〈迷宮課事件簿〉

ロイ・ヴィカーズ




シリーズ紹介

 スコットランド・ヤードに設置された、他の係や課が捨てたあらゆるものを引き受ける風変わりな部署〈迷宮課〉。その〈迷宮課〉が解決した様々な事件の顛末を描いたのがこのシリーズです。

 シリーズは全篇が、犯人とその犯行を先に明かしておく倒叙形式で書かれていますが、探偵役となる〈迷宮課〉は比較的影が薄く、もっぱら犯人が犯行に至る経緯やその心理、すなわち犯人と被害者との関係を描くことに重点が置かれています。結果として、登場人物やその事情は様々ながら、全篇が犯人を主役とした犯罪小説のような雰囲気をかもし出しています。もちろん、倒叙ミステリにはもともとそのような方向性が備わっているのですが、このシリーズの場合には、探偵役の影の薄さがそれに拍車をかけているといえるでしょう。

 一般的に、倒叙ミステリにおけるミステリとしての醍醐味は、犯人の罪がいかにして暴かれるか、というところにあるといえますが、このシリーズでは主に偶然/まぐれ当たりによって事件が解決されるところが非常にユニークです。正直いって、かなり強引に感じられる部分もないではないのですが、解決が偶然に基づくものであるために“何が、どのように決め手になるのか”といった展開が予想しづらく、その結果として生じる意外性が魅力となっています。

 〈迷宮課〉の中心となって活躍するのはジョージ・レイスン警部ですが、思わぬところから手がかりを拾ってくる幸運の持ち主として上司のカースレイク警視に揶揄される場面が時おり目を引く程度で、さほどの個性は感じられません。やはり、主役はあくまでも犯人の側ということでしょう。





作品紹介

 現在のところ、『迷宮課事件簿〔I〕』(全10篇)『百万に一つの偶然』(全9篇)『老女の深情け』(8篇中6篇)『殺人を選んだ7人』(7篇中3篇)の4冊にまとめられているほか、雑誌掲載のみの作品もあるようです(詳細は、「N・M卿の部屋」「ロンドン警視庁〈迷宮課〉」をご覧下さい)。


迷宮課事件簿〔I〕 The Department of Dead Ends  ロイ・ヴィカーズ
 1949年発表 (吉田誠一・村上啓夫訳 ハヤカワ文庫HM48-1)ネタバレ感想

 個人的ベストは、「ゴムのラッパ」「赤いカーネーション」「盲人の妄執」あたり。

「ゴムのラッパ」 The Rubber Trumpet
 偽名を使って結婚し、新婚早々に花嫁を撲殺したジョージ・マンシー。疑われるはずのなかった彼が逮捕されたのは、事件とは関係のない赤ん坊のための玩具、何の変哲もないゴムのラッパのせいだった……。
 作中でもいきなり、ゴムのラッパが事件と直接関係ないことが明かされています。それが一体どのように使われるのか、大いに気になるところだったのですが……地道な捜査とまぐれ当たりが組み合わされた結末には、何ともいえない独特の魅力があります。

「笑った夫人」 The Lady Who Laughed
 高名な喜劇役者のスペングレーヴが自宅で開いたパーティの最中、妻が行方不明となってしまった。彼女は、スペングレーヴが客の前で演じたショーで使われたカーペットにくるまれて死んでいたのだ……。
 奇術を思わせる殺人計画はなかなか面白いのですが、最後の決め手が今ひとつ。

「ボートの青髭」 The Man Who Murderd in Public
 ボートの転覆事故を装って、次々に妻を溺死させていくジョージ。当然ながら当局の疑惑を招くことになったものの、殺意を示す証拠がまったくないために、彼は常に罪を逃れ続けてきた。しかし、ついに終わりの時が……。
 原題の通り、公衆の面前で事故に見せかけた殺人を繰り返す犯人。手口が単純であるだけに、殺人であることを立証するのはほとんど不可能ではないかと思えたのですが……やや弱いとはいえ、とある小道具をうまく使った解決は、なるほどと思わされます。

「失われた二個のダイヤ」 The Snob's Murder
 身分の低い婚約者を殺害したという疑惑がかけられたブレンドン卿。現場が荒らされ、卿が貸し与えていた家宝のダイヤの首飾りがなくなっていたのだが、宝石泥棒の仕業とも、また偽装工作とも考えられて……。
 最初の見込み違いを挽回する、レイスン警部のひらめきが光ります。そしてまた、最後の犯人の行動も鮮やかな印象を残します。

「オックスフォード街のカウボーイ」 The Cowboy of Oxford Street
 アンドルーは同居人のハリスを殺害した。妻の友人という触れ込みのハリスは、夫婦に様々な援助を与え、自分が同居することを条件に新居まで用意してくれたのだ。だがそこには、妻とハリスの企みが隠されていた……。
 事件そのものよりも、三人の登場人物の特殊な関係が面白く感じられます。特に、事件前後のアンドルーと妻の関係の変化が見どころです。

「赤いカーネーション」 The Clue of the Red Carnations
 かつて恋した女性との再会をきっかけに、旧友を殺してしまったウェイカリング。彼は、ストライキ中の駅に停めてあった貨車の荷箱の中に、死体を放り込んで始末した。代わりに、荷箱の中身――巨大な車軸を持ち去って……。
 最初の手がかりこそ偶然に見つかったものですが、それをもとにしてレイスン警部が犯人を追いつめていく手際は見事です。

「黄色いジャンパー」 Yellow Jamper
 同僚の教師に愛情を抱きつつも、彼とその婚約者の後見役としてふるまってきたルス。しかしある夜、彼女は一緒に暮らしていたその婚約者を殺してしまう。事件が迷宮入りした後、ルスは婚約者を失った同僚と結婚したのだが……。
 「オックスフォード街のカウボーイ」の裏返しともいえる状況で、これまた複雑な人間関係がしっかりと描かれています。結末も印象的。

「社交界の野心家」 The Case of the Social Climber
 社交界に進出して上流階級へとのし上がることを長年夢見てきたステントラー。とあるクラブへの入会を目前にしながら、それを阻止した旧友に対して、彼は殺意を抑えることができなかった。ただ一つの証拠の行方は……?
 少年の頃から形成されてきたステントラーの野心と、それを打ち砕きつづけてきた被害者の心理は、正直どちらも理解しがたいものがあります。終盤のステントラーの迷走が、なかなか面白いと思います。

「恐妻家の殺人」 The Henpecked Murderer
 恐妻家のくせに愛人を作ったあげく、殺害してしまったカマートン。一度は自首を決意したものの、妻にそそのかされて事件を隠蔽しようとする。死体を居間の床下に埋めて、偽装工作に協力した妻の帰宅を待っていたのだが……。
 状況そのものはありがちですが、中盤の意外な展開が秀逸です。

「盲人の妄執」 Blind Man's Bluff
 完全に視力を失いながら、妻の献身的な努力にも支えられて、劇作家として成功したシルベイは、妻に思いを寄せる後援者を自殺に見せかけて殺害した。だが、レイスン警部の執念がシルベイを追いつめる……。
 盲人扱いされることを何よりも嫌う、不屈の精神の持ち主・シルベイ。その強烈なパーソナリティこそが、まぎれもなくこの作品の主役です。そしてそれが、結末に込められた皮肉を強調しているように思います。

2004.05.04読了

百万に一つの偶然 迷宮課事件簿〔II〕 Murder Will Out  ロイ・ヴィカーズ
 1950年発表 (宇野利泰訳 ハヤカワ文庫HM48-2)ネタバレ感想

 個人的ベストは、「百万に一つの偶然」。次いで「なかったはずのタイプライター」「ワニ革の化粧ケース」あたり。

「なかったはずのタイプライター」 The Clue of the Imaginary Typewriter
 新聞で事件の記事を読んだハヴァーストンは困惑した。瀕死の被害者が使ったタイプライターを、犯人が持ち去ったらしいというのだ。だが、当のハヴァーストンは、そんな物が存在しないことを知っていた……。
 ハヴァーストンの知る実際の状況と捜査陣が推測する状況との食い違いが面白く感じられます。そして、完全に的はずれだった捜査に驚くべきまぐれ当たりが加わり、一気に核心へと近づく過程が秀逸です。

「絹糸編みのスカーフ」 The Knitted Silk Scarf
 ハロルドが愛人を作った末に妻を殺すきっかけとなったのは、妻から贈られた絹糸編みのスカーフだった。動機がないと思われたために容疑をまぬがれた彼だったが、やがてその前に現れたのは……。
 解決の決め手そのものはややありきたり。むしろ、サイコスリラー的な方向を狙った作品と考えるべきなのかもしれません。迷走するハロルドの心理、そしてその行動が印象的です。

「百万に一つの偶然」 The Million-to-One Chance
 かつて恋人を奪った友人・クロウチを、人里離れた田園の自宅へ連れ出して殺害したストレットン。クロウチが連れていたマスチフ犬も始末し、もはや手がかりは何も残っていないはずだった。だが、思わぬ告発が……。
 『世界ミステリ全集18 37の短篇』(早川書房)などにも収録されている、比較的有名な作品です。事件が露見するきっかけとなる“意外な告発”が非常によくできています。ネタそのものは事前に知っていたのですが(藤原宰太郎氏のミステリクイズ本か?)、それでも十分に楽しめました。傑作です。

「ワニ革の化粧ケース」 The Crocodile Case
 愛人のフィリスのために、その夫を殺害したランバート。しかし当のフィリスは彼に感謝するどころか、夫の車の中にあったはずの、ワニ革の化粧ケースのことを気にかけるばかり。その、常軌を逸した執着はやがて……。
 実に鮮やかな解決へとつながる、小道具の使い方がお見事。また、罪を暴かれたランバートの複雑な心境が、何ともいえない印象を残しています。

「けちんぼの殺人」 A Mean Man's Murder
 妻とその愛人を心中に見せかけて毒殺しながら、微妙なアリバイと、被害者に渡した高額の小切手のおかげで容疑をまぬがれたアーノス。だが、ごくわずかな出費を惜しんだことが、身の破滅を招いてしまう……。
 正直なところ、アーノスが容疑をまぬがれる理由も、またアリバイそのものも、そして解決へと至る過程も微妙。興味深いのはむしろ、幼少の頃から形成されたアーノスの特異な性格、そしてアーノスと妻、愛人の三人が事件当夜に繰り広げたドラマです。

「相場に賭ける男」 The Man Who Played the Market
 相場に賭けては負け続け、すっかり財産を失ってしまった夫を、自殺に見せかけて殺したテッサ。無事に容疑をまぬがれた後、別の男と再婚して幸福な生活を送り始めて3年。思わぬ“逆運”が彼女を襲う……。
 解決のきっかけとなる大きな皮肉は、よくできたショートショートを思わせます。犯人であるテッサの境遇は哀れといえば哀れですが、この結末はいかがなものか。

「つぎはぎ細工の殺人」 The Patchwork Murder
 出ていった妻と息子を取り戻すため、愛人を排除しようとするジェラルド。彼はじっくり研究と準備を重ねた末に、銃の暴発事故に見せかけて愛人を殺害した。何一つ手ぬかりのない、完璧な計画のはずだった……。
 決め手そのものは偶然によって生じたものですが、それが見つかったのはまぐれ当たりではなく、レイスン警部の執念の賜物。その意味で、このシリーズにしては異色の、オーソドックスな倒叙ミステリに近い作品といえるでしょう。

「9ポンドの殺人」 The Nine Pound Murder
 よりによって妻・マーガレットの勤務先に強盗に入ったあげく、大金庫の中に閉じ込められて命を落としたジェイムズ。しかし、事故と思われたその死は、実はマーガレット自身が仕組んだものだった……。
 ミステリ的な興味よりも、犯人であるマーガレットの人生に焦点が当てられた作品。騙されて悪い男と結婚してしまったマーガレットの転落ぶりが涙を誘い、解決へとつながる偶然が恨めしく感じられます。

「手のうちにある殺人」 The House-in-Your-Hand Murder
 殺されたヘンショークは、仕事の相手に自作のコテージの模型を見せて自慢するのが常だった。そして犯人は、模型のもとになったデッサンを現場から持ち去ったのだ。手がかりとなるそのコテージは、一体どこに……?
 被害者と犯人の交わした会話が手がかりとなりますが、その使い方が非常に巧妙です。

2004.05.08読了

老女の深情け 迷宮課事件簿〔III〕 Eight Murders in the Suburbs  ロイ・ヴィカーズ
 1954年発表 (宇野輝雄・他訳 ハヤカワ文庫HM48-3)ネタバレ感想

 個人的ベストは、「夜の完全殺人」
 なお、カバー折り返しには“「猫と老嬢」事件のみ、迷宮課の扱いではございません”と紹介されているのですが、杉江松恋氏も解説で言及している通り、「そんなつまらぬこと」も迷宮課ものではありません。

「猫と老嬢」 Miss Paisley's Cat (非〈迷宮課〉もの)
 一人暮らしのミス・ペイズリーは、アパートに入り込んできた一匹の猫を飼い始めた。だがその猫は、同じアパートに住む賭け屋の部屋へたびたび忍び込み、トラブルの種となっていたのだ。やがて、賭け屋はついに……。
 奇妙な味の犯罪小説、というべきでしょうか。今となっては、ややたわいもないものにも感じられてしまいます。

「ある男とその姑」 A Man and His Mother-in-Law
 妻の家出という痛手からようやく立ち直り、従順な性格の娘・マーガレットと再婚したペンフォールド。だが彼女は、幼い頃から面倒を見てくれた“アグネス伯母さま”の影響力から脱することができないまま、やがて破局が目前に……。
 解決は微妙。むしろ、妻を挟んだ夫と姑の関係、その“支配権争い”の方が強く印象に残ります。

「そんなつまらぬこと」 Little Things Like That (非〈迷宮課〉もの)
 細かいことをやたらに気にかける癖のあるカーウェンは、妻のマリオンに注意されて、もうつまらぬことを気にしないと決心した。だがその矢先、煙草の不始末で火事を起こしてしまったのではないかという疑念にかられ……。
 事件を解決するのは“地方警察の警視”であり、明らかに迷宮課ものではないのですが、味わいはよく似ています。あまりにも皮肉な結末が秀逸です。

「感傷的な周旋屋」 A Sentimental House Agent
 相続した邸宅を処分するために、土地家屋の斡旋業を営むブラッドロウのもとを訪れた老嬢、ミス・ヘンソン。ブラッドロウは親切心から、ミス・ヘンソンの代理人として様々な雑務を引き受けるようになったのだが、やがて……。
 まったくの善意から始まったはずの行為が、いつしか微妙に形を変えていく、その展開が鮮やかです。

「老女の深情け」 The Fool and Her Money
 証券取引で窮地に追い込まれたサーブルックを救ったのは、口座に払い込まれた2万ポンドだった。金を出したのは、彼に愛されていると思い込んでいるオールドミスのヘッダに違いない。彼女に会いに行ったサーブルックは……。
 最後の、犯人とレイスン警視のスリリングな攻防が圧巻です。

「いつも嘲笑う男の事件」 The Case of the Perpetual Sneer
 学生寮で起きた火事で大怪我を負ったラッフェンに対して、常に責任を感じ続けてきたグレンウッド。その関係は、年を経ても変わることがなかった。再三にわたってラッフェンを援助しようとするグレンウッドだったが……。
 犯人と被害者との間に横たわる、複雑に屈折した心理が印象的です。そして、最後の犯人の“嘘”が何ともいえません。

「夜の完全殺人」 All Right on the Night
 ジョージ・ハドソンの殺人は、完全犯罪のはずだった――田舎娘のエセルを騙して交際していた彼は、やがて結婚を迫られるようになり、彼女を殺すことを決意する。しかも、まったく痕跡を残すことなく、失踪したように見せかけるのだ……。
 犯人(と被害者)の心理よりもユニークな犯行計画に重点が置かれた、迷宮課ものとしては異色の作品です。事件が発覚するきっかけとなるのは、「百万に一つの偶然」に勝るとも劣らない、途方もない偶然。ここまでくると、もはや笑うしかないかもしれません。

「ヘアシャツ」 The Hair Shirt
 自分を道徳的な人間だと考えていたジェレミイにとって、衝動のままにエルジーと一夜を過ごしてしまったことは、大きな衝撃となった。すぐに結婚を申し込んだジェレミイだったが、それはお互いにとっての不幸の始まりでしかなかった……。
 悪人とまではいえないのかもしれませんが、自己中心的な登場人物のデリカシーのなさが、何ともすさまじいものに感じられます。犯行が露見するきっかけとなるちょっとした出来心が、何ともいえない後味を残しています。

2004.05.19読了

殺人を選んだ7人 Seven Chose Murder  ロイ・ヴィカーズ
 1959年発表 (井上一夫・他訳 ハヤカワ・ミステリ971)ネタバレ感想

 個人的ベストは、「信念に生きる女」
 なお、表紙には〈迷宮課シリーズ3〉と書かれているのですが、実際には『老女の深情け』の方が第3集にあたるようですし、本書に収録された7篇のうち4篇は非〈迷宮課〉もの――〈迷宮課〉という名称(やレイスン警部)が登場しない上に、倒叙形式でもない――です(もっとも、〈迷宮課〉ものの「かえれマリオン」も倒叙形式ではないのですが)

「デイシー家殺人事件」 Dossier of the Dacey Affair (非〈迷宮課〉もの)
 デイシー家に起きた殺人事件――大衆紙は、かつて人を死なせたことのある娘のジュリアを殺人狂に、ジュリアの夫・ウイリアムを金目当ての山師に、そしてデイシー夫人を意地悪な継母に仕立て上げ、メロドラマを描いてみせたのだが……。
 〈迷宮課〉ものと同じような味わいの作品。大衆紙が作り上げたのはステレオタイプなドラマですが、真相は微妙なところです。

「おきあがりこぼし」 A Toy for Jiffy
 脱走兵として逃亡生活を送っていたダグラスは、カフェの女給・デイジーと出会い、つましいながらも幸せに暮らし始めた。やがて男の子が生まれたが、デイジーはダグラスの知らぬ間に赤ん坊を養子に出してしまったのだ……。
 犯行の動機、そしてそれが露見するきっかけ、ともに何ともいえない哀しみを残します。

「かえれマリオン」 Marion, Come Back
 ピンネイカーの妻・マリオンが、突如姿を消してしまった。その不自然な状況から、夫であるピンネイカーに疑惑がかかったが、確たる証拠は見つからないまま、ピンネイカーは容疑を晴らすためにマリオンを探し続ける……。
 〈迷宮課〉ものでありながら、倒叙形式ではない異色の1篇。とはいっても、フーダニットではありませんが……。展開は面白いものの、ネタが少々ストレートすぎるのが残念なところです。

「信念に生きる女」 A Woman of Principle (非〈迷宮課〉もの)
 死刑廃止運動に打ち込む母親に育てられたマーガレット。やがて、一緒に暮らしていた友人が、正体の定かでない恋人に殺されてしまうという事件が起きた時、警察に先んじて殺人犯を探し当てた彼女のとった行動は……。
 〈迷宮課〉ものではありませんが、主役であるマーガレットの造形は〈迷宮課〉ものの犯人にどこか通じるところがあります。逆説的にも感じられる展開が非常に秀逸です。

「老嬢の証言」 Spinster's Evidence (非〈迷宮課〉もの)
 夫婦とその友人たち――四人の男女が一堂に会した夜、事件は起こった。三個のカクテルグラスの一つに投入された毒物。被害者の旧友であるオールドミスのグラディスは、当夜の様子を事細かに証言したのだが……。
 事件の意外な真相、そしてその背後に横たわる複雑な心理が、非常によくできていると思います。

「あわれなガートルード」 The Case of Poor Gertrude
 結婚直前になぜか婚約解消の憂き目にあうことを繰り返し、オールドミスになってしまったガートルード。35歳になった今、妻を亡くしたアンカーヴェルという男と出会い、婚約にまでこぎ着けたのだが、やがて悪夢が……。
 ガートルードがたびたび婚約解消されてしまう理由がどうしても気になってしまいますが、残念ながら(?)そちらは最後まで不明なまま。屈折した心理に端を発する、中盤のガートルードの行動が印象的です。

「招かれぬ女」 No Women Asked (非〈迷宮課〉もの)
 多情な女・マーベルと、彼女を取り巻く五人の男たち。マーベルの誕生日を祝うため、一つのに乗り込んだ六人だったが、様々に繰り広げられる愛憎の果てに待ち受けていたのは、不可解な殺人事件だった……。
 複雑な愛憎の果ての殺人劇、そして容疑者は五人――この状況が、この作品の弱点につながっているように思います。「デイシー家殺人事件」「老嬢の証言」などでも同様の傾向があるのですが、主要登場人物が多くなると、途端に読みにくく感じられてしまうのです。特に、互いに恋敵の立場である五人の男たちが登場するこの作品は、かなり人物の区別がつきにくくなっているきらいがあります。やはり作者には、〈迷宮課〉もののような、一人の人物の心理を深く掘り下げるスタイルが合っている、ということかもしれません。

2004.06.30読了


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