ミステリ&SF感想vol.106

2005.06.04
『密室に向かって撃て!』 『野獣世代』 『不完全な死体』 『扉は閉ざされたまま』 『時間泥棒』



密室に向かって撃て!  東川篤哉
 2002年発表 (カッパ・ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 傷害事件の容疑者の逮捕に赴いた砂川警部と志木刑事は、密造拳銃を持ち出して抵抗する相手に手こずった挙げ句、その拳銃を何者かに持ち去られてしまうという失態を犯してしまった。やがて、懸念された通り、その拳銃で射殺されたホームレスの死体が海岸で発見されたのだ。探偵・鵜飼杜夫とともにその現場を訪れた戸村流平は、そこで近くに住む食品会社社長・十条寺十三と孫娘のさくらに出会う。十三の依頼を受けてさくらの花婿候補三人の素行調査を行った鵜飼は、十条寺邸へ報告に訪れたのだが、その夜、岸壁の上に建てられた離れで花婿候補の一人が射殺され、犯人は消失してしまった……。

[感想]
 デビュー作『密室の鍵貸します』に続いて烏賊川市を舞台にしたシリーズ第2作で、砂川警部と志木刑事・鵜飼探偵と戸村助手という主要人物も再登場。さらに前作にも少しだけ顔を出した戸村の下宿の大家・二宮朱美もレギュラーに加わったようで、鵜飼や戸村と行動を共にしています。考えてみれば、先の四人、さらには十条寺十三やさくらも含めて、それぞれ微妙に方向の違ったボケキャラばかりという印象なので、(前作でツッコミ役をつとめていた)作者に代わるツッコミ系の人物を加えてみた、というところなのかもしれません。

 そして、ツッコミ役が加わったこともあってか、ユーモアは前作よりもこなれてきて一層面白い作品になっていると思います。かなりベタではありますが、前作ではみられなかったラブコメ的な要素も加わっていますし、登場人物たちのボケにも磨きがかかっています。

 その反面、肝心のミステリ部分が少々物足りなく感じられます。メインの謎は、目撃者による監視を受けた、一種の袋小路からの犯人消失というものですが、色々と小細工は施されているものの、真相はかなりわかりやすいものになっています。少なくとも、ある程度ミステリを読み慣れていれば、簡単に見当がついてしまうのではないでしょうか。またそのために、鵜飼探偵による解決場面の演出も逆効果になっているように思えます。

 最後に明かされる謎など面白い部分もあるにはあるのですが、それらはあくまでもサブ的なもの。前述のようにユーモア部分がよくなっているだけに、ミステリ部分がそれと反比例するかのように前作よりも落ちるものになっているのは、やはり残念です。

2005.05.06読了  [東川篤哉]
【関連】 『密室の鍵貸します』 『完全犯罪に猫は何匹必要か?』 『交換殺人には向かない夜』 『ここに死体を捨てないでください!』



野獣世代 L'age bete  ボアロー, ナルスジャック
 1978年発表 (伊東守男訳 ハヤカワ・ミステリ1404・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 15歳のリュシアン少年は、友人のエルヴェとともに教師たちに対して生意気な言動を繰り返し、担任の若い女教師エリアンヌに何かと目の敵にされていた。そんなある日、教頭から処分を受けた二人は、その腹いせにエリアンヌを誘拐することを思いつく。ストッキングの覆面で顔を隠して駐車場でエリアンヌを襲い、自分たちの車に押し込めて、エルヴェの父親が持っていた山小屋に監禁する――当初の予定では、数日間怖い思いをさせた後で無事に釈放してやるはずだったのだが、エルヴェが交通事故で重傷を負ったために事態は一変してしまう……。

[感想]
 軽い気持ちから犯罪行為に走ってしまう少年たちの姿を描いたサスペンスで、生徒たちによる教師誘拐というショッキングな事件を通じて、主人公であるリュシアン少年の心の動きに焦点が当てられた、ボアロー/ナルスジャックらしい作品となっています。

 少年たちの誘拐計画は、その大胆さが功を奏してまんまと成功しますが、細部のずさんさ、あるいは見通しの甘さといったところには、少年らしい幼い思考がよく表れています。しかし本書は、思慮の浅さによる少年たちの転落の物語というだけでなく、ある意味では成長の物語でもあるともいえます。

 “生徒と教師”から“誘拐犯と被害者”へと立場が変わり、力関係が逆転したこともあってか、リュシアンはエリアンヌに淡い恋心を抱くようになり、彼女の元婚約者への嫉妬を募らせていきます。また一方で、エルヴェの事故によりすべてを一身に背負わなければならなくなったことをきっかけに、責任感と良心とに目覚め、リュシアンの苦悩は深まります。

 リュシアンの心情がじっくり描かれた中盤とは打って変わって、終盤は思わぬ展開の連続。ボアロー/ナルスジャックのプロットの巧みさが光ります。そして結末に漂う何ともいえないむなしさは、少年時代との決別を象徴するものでしょうか。一風変わったサスペンスの傑作です。

2005.05.10読了  [ボアロー/ナルスジャック]



不完全な死体 The Long ARM of Gil Hamilton  ラリイ・ニーヴン
 1976年発表 (冬川 亘訳 創元SF文庫668-04・入手困難ネタバレ感想

[紹介と感想]
 ラリイ・ニーヴンによる、20世紀から32世紀に至るまでを描いた未来史〈ノウンスペース・シリーズ〉の中にあって、他の作品とはかなり毛色の違ったSFミステリ、限定された超能力“想像の腕”の持ち主である“腕{アーム}のギル”ことギル・ハミルトンを主役とした作品を集めた中編集です。
 舞台は22世紀、人類は月面や小惑星帯{ベルト}にまで広がり、地球を含めたそれぞれの世界の間に対立が生じつつあります。また地球では、臓器移植の発達と時を同じくして臓器密売人(オーガンレッガー)がはびこり、ギル・ハミルトンが属するARM(国連警察軍または合同地方民警;Amalgamated Regional Militia)がそれを取り締まっています(臓器移植とオーガンレッガーについては、「ジグソー・マン」『無常の月』及び『太陽系辺境空域』収録)などでも扱われています)
 なお、ギル・ハミルトンが登場する作品は他に、長編『パッチワーク・ガール』と未訳の短編「The Woman in Del Rey Crater」があります。

「快楽による死」 Death by Ecstasy
 ギル・ハミルトンの昔の仲間でベルトの市民、オーウェン・ジェニスンが、なぜか密かに地球を訪れ、アパートの自室でひっそりと死んでいた。頭に電極を取り付け、脳の快楽中枢に電流を流し続けたまま、立ち上がる気力も失って衰弱死したのだ。市警はありふれた電気中毒によるの自殺だと判断したが、どうにも納得できないギルは捜査を続けるうちに……。
 時代背景やギル・ハミルトンの過去が詳しく説明されているという意味で興味深い作品ですが、ミステリとしてはかなり微妙。終盤、窮地に陥ったギルがとった行動が見どころです。

「不完全な死体」 The Defenseless Dead
 街中で突然狙撃されたギル・ハミルトン。相手は引退したオーガンレッガー“アヌビス”の手下だった。かつて“アヌビス”に身代金目当てで誘拐された青年がその場に居合わせたことから、“アヌビス”が再び活動を始め、その青年を狙っているという疑惑が生じる。しかし、身代金を払ってほとんど財産を失った青年が、今また狙われる理由は一体……?
 臓器移植とオーガンレッガーというテーマが前面に出た作品。展開はなかなか面白いのですが、真相は見えやすいかもしれません。シリーズにあまりなじみのない読者ならば特に。

「腕」 A.R.M.
  昨夜殺された高名な発明家の死体は、すでにミイラ化していた。被害者の新発明、時間を500倍に加速する特殊なフィールドに包まれていたのだ。ほぼ密室状態の現場から犯人が脱出した形跡はなく、自動医療機に入っていた娘が最大の容疑者とみられたが、捜査を担当するARMのギル・ハミルトンは……。
 本書の中で最もSFミステリとして面白い作品ですが、同時にSFミステリの弱点がはっきり表れた作品ともいえるでしょう。その原因は“時間を500倍に加速するフィールド”というネタで、非常に魅力的である反面その原理がかなり難解で、全般的に説明がわかりにくくなっているきらいがあります。とはいえ、犯人指摘の決め手などもよくできていますし、結末も鮮やかです。
 実は、初読時からずっと、トリックには問題があるのではないかと思っていたのですが、今回じっくり考えてみたところ、十分成立するような気がしてきました。
 なお、別訳「アーム」がアイザック・アシモフ他編『SF九つの犯罪』に収録されています。

2005.05.12再読了
「The Woman in Del Rey Crater」 『Flatlander』(Del Rey)収録)
 長年にわたって放射性廃棄物が投棄されてきた月面のデル・レイ・クレーターは、地獄のように“熱い{ホットな}”場所だった。その強い放射能に守られるかのように、古めかしい宇宙服を着た地球人女性の死体が横たわっていた。水分を失ってミイラ化したその死体の周囲には、足跡が見当たらなかった……。
 『不完全な死体』には収録されていない未訳短編。上の3篇と違ってギルの“想像の腕”の見せ場が少ないのが残念ですが、SFミステリとしてはなかなか面白い、ひねった作品になっています。

2005.06.02再読了  [ラリイ・ニーヴン]  〈ノウンスペース〉



扉は閉ざされたまま  石持浅海
 2005年発表 (ノン・ノベル)ネタバレ感想

[紹介]
 大学のサークルの同窓会で、成城の住宅街にある高級ペンションに集まった男女7人。だが、参加者の一人である伏見亮輔は密かに、後輩の新山和宏を殺害する計画を立てていた。昼食の際に新山に花粉症の薬を飲ませ、部屋に戻って眠り込んだところを浴槽で溺死させる。そして、ドアをロックした上にドアストッパーを仕掛け、現場を密室状態に仕立て上げたのだ――やがて夕食の時間となり、食堂に集まってくる仲間たち。しかし、新山だけが姿を見せず、部屋のドアは閉ざされたまま。薬の副作用でぐっすり眠っているのだろうとみんなが楽観視する中、碓氷優佳だけが状況に疑問を抱いていた……。

[感想]
 クローズドサークルものの職人にしてユニークなロジックの使い手である石持浅海の最新作で、今回はさらに倒叙形式が採用され、異色の傑作に仕上がっています。

 『扉は閉ざされたまま』という題名からは、岡嶋二人の傑作『そして扉が閉ざされた』が連想されますが、そちらの作品ほどの極限状況――4人の男女が核シェルターに閉じ込められたまま事件の真相を推理する――ではないものの、本書の登場人物たちはペンションの敷地から一歩も出ることはありません。ある意味では、過去の回想場面が多く挿入されていた『そして扉が閉ざされた』よりも本書の方が、作中での登場人物たちの動きが少ないともいえます。それほど動きが少ないにもかかわらず、まったく飽きさせることのない魅力的な物語を作り上げた作者の手腕に脱帽です。

 最初に犯行場面が描かれる倒叙ミステリの常として、本書の興味はその犯行がいかにして暴かれるかという過程にあります。そこには『そして扉が閉ざされた』ばりの徹底的な推理があり、また作者お得意の綿密なロジックが披露されるのですが……本書ではそこに一つの趣向が盛り込まれています。目次を見ればわかることですが(見ない方がより楽しめるかもしれません)、(一応伏せ字)「序章」で犯人によって閉ざされた現場の扉が再び開かれるのは、「終章」、しかも最後の一行になってから(ここまで)なのです。実現するのはかなり困難だと思いますが、状況設定に長けた作者はそれを見事にクリアーしていますし、この趣向によって一般的なミステリとは大きく異なる独特のものになっているところも見逃せません。

 作者のこれまでの作品では、物語の中で探偵役だけが突出している感がなきにしもあらずだったのですが、倒叙形式が採用された本書では、探偵に対する犯人の対応や心理が明らかにされることで、両者が対等な立場で物語を支配している印象です。結果として、静かに、かつスリリングに展開される犯人と探偵の攻防もまた、本書の大きな魅力となっています。

 そしてさらに、最後にはサプライズまで用意されています。伏線を生かしつつ、完全にこちらの意表を突いたもので、非常によくできていると思います。一部気になる点がないでもないのですが、全体的にみればやはり傑作。個人的には、よほどのことがない限り今年のベスト1はこれで決まりです。

2005.05.25読了  [石持浅海]
【関連】 『君の望む死に方』 『彼女が追ってくる』 『賛美せよ、と成功は言った』 / 『わたしたちが少女と呼ばれていた頃』



時間泥棒 Out of Time  ジェイムズ・P・ホーガン
 1994年発表 (小隅 黎訳 創元SF文庫663-12)

[紹介]
 ニューヨークを突然襲った、時間の流れの異常という奇怪な現象。時計はどんどん遅れていき、しかも場所ごとに遅れ方が違う。この怪現象がエスカレートしていった結果、ついには電波の周波数も影響を受け始め、通信さえもままならなくなってしまった。前代未聞の事態に各方面が混乱する中、“異次元世界のエイリアンが時間を盗んでいる”という物理学者の主張を受けて、犯罪捜査局の刑事たちが捜査を命じられたのだが……。

[感想]
 ホーガンにしてはかなり短め(約170頁)の長編で、全編にそこはかとなくユーモラスな雰囲気が漂い、しかもどこか懐かしい感じのするバカSF的な一発ネタが扱われています。平たくいえばリーダビリティが非常に高い作品で、あまりにもあっさりと読めてしまうのでかえって拍子抜けするほどです。

 冒頭、すでに時間遅延現象が広く認識されているところから物語が始まるのが、少々物足りなく感じられるところではあります。しかし、発端からきっちり描いてしまうとシリアスな方向に行きすぎて、本書独特のゆるいドタバタ感が損なわれてしまうようにも思えるので、これはこれで正解かもしれません。何せ、“異次元のエイリアンによる時間泥棒”という珍説に基づき、刑事たちが捜査に当たるという、ある意味お間抜けな物語ですから……。

 とはいえ、時間遅延の謎は比較的シンプルながらよくできています。特に、場所によって遅延の程度にばらつきがあったり、もう一つの怪現象が起こったりするあたりの説明は、非常に面白いと思います。また、捜査を命じられて途方に暮れる主人公のコペクスキー刑事が、様々な人物と出会いながら少しずつ真相に迫っていく展開は、ミステリとしてもまずまず楽しめるものでしょう。真相解明のプロセスや最終的な解決策がやや安直に感じられるきらいはありますが、コンパクトにまとまった魅力的な作品だと思います。

2005.05.27再読了  [ジェイムズ・P・ホーガン]


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