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君の望む死に方/石持浅海

2008年発表 ノン・ノベル(祥伝社)

 前作『扉は閉ざされたまま』もそうでしたが、一般的な倒叙ミステリではまず犯人の犯行の様子が描かれ、その後(読者には明かされている)事件の真相が看破されていく過程が描かれます。ところが本書では、冒頭で“保養所内で、人が死んでいる”(9頁)という“結果”こそ示されているものの、本編では事件が起こる直前までしか描かれていないというのがまず異色です。

 にもかかわらず、“探偵”である碓氷優佳が推理を行い、“いまだ発生していない事件”の真相を看破しているというのが本書のすごいところです。ある意味では、ミステリのパロディでしばしば見かける、事件が起こるよりも前に解決してしまう“究極の名探偵”を、真面目に具現化してしまっているともいえるでしょう。

 その離れ業を可能にしているのが、本書の特殊な状況設定です。“犯人”である梶間は確かにまだ何もしていないのですが、彼に殺されることを期待している日向が、いわゆる“プロバビリティの犯罪”に通じるお膳立て(仕掛け)を自ら行っているわけで、その意味ではすでに事件は“始まっている”といえます。そしてそこに、優佳が“探偵”として活動する余地が生じているのです。

 鋭い観察と発想によって日向の計画を見抜きながら、表立ってそれにストップをかけるのではなく、あくまでも第三者からは*1不自然に見えない形で片っ端から無効化していくというその活動、とりわけ悪魔のような手際のよさは、いかにも優佳というキャラクターにふさわしいものです。時計の真下の椅子を動かす、あるいは花瓶に花を活けるという必要最小限の対処もさることながら、梶間と野村理紗の仲を徹底的に煽るという、研修本来の目的*2を巧みに利用した手段が強烈。さらに、園田進也と堀江比呂美を衝突させるに至っては、目的のためには手段を選ばない優佳の本領発揮というところです。

 優佳との“対決”においてほぼすべての真相を指摘されながらも、日向の決意は変わらず、また優佳も説得を断念しています*3。ここまでは予想の範囲内だったのですが、優佳が密かに置いていった酒瓶をきっかけに、日向が優佳の意図を推理する、すなわち“演出者”と“探偵”の立場が入れ替わるという予想外の展開には脱帽。そして浮き彫りにされる、“結果的に、境を殺したことは、ソル電機にとっていいことだったのだ。”(251頁)という自己正当化を押し進めた、“殺人という門をくぐり、司直の手を逃げ延びる慎重さと臆病さを持った人間こそが、会社を発展に導く。”(251頁)という日向の異様にねじ曲がった思想が、最後の最後に凄まじいインパクトを残します。

*

 本書の結末では、結局のところ誰が死んだのかは定かではありませんが、冒頭(9頁)に示された“結果”の中にヒントが示されています。日向は「終章」“午後十一時三十分。”(244頁))で、“仮にそれで梶間が死んでしまったら、正当防衛だと主張するだけのことだ。”(252頁)と独白しており、そうなった場合には事件後すぐに通報する必要があるのですから、“一一九番通報があったのは、一月十三日の午前七時四十七分だった”(9頁)ということはあり得ないでしょう。

 もっとも、現実的に考えるならば、“社員が社長を殺そうとして返り討ちに遭った”という事件が引き起こすスキャンダル――会社へのダメージは相当なものになるでしょうから、日向としてはそのまま通報するのは愚策といわざるを得ません*4。したがって、日向が梶間を返り討ちにした場合であっても、それを(当初の予定通り)外部犯によるものに見せかける工作がなされるのではないかと考えられます*5。そしてその場合、梶間の死体は翌朝になって発見されることになるでしょうから、通報されたのが夜中ではないからといって、日向が梶間を返り討ちにした可能性を直ちに排除することはできないと思います。

 ただし、“明日の朝食は午前七時半から八時半の間です。”(28頁)というスケジュールを考えれば、“午前七時四十七分”という時刻は、(日向ならともかく)朝食に起きてこない梶間の様子を見にいくには早すぎる*6と思われるので、やはり日向の方が殺された(もしくは相打ち)可能性が高いのではないでしょうか。

*1: 実のところ、当事者である日向と梶間すら終盤まで“疑惑”を抱くにとどまっています。
*2: “お見合い研修”という、プライベートの侵害ともとれる無茶な設定も、梶間の夜間の行動を制限するための手段から逆算して組み立てられたものでしょう。
 ただ、“今までに三組だけ、その晩のうちに一線を越えてしまった男女がいた。”(29頁)というのはさすがに……社長がそんなことまで把握しているのはいかがなものかと思います。
*3: 優佳が最後に持ち出したのがドアストッパーだったのは笑いどころかもしれません(前作『扉が閉ざされたまま』を参照)。
*4: 懇親会での傷害未遂についても、日向は“優佳が「絶対に警察に通報する」と騒ぎ出したら、ソル電機は多少なりともダメージを負ってしまうところだった。”(191頁)と独白しています。
*5: 梶間と違って日向の場合には、優佳の協力も期待できるでしょう。
*6: “正午から昼食。”及び“夕食は七時から。”(いずれも28頁)との表現の違いから、朝食は全員揃って食べるわけではないことがうかがえます。

2008.03.20読了