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百万に一つの偶然/R.ヴィカーズ

Murder Will Out/R.Vickers

1950年発表 宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM48-2(早川書房)

 一部の作品のみ。

「なかったはずのタイプライター」
 携帯用タイプライター→〈アシュウィン高速計算機〉→〈アシュウィンデン・セット〉という、連想ゲームのようなまぐれ当たりが強烈です。そしてそのコーヒーポットによって、死体の奇妙な姿勢と“モールス信号”がきれいに説明されているところもよくできています。

「絹糸編みのスカーフ」
 “不用意な一言”という解決はありきたりですが、それもまた、絹糸編みのスカーフに対するハロルドの強迫観念のゆえでしょうか。殺人の衝動を抑えるために3万ポンドの“保険”をかけるというハロルドの行動、そしてそれが完全な無駄金ではなく、嫌疑を晴らす根拠となっているところがなかなか面白いと思います。

「百万に一つの偶然」
 解決の決め手そのものがよくできているのはもちろんですが、珍しいマスチフ犬という“小道具”の選択、そして事件直前に見られた、マスチフ犬の奇妙な様子(文庫版113頁)という伏線も巧妙です。

「ワニ革の化粧ケース」
 化粧ケースに傷がついたために修理に出されていたことが、伏線としてうまく使われています。

「けちんぼの殺人」
 どうもアリバイが今ひとつはっきりしませんし、300ポンドの小切手がどう関わってくるのかもよくわからないのですが……解決場面の様子からみて、トレインダーの車の所在がポイントなのでしょうか。
 ところで、トレインダーが車内で毒を飲んで自殺したとすれば、飲み物の容器が車内(あるいはその付近)で見つかっていないのはおかしいでしょう。また、作中の描写をみると毒の効き目は早いようなので、自宅で服毒してから車に乗ってカーモデル・レインまでやってきた、という可能性も低いはず。つまり、たとえ自殺だったとしても第三者の関与があった可能性が非常に高いのですが、その点が検死審問で見過ごされているのはいただけません。

「9ポンドの殺人」
 最後のマーガレットの自白は、表面的には(共犯と目された人物を救うという意味で)「ワニ革の化粧ケース」と似ていますが、その印象はまったく対照的。それだけに、何とも哀しい結末です。

「手のうちにある殺人」
 “牛のやつが、なにもかもぶちこわしている”という言葉が重要な手がかりであることは早い段階で示されていますが、その意味を見抜くのは難しいでしょう。遠近法のマジックが鮮やかです。

2004.05.08読了

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