存在という二点。これらは、いずれも一般的な“生まれ変わり”の概念からは外れたものであるため、フェアプレイを目指すのであれば早い段階で説明する必要があるところでしょうが、本書ではそのような形になっていません。
前者については、1916年のマリィと“ぼく”が生まれ変わりの記憶を持っているにもかかわらず、1989年の君代がそれを覚えていないことが伏線になっているともいえますし、後者については君代と樹徒の年齢の違いがそれに該当するかもしれませんが、やはり真相を見抜くことは困難だと思われます。そして、“例外”であるはずの“重複”が複数組存在する点に至っては、スノウウィが“例外”だと明言していることもあって、まったく予測不可能でしょう。
しかしながら、事前に設定をある程度説明してしまうと、真相が早い段階でかなり見え見えになってしまうのもまた事実。つまり、設定を説明しないことで“謎”が“謎”として成立しているわけで、致し方ないところというべきかもしれません。
ラストの地図で暗示されている、本書の中で最も重大な“例外”は、物語のオチとしてまずまずだと思います。
2007.05.24読了