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カットスロート/M.スレイド

Cutthroat/M.Slade

1992年発表 大島 豊訳 創元ノヴェルズ ス3-5,6(東京創元社)

 まずは誤訳の問題から。
 「東方/西方室」の最後の1行は“その横にはが立っていた”(上巻186頁)と訳されていますが、実際にはマーティン・クワンに弟はいないのですから、厳密には間違いです。ただ、これを“兄”としてしまうとマーティンが長男(=〈カットスロート〉)である可能性がなくなってしまいますから、作者がそのつもりで書いたとは思えません。むしろ、英語の“brother”という単語に“兄/弟”の区別がないことを利用したトリックだと考えるべきでしょう。
 ハヤカワ文庫から刊行されている某有名古典ミステリにも同様の問題があることが知られていますが、“兄”と正しく訳してしまってはトリックが機能しなくなってしまいますし、“兄弟”とするのは日本語として不自然で、トリックの所在がわかりやすくなってしまうでしょう。この問題については、真相を隠すための多少の“嘘”は致し方ないと思うのですが……。
 一方、登場人物表や作品の序盤で、ロータス・クワンがマーティンの“妹”と訳されているのはダメでしょう。下巻132頁で二人の生年が明らかにされていますから、作者がここにもトリックを仕掛けたつもりだったとは思えません。

 残念ながら、〈カットスロート〉の正体はさほど意外に感じられなかったのですが、その主な理由は容疑者の少なさにあります。
 チャンドラーをはじめ捜査陣が、ロータスでもマーティンでもない第三の人物としての“エヴァン・クワン”を探すのは当然なのですが、物語全体を把握することができる読者の目から見ると、〈カットスロート〉の候補はロータスとマーティンの二人以外に見当たらず、二者択一になってしまいます。より正確にいえば、性別の問題でロータスを排除してしまうとマーティンしか残らなくなってしまうので、ロータスも候補に含めざるを得ないというところでしょうか。
 そして、性別の問題はさておき、マードック判事殺しの際の(犯行の機会も含めて)怪しい挙動を考えると、ロータスに疑惑が向いてしまうのも致し方ないといえるのではないでしょうか。

 それにしても、第四部の豪快な夢オチには唖然とさせられました。

2004.10.13 / 10.14読了

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