ミステリ&SF感想vol.147 |
2007.07.01 |
『『瑠璃城』殺人事件』 『オックスフォード連続殺人』 『砂楼に登りし者たち』 『火星縦断』 『シャドウ』 |
『瑠璃城』殺人事件 北山猛邦 | |
2002年発表 (講談社ノベルス) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 現代日本、13世紀フランス、そして第一次大戦中のドイツ―フランス国境という三つの舞台で並行して繰り広げられるエピソードが相互に絡み合う構成の、幻想的な雰囲気を漂わせるミステリです。というよりも、ミステリのガジェットやトリックを取り入れた幻想小説といった方が適切なのかもしれません。
物語はまず現代日本、“最果ての図書館”なる意味ありげなネーミングの舞台で幕を開けますが、ここでいきなり登場人物の生まれ変わりという現象が提示されます。続いてその“前世”の一つである領主の娘と騎士の住む13世紀フランス“瑠璃城”へと舞台が移り、さらに第一次大戦中の塹壕の中での物語に切り替わって、以下それが順次繰り返されていきます。ちなみに、人によって好みが大きく分かれそうなので先に明かしておいた方がいいのではないかとも思うのですが、(一応伏せ字)本書では生まれ変わりが実際に起こる現象だという設定になっており、それ自体が合理的に解決されるわけではありません(ここまで)。 そして、いずれの舞台でもそれぞれに不可能犯罪が描かれ、やがてその謎がとある探偵によって解かれていくことになります。不可能状況を成立させるトリックはいわば“豪腕系”で、ややもすると時代錯誤的に感じられてしまいかねないところではありますが、その豪快さは十分な魅力を備えています。ただし、ネタと分量のバランスの悪さが大きな難点で、トリックが惜しげもなく贅沢に盛り込まれているととらえる向きもあるかもしれませんが、どちらかといえば描き込みがあっさりしすぎているために十分に生かされていないように思えてしまうのが残念なところです。 物語全体をつなぐ“大きな謎”においてはそれがさらにエスカレートし、ミスディレクションによるのではなく“書かない”ことで真相を隠すという姿勢が顕著になっているところが不満ではあります。ただし、それによって“謎”が“謎”として成立し、一種独特の幻想ミステリに仕上がっている感もあるので、一概に瑕疵とはいえないところではないかと思います。“大きな謎”の真相も含めて、実のところはまずまず楽しんで読めたのですが、何とも評価の難しい問題作という印象です。 2007.05.24読了 [北山猛邦] |
オックスフォード連続殺人 Crimenes Imperceptibles ギジェルモ・マルティネス | |
2003年発表 (和泉圭亮訳 扶桑社文庫 マ25-1) | ネタバレ感想 |
[紹介] [感想] 邦訳される作品の大部分が英米発という海外ミステリの中にあって異彩を放つ、アルゼンチンの作家G.マルティネスによる一風変わったミステリです。もっとも、主人公の“私”こそアルゼンチンからの留学生という設定になっている(千街晶之氏の解説によれば、その造形には作者自身の経験が多分に投影されているようです)ものの、舞台となるのはあくまでも英国。というわけで、英国の社会や文化を眺めるアウトサイダーの視点が、本書の基調となっています。
そして、それ以上に目を引くのが、数学という要素が大々的に盛り込まれている点です。主人公である“私”や探偵役となるセルダム教授をはじめ多数の数学者が物語に登場している上に、A.ワイルズによる“フェルマーの最終定理”の証明といった現実に即した話題も扱われ、さらに連続殺人が論理数列になぞらえられているという徹底ぶり。特に最後の点は、(数学SFの傑作である石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』と同様に)“数学”という言語で物事が表現されている、といった感じの独特の魅力を備えています。 これは作者が予期せぬところかもしれませんが、ミステリとしてもかなり奇妙な作品であるという印象を禁じ得ません。おそらく読んでいて気づく方も多いと思いますが、仕掛けの中核部分が解説で指摘されているそこそこ有名な前例そのまま(決して剽窃というわけではないようですが)であり、前例を知っていればその部分に面白味は感じられず、何とも評価に苦しむところです。 しかし、中核部分は前例そのままであるにしても、論理数列という“装飾”の効果や皮肉にねじれたプロットなど、仕掛けの周辺部分には十分に見るべきところがあると思います。特に終盤の展開などは、前例のオチを踏まえてみると非常に興味深いものになっており、見方によっては前例の発展形ととらえることができるようにも思います。 色々な意味で“奇書”というべき作品ですが、そのあたりを抜きにしてもなかなか面白い、一読の価値のある作品に仕上がっていると思います。 2007.05.26読了 [ギジェルモ・マルティネス] |
砂楼に登りし者たち 獅子宮敏彦 | |
2005年発表 (ミステリ・フロンティア) | ネタバレ感想 |
[紹介と感想]
2007.05.30読了 [獅子宮敏彦] |
火星縦断 Mars Crossing ジェフリー・A・ランディス |
2000年発表 (小野田和子訳 ハヤカワ文庫SF1562) |
[紹介] [感想] NASAの現役研究者でもある作者が、火星有人探査をシリアスに描いたハードSFです。資金調達の困難性やコストと安全性のかね合いなど様々な課題が示されているのもさることながら、火星の風景や各種装備・装置などの緻密な描写がやはりNASAの研究者の面目躍如といったところで、現実にはいまだ達成されていない火星有人探査というプロジェクトの姿がリアルに伝わってきます。
とはいえ、火星探査が成功裡に終わってしまっては(不謹慎な表現かもしれませんが)、物語として今ひとつ地味で盛り上がりに欠けてしまうところ。本書では、実際に起こってもおかしくないトラブルによって隊員たちが絶体絶命の窮地に追い込まれ、火星の赤道から北極へと至る長く過酷な旅を余儀なくされるという展開によって、サスペンスフルな“火星紀行”を成立させているのが面白いところです。 そしてもう一つ、隊員たちの過去のエピソードがカットバックで挿入されているのも効果的です。少々劇的にすぎる感もありますが、それぞれが密かに背負っている過去はいずれも興味深く、またそれがじっくりと描かれることで人物描写に厚みが加わっており、“誰が地球へ帰還することになるのか”という残酷なサバイバルと相まって、読者を引き込む十分な力を備えた物語に仕上がっています。 途中にはミステリめいた場面もありますが、ミステリを読み慣れた読者には見え見えになっているのはご愛敬。結末も驚天動地というわけではありませんが、それなりに意表を突いたものになっています。全体としてもまずまずの出来といっていいでしょう。ハードでスリリングな火星縦断の旅をお楽しみあれ。 2007.06.02読了 [ジェフリー・A・ランディス] |
シャドウ 道尾秀介 |
2006年発表 (ミステリ・フロンティア) |
[紹介] [感想] 第7回本格ミステリ大賞を受賞した傑作。小学五年生の少年を主役とした心理サスペンス風の物語の中に、無数の伏線やミスディレクションをちりばめて精緻に組み立てられた作品で、いくつものサプライズを通じて物語のテーマを鮮やかに印象づけることに成功しています。
まず冒頭から立て続けに“死”が描かれ、さらに大学病院の精神科という舞台や登場人物たちが時おり体験する幻覚など不安を煽るような要素が盛り込まれることで、やがて来るべき不穏な展開を予感させる暗鬱な雰囲気が物語を包んでいます。しかし、その中にあって常に前を向こうとする凰介少年のキャラクターにより、物語が過剰に陰惨なものになることを免れている感があり、内容の重さにもかかわらず高いリーダビリティが備わっているところに作者の力量がうかがえます。 本書は多視点の描写により構成されており、それぞれの人物に何を“語らせる”か(何を“語らせない”か)――他の人物に対しても、読者に対しても――が綿密に計算され、結果としてなかなか把握できない“事件”の全体像が一つの大きな“謎”となっているのが見どころでしょう。もちろん単に“語らせない”だけはでなく、容易に先を読ませないためのミスディレクションが存分に仕掛けられているのですが、露骨なものとそうでないものとが織り交ぜられて総体的に混沌とした状況になっているところがまた巧妙で、作者の手腕に翻弄されるばかりです。 “事件”がはっきりした姿を見せないことで、かえってテーマとなっている人々の“絆”がクローズアップされることになっているのもうまいところです。見るからに“相似形”である二つの家族がコントラストを生じているのも印象的ですし、度重なるどんでん返しを通じて隠された“思い”が少しずつ表面に現れてくるところもよくできています。 本書の結末は、作中における現実的な状況はさておき、爽やかな余韻の残るものになっています。それはひとえに、物語の中心に位置する凰介少年の“事件”を通じた成長によるものであり、その存在は他の登場人物にとっての最大の“救い”となっています。重い物語ではあるものの、少年の成長を描いたビルドゥングスロマンとしても優れた作品といえるのではないでしょうか。 2007.06.05読了 [道尾秀介] |
黄金の羊毛亭 > 掲載順リスト/作家別索引 > ミステリ&SF感想vol.147 |