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ホームズ鬼譚~異次元の色彩/ 山田正紀/北原尚彦/フーゴ・ハル

2013年発表 クトゥルー・ミュトス・ファイルズ8(創土社)
「宇宙からの色の研究」

 第一部のタイトル「まだらのバンド」はもちろんコナン・ドイル「まだらの紐」、第二部の「狂気の丘にて」はH.P.ラヴクラフト「狂気の山脈にて」とエミリー・ブロンテ『嵐が丘』*1が元ネタですが、第三部の「クトゥルフ・ランド」は何と“ディ○○○・ランド”――“頭部のまわりに何十匹もの蝿が(中略)丸い大きな二つの耳のように”(92頁)群らがったネズミ(の頭蓋骨)を参照――のもじりで、思わず心配(?)になってしまいます(苦笑)

 それはさておき、序盤の“ドクター・ワトソン”と“ホームズ”のコンビが、よりによってジャック・ザ・リッパーモリアーティの凶悪な二人組へと“反転”するのはやはり強烈。ホームズネタのはずが……と思っていると、最後の最後になって本物のホームズが登場するものの、ジャック・ザ・リッパーとタッグを組むことになるというのがまた凄まじいところです。

 ヒースクリフが残した“スペックル・バンド”(23頁)という言葉が、原典同様の“まだらの紐”(23頁)から、「異次元の色彩」に絡めた“特異な光の領域{スペックル・バンド}(32頁)へ、そして“人間とクトゥルフとがまだらに混じりあった集団{バンド}(143頁)へと、何重にも解釈されるのが面白いところ。特に最後の解釈は原典「まだらの紐」の(邦訳では機能しない)ミスディレクション*2に通じるもので、ニヤリとさせられます。

「バスカヴィル家の怪魔」

 原典『バスカヴィル家の犬』の細かいところを覚えていないのでアレですが、どうやら(一応伏せ字)真犯人も微妙にひねってある(ここまで)ようで、なかなか芸が細かいというか。

 物語は、隕石に乗ってやってきた二つの存在が“相討ち”したようにも見える決着を迎えていますが、冷静に思考を進めたホームズが最後に示した可能性――繁殖という仮説は、何とも空恐ろしいというよりほかありません。

「バーナム二世事件」

 まず、〈質問事項の答〉(377頁)では、ホームズが【1】【10】【26】【28】【40】【44】【46】【56】【62】【63】【69】【73】【79】の十三ヵ所の情報を使ったとされていますが、〈【79】新聞の号外〉へは最短でも〈【40】バレット・ボガード〉から〈【36】まだらの見者メリマッコ〉を経由する必要がありますし、〈【46】天体望遠鏡〉から〈【62】グリニッジ天文台〉への間にも〈【58】ハリー・ハルマン侯爵〉があるので、実際には少なくとも十五ヵ所の情報が必要になるかと思われます。

 その情報をどのように使うかは〈解決編〉のとおりですが、見どころはやはりハウダニットでしょう。馬車の中に散乱した物が扉のある南側に片寄っていたこと(見取図)の意味、南側の屋根の縁の真新しいこすりキズ(【28】馬車の外観)、さらに馬車の高さ(【28】馬車の外観)と壁との距離(【10】壁画)という地味な手がかりから導き出される、“縦のもの(馬車)を横にした/横のもの(丸石の軌道)を縦にした(?)”真相は秀逸。さらに、屋上への扉が施錠されていたこと(【56】屋上)を示してさりげなく不可能性を演出*3しながら、雨樋が変形していたこと(【56】屋上)で“抜け道”を示唆してあるところもよくできています。

 また、〈質問事項〉(366頁)“3 殺害にはどのようなが用いられたのか。”が問われていることが、読み返してみると一種のヒントになっているようにも思われます。“2 殺害を実行したのは誰か。”も同様に、黒幕と実行犯が別であることを暗示している感があり、謎が解けなかった悔しさもひとしおです。

*1: 英題の「At the Heights of Madness」「At the Mountains of Madness」『Wuthering Heights』になっています。
*2: 詳しくは 「まだらの紐#タイトルの仕掛け - Wikipedia」を参照。
*3: といいつつ、屋上からの犯行にはまったく思い至らなかったので、当然この点にも気づきもしなかったわけですが(苦笑)。

2013.09.17読了