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永久の別れのために/E.クリスピン

The Long Divorce/E.Crispin

1951年発表 大山誠一郎訳(原書房)

 この作品では、事件の真相以外にもちょっとしたサプライズを狙ったと思われる箇所がいくつかあります。最も目立つのは、謎の男ダチェリー氏の正体(=ジャーヴァス・フェン)ですが、本来であれば155頁の“君は彼女の相続人なんだよ。彼女は君に金を残したんだ。おそらく四万か五万ポンドの金をね”というキャスビイ警部の台詞も驚きをもたらしたことでしょう。50頁のベアトリスの台詞(“今にわかるわ”)からも、作者がサプライズを狙っていたことがうかがえます。ところが、本書のカバーに付された内容紹介がそれを台無しにしています。

資産家の独身女性ベアトリスは、一通の心ない中傷の手紙を苦に自殺をはかった。
自殺の現場には手紙の燃えさしがあったがなぜか封筒だけが見つからない。
そしてその数日後には、件の手紙を調査していた男が死体で発見された。
容疑は自殺した資産家の遺産相続人の指名を受けた女性開業医に向けられた。
彼女は犯行時刻、現場近くに居合わせていたことが明らかになるのだが……。

(カバー見返しより;斜体及び下線は筆者による)
 上の下線で示した箇所に明記されているように、ヘレンがベアトリスを死に追いやる動機を持っていることが最初から明らかになってしまっています。これではせっかくの作者の企みが水の泡です。

 ただ、斜体で示した箇所は逆に、作者も意図していなかった驚きを生み出しているようにも思えます。殺人が起こるまでに、被害者となったルビが手紙の調査を行っている場面は直接描かれておらず、むしろダチェリー氏を指しているようにもみえます。そのため、私は謎の男ダチェリー氏が殺されてしまい、その身元を探ることになるのかと思ってしまいました。

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 さて事件の方ですが、ヘレンに疑惑を向けようという作者の努力はあまりにも見え見えなので、ヘレンが犯人でないということは予想できるのではないかと思います。しかし、実はここに巧妙なトリックが仕掛けられているのではないでしょうか。ヘレンにはベアトリスに中傷の手紙を送って自殺に追い込む動機があり、またルビを殺す機会や手段(凶器)もあると考えられます。ルビが手紙の調査に関する理由で殺されたということも明らかなように思えるので、一見ヘレンがすべての中傷の手紙の主であり、ベアトリスを死に追いやり、またルビを殺したという構図が成り立っているようにみえます。つまり、作者が強引にヘレンに疑惑を向けたのは、ヘレンをダミーの犯人としたかったのではなく、すべての事件を一連のもの、つまり単独犯によるものだと錯誤させたかったのではないでしょうか。

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 最後に、フェンはベアトリスに中傷の手紙を送った犯人としてシムズ医師を告発していますが、このあたりには若干穴があるように思えます。フェンは“その気になれば、封筒が見当たらないということを完全に隠すことだってできたのだ”(本文252頁)としてキャスビイ警部を簡単に容疑者から排除していますが、ベアトリスの死の原因となった中傷の手紙に関して中途半端な捜査が行われるはずはないので、これは容認できません。また、フェンはシムズ医師の動機を正確に見抜いていますが、これもいかがなものかと思います。読者にとってはヘレンにプロポーズを断られた時の不可解な反応(本文216頁)が裏付けとなっていますが、フェンはこの事実を知らないはずです。さらにいえば、シムズ医師がベアトリスの秘密をどうやって知ったかというあたりも、かなりこじつけめいているように思えます。

2002.10.27読了

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