[紹介と感想]
“目が覚めると、葉古小吉はゴキブリになっていた” ――熊ん蜂探偵事務所の所長・シロコパκ氏(クマバチ)と、人間からゴキブリへと変身してしまった助手のペリプラ葉古(ヤマトゴキブリ)、そして口の悪い雌{おんな}刑事・カンポノタス(クロオオアリ)の三匹{さんにん}が、昆虫界を舞台に起こる様々な事件に挑んでいく連作短編集です。
作品の題名は、それぞれ横溝正史『蝶々殺人事件』・笠井潔『哲学者の密室』・北村薫『夜の蝉』・二階堂黎人『吸血の家』・山口雅也『生ける屍の死』・京極夏彦『絡新婦の理』・法月綸太郎『一の悲劇』からとられています(未読の作品もあるので、それぞれどの程度下敷きにされているのかは定かではありません)。
なお、巻末の「後口上」を先に読んでしまわないようご注意下さい。
解決には昆虫に関する特殊な知識が必要であり、ミステリとしてはややアンフェアであるようにも感じられますが、必ずしもその知識がそのまま使われているわけではなく、またある程度伏線が張られていることもあって、個人的にはほとんど気になりません。完全に昆虫界だけを舞台にしていることも、そのあたりを補強しているように感じられます。つまり、探偵役を含む登場人物(?)たちがすべて昆虫となっていることで、人間の知識ではなく昆虫の知識(助手のペリプラ葉古は例外ですが)によって謎が解かれることは最初から明らかなのではないでしょうか。
作り上げられた謎はいずれも魅力的で、またシロコパκ氏とカンポノタスの推理合戦もよくできていると思います。擬人化された昆虫たちの世界に本格ミステリの手法を導入するという、大胆な手法による佳作です。
- 「蝶々殺蛾{さつじん}事件」
- 朝方、クヌギの樹液酒場で事件は起こった。樹液を吸っていたオオムラサキが突然勢いよく飛び出していき、ふらふら飛んでいたムクゲコノハと交錯したのだ。ムクゲコノハはそのまま地面に落ちていき、死んでしまったらしい……。
ムクゲコノハに何が起こったかはだいたい予想がつきますが、その原因はなかなか面白いと思います。
- 「哲学虫{てつがくしゃ}の密室」
- ダイコクコガネの親子をめぐる三重密室事件――地下に作られた育児室内で、母親は育児用糞球に卵を産みつけ、優しく見守っていた。だが、卵から孵化したはずの幼虫が、いつの間にか糞球の中から消え失せてしまったのだ……。
不可能状況での鮮やかな消失、そしてその解決もまた見事です。
- 「昼のセミ」
- 鳴かないジュウシチネンゼミの謎を解くために、アメリカへとやってきたシロコパκ氏とペリプラ葉古。17年周期で大発生し、うるさく鳴くはずのセミがまったく鳴かないというのだ。ほとんどのセミがすでに寿命を終えた中、最後の一匹を見つけた一行は……。
アメリカの昆虫が英語を話しているあたりは笑えますが、正直なところ、この作品はある理由で今ひとつ物足りなく感じられます。
- 「吸血の池」
- タガメ軍団やゲンゴロウ一家が暮らす久月池。最近そこへやってきたフチトリゲンゴロウ婦虫{ふじん}が、ある夜、体液を吸い尽くされた死体となって浮かんでいた。だが、水面のアメンボは、誰にも犯行は不可能だったと証言したのだ……。
“二次元の密室”という不可能状況がよくできていますが、ラストの鮮やかさも特筆ものです。本書の中ではベストの作品ではないでしょうか。
- 「生けるアカハネの死」
- 有毒のベニボタルに擬態することで身を守っているアカハネムシ。だが、最近その擬態が通用しなくなっているという。アカハネムシたちは次々とシジュウカラに襲われているというのだ。相談を持ちかけられたペリプラ葉古は……。
擬態に関する知識が満載ですが、擬態が通用しないという謎も魅力的です。そして、ラストが何ともいえません。
- 「ジョロウグモの拘{こだわり}」 (文庫版のみ収録)
- 依頼虫である雌のジョロウグモは、このところ毎日、何者かに巣を壊され続けているという。しかも、巣の振動にはことのほか敏感なジョロウグモに、まったく犯行を気づかせないまま。巣に同居する雄のジョロウグモたちからも話を聞いたシロコパκ氏は……。
“姿なき犯人(犯虫?)”の謎もさることながら、解決へと至るロジックがよくできています。
- 「ハチの悲劇」
- クロオオアリの巣を突然襲った悲劇。ふらりと侵入してきたトゲアリの雌が、フェロモンを駆使して巣の乗っ取りを企んだのだ。カンポノタスに助けを求められたシロコパκ氏は、様々な昆虫の協力を受けてクロオオアリを救おうとするが……。
ミステリ的な興味はほとんどありませんが、その分シロコパκ氏やカンポノタスらの死闘が強く印象に残る冒険小説的な作品です。それにしても、ラストに明かされる秘密にはすっかりやられました。
2002.10.20読了
2005.05.27文庫版読了 [鳥飼否宇] |