ミステリ&SF感想vol.46

2002.10.29
『20億の針』 『昆虫探偵』 『甘い毒』 『ウロボロスの波動』 『永久の別れのために』


20億の針 Needle  ハル・クレメント
 1950年発表 (井上 勇訳 創元推理文庫SF615-2)

[紹介]
 南太平洋に墜落した二隻の小さな宇宙船。一方には犯罪者“ホシ”が、そしてもう一方にはそれを追ってきた刑事“捕り手”が乗り込んでいた。どちらも知性を持ったゼリー状の生物だったが、宿主に寄生しなければ生きていけない。“捕り手”は近くの島に上陸し、現地のバブ少年に寄生したが、“ホシ”の方はどんな生物に寄生したのかまったくわからない。“捕り手”はバブ少年と意志の疎通を図り、その協力を得て“ホシ”の行方を探し求める。だが、その捜査は前途多難だった……。

[感想]
 地球人に寄生した異星人が同じく異星からやってきた犯罪者を探し出すという、大原まり子『エイリアン刑事』や映画「ヒドゥン」(おそらく)の元ネタにもなったSFミステリの古典です。パイオニアとしての意義が大きいのはもちろんですが、作品自体も非常によくできています。

 まず、“捕り手”が寄生する相手が大人ではなく少年であることがポイントで、異星人に寄生されているという事実を柔軟に受け止めることができ、その後の協力がスムーズなものになっています。同時に、異星人が少年と協力して捜査を進めていく過程は、さながら“少年探偵団”のような、少年冒険もののわくわくさせられる雰囲気を備えています。

 SF的には、異星人の特殊な生態や、少年と意志の疎通を図ろうとする場面などが特によくできていると思いますが、ミステリ部分の方も、容疑者が一人ずつ排除されていく過程や、真相解明につながるさりげない伏線など、なかなかしっかりしています。そして、ようやく“ホシ”の宿主を発見したものの、“どうやって“ホシ”を宿主から引き離すか?”という困難な問題に直面する終盤は、スリリングで印象深いものです。

2002.10.16再読了  [ハル・クレメント]
【関連】 『一千億の針』



昆虫探偵 シロコパκ氏の華麗なる推理  鳥飼否宇
 2002年発表 (世界文化社/光文社文庫 と16-1)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 “目が覚めると、葉古小吉はゴキブリになっていた”――熊ん蜂探偵事務所の所長・シロコパκ氏(クマバチ)と、人間からゴキブリへと変身してしまった助手のペリプラ葉古(ヤマトゴキブリ)、そして口の悪い雌{おんな}刑事・カンポノタス(クロオオアリ)の三匹{さんにん}が、昆虫界を舞台に起こる様々な事件に挑んでいく連作短編集です。
 作品の題名は、それぞれ横溝正史『蝶々殺人事件』・笠井潔『哲学者の密室』・北村薫『夜の蝉』・二階堂黎人『吸血の家』・山口雅也『生ける屍の死』・京極夏彦『絡新婦の理』・法月綸太郎『一の悲劇』からとられています(未読の作品もあるので、それぞれどの程度下敷きにされているのかは定かではありません)
 なお、巻末の「後口上」を先に読んでしまわないようご注意下さい。

 解決には昆虫に関する特殊な知識が必要であり、ミステリとしてはややアンフェアであるようにも感じられますが、必ずしもその知識がそのまま使われているわけではなく、またある程度伏線が張られていることもあって、個人的にはほとんど気になりません。完全に昆虫界だけを舞台にしていることも、そのあたりを補強しているように感じられます。つまり、探偵役を含む登場人物(?)たちがすべて昆虫となっていることで、人間の知識ではなく昆虫の知識(助手のペリプラ葉古は例外ですが)によって謎が解かれることは最初から明らかなのではないでしょうか。
 作り上げられた謎はいずれも魅力的で、またシロコパκ氏とカンポノタスの推理合戦もよくできていると思います。擬人化された昆虫たちの世界に本格ミステリの手法を導入するという、大胆な手法による佳作です。

「蝶々殺蛾{さつじん}事件」
 朝方、クヌギの樹液酒場で事件は起こった。樹液を吸っていたオオムラサキが突然勢いよく飛び出していき、ふらふら飛んでいたムクゲコノハと交錯したのだ。ムクゲコノハはそのまま地面に落ちていき、死んでしまったらしい……。
 ムクゲコノハに何が起こったかはだいたい予想がつきますが、その原因はなかなか面白いと思います。

「哲学虫{てつがくしゃ}の密室」
 ダイコクコガネの親子をめぐる三重密室事件――地下に作られた育児室内で、母親は育児用糞球に卵を産みつけ、優しく見守っていた。だが、卵から孵化したはずの幼虫が、いつの間にか糞球の中から消え失せてしまったのだ……。
 不可能状況での鮮やかな消失、そしてその解決もまた見事です。

「昼のセミ」
 鳴かないジュウシチネンゼミの謎を解くために、アメリカへとやってきたシロコパκ氏とペリプラ葉古。17年周期で大発生し、うるさく鳴くはずのセミがまったく鳴かないというのだ。ほとんどのセミがすでに寿命を終えた中、最後の一匹を見つけた一行は……。
 アメリカの昆虫が英語を話しているあたりは笑えますが、正直なところ、この作品はある理由で今ひとつ物足りなく感じられます。

「吸血の池」
 タガメ軍団やゲンゴロウ一家が暮らす久月池。最近そこへやってきたフチトリゲンゴロウ婦虫{ふじん}が、ある夜、体液を吸い尽くされた死体となって浮かんでいた。だが、水面のアメンボは、誰にも犯行は不可能だったと証言したのだ……。
 “二次元の密室”という不可能状況がよくできていますが、ラストの鮮やかさも特筆ものです。本書の中ではベストの作品ではないでしょうか。

「生けるアカハネの死」
 有毒のベニボタルに擬態することで身を守っているアカハネムシ。だが、最近その擬態が通用しなくなっているという。アカハネムシたちは次々とシジュウカラに襲われているというのだ。相談を持ちかけられたペリプラ葉古は……。
 擬態に関する知識が満載ですが、擬態が通用しないという謎も魅力的です。そして、ラストが何ともいえません。

「ジョロウグモの拘{こだわり}」 (文庫版のみ収録)
 依頼虫である雌のジョロウグモは、このところ毎日、何者かにを壊され続けているという。しかも、巣の振動にはことのほか敏感なジョロウグモに、まったく犯行を気づかせないまま。巣に同居する雄のジョロウグモたちからも話を聞いたシロコパκ氏は……。
 “姿なき犯人(犯虫?)”の謎もさることながら、解決へと至るロジックがよくできています。

「ハチの悲劇」
 クロオオアリの巣を突然襲った悲劇。ふらりと侵入してきたトゲアリの雌が、フェロモンを駆使して巣の乗っ取りを企んだのだ。カンポノタスに助けを求められたシロコパκ氏は、様々な昆虫の協力を受けてクロオオアリを救おうとするが……。
 ミステリ的な興味はほとんどありませんが、その分シロコパκ氏やカンポノタスらの死闘が強く印象に残る冒険小説的な作品です。それにしても、ラストに明かされる秘密にはすっかりやられました。

2002.10.20読了
2005.05.27文庫版読了  [鳥飼否宇]



甘い毒 Sweet Poison  ルーパート・ペニー
 1940年発表 (好野理恵訳 国書刊行会 世界探偵小説全集19)ネタバレ感想

[紹介]
 全寮制のアンスティ・コート校で、チョコレートの紛失事件が発生した。それだけならまだしも、校長が所持していた青酸カリまでもが消えてしまったのだ。折しも校内では、嫌われ者である校長の甥を狙ったと思われる事件が頻発しており、事態を重く見た校長はスコットランド・ヤードに調査を依頼した。副総監の指示でビール主任警部が学校を訪れてみると、消えたチョコレートが次々と出現し、さらに青酸カリも使われることなく発見され、ひとまず事なきを得たのだが、その1ヶ月後、ついに毒入りチョコレート事件が……。

[感想]
 全寮制の学校を舞台とした“毒入りチョコレート事件”ということで決して派手ではありませんが、“読者への挑戦”を導入してフェアプレーを目指した意欲的な作品です。前半はやや冗長にも感じられますが、これによって関係者の人となりがうまく印象づけられています。特に校長の姉・シャーロットなどはかなり強烈なキャラクターで、ます。一部を除いて生徒たちにはさほど焦点が当てられていないものの、時折みられるビール主任警部との会話は印象的ですし、終盤に行われる生徒たちへのアンケートによる捜査などはユニークで、学校を舞台にしたことが成功しているといっていいでしょう。

 しかしながら、肝心のミステリ部分は物足りなく感じられます。事件自体はなかなか面白いと思うのですが、隠蔽がうまくないせいか、真相がかなり見通しやすいものになってしまっているのです。ミステリとしては大きな弱点を抱えているといわざるを得ないでしょう。

2002.10.22読了  [ルーパート・ペニー]



ウロボロスの波動  林 譲治
 2002年発表 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

[紹介と感想]
 X線観測衛星により発見されたブラックホール〈カーリー〉。その軌道を改変し、周囲に人工降着円盤を建設して、太陽系全域に膨大なエネルギーを供給するシステムを作り上げる巨大プロジェクトが始動した。だが、プロジェクトを推進する組織〈AADD〉と地球圏との間には社会構造と価値観の大きな相違が横たわり、両者は対立を深めていく……。

 エネルギー源としてブラックホールの周囲に人工降着円盤(降着円盤についてはこちらこちらをご覧下さい)を建設するという壮大なプロジェクトが少しずつ進展していく様子、そしてそれに伴う人類の社会構造や意識の変化を描いた、ハードSF連作短編集です。
 特徴としては、AADDという特殊な組織に関するしっかりした描写、そして100年近くかけて進行する巨大プロジェクトのリアリティなどが挙げられるでしょうか。特に前者については、例えば石原藤夫『宇宙船オロモルフ号の冒険』にみられるような地球的(あるいは日本的、でしょうか)価値観ではなく、宇宙への進出に伴って生じた新たな価値観に基づく組織として、特に地球圏と対比しながら鮮やかに描き出されています(「ヒドラ氷穴」「エインガナの翼」などは典型的です)。また、一部の作品ですが、メインとなるSFアイデアがミステリ的な手法によって展開されているところなどは、国産ハードSFの先達である堀晃にも通じるように思えます。
 今後、続編も予定されているようで、SFファンとしては見逃せないシリーズといえるのではないでしょうか。

「ウロボロスの波動」 (2123年)
 人工降着円盤開発計画の第一歩となる〈チャンドラ・セカール・ステーション〉を建設するため、〈カーリー〉の周囲に設けられた半径2025kmの環状構造物〈ウロボロス〉。そこで予想外の事故が発生し、一人の科学者が命を落としてしまった。事故の原因は、彼自身が〈ウロボロス〉を司る人工知能〈シヴァ〉に施した改変にあるらしい。やがて〈シヴァ〉は人間に理解できない行動を取り始めた……。
 人工知能と人間との(対立ではない)“すれ違い”はJ.P.ホーガン『未来の二つの顔』などでも描かれていますが、その背後に隠された真相が面白いと思います。

「小惑星ラプシヌプルクルの謎」 (2144年)
 人工降着円盤からのエネルギー転送実験のため、小惑星ラプシヌプルクルの表面にマイクロ波受信アンテナが構築された。だが、実験開始からほどなく、ラプシヌプルクルが突如不可解な回転を始めたのだ。予期せぬ回転によって生じた遠心力で、アンテナモジュールは破壊されてしまった。しかも、ラプシヌプルクルからは正体不明の電波が発信されていた……。
 魅力的な謎に対して、解決が弱いように感じられます。納得できる真相ではあるのですが、やや拍子抜けの感は否めません。

「ヒドラ氷穴」 (2145年)
 火星とその衛星ダイモスを結ぶ軌道エレベーター〈通天閣〉の厳重な警戒を突破し、地球からのテロリスト・ラミアが火星に降り立った。その目的はAADD総裁の暗殺だと思われたのだが、ラミアはなぜか標的の到着するダイモス宇宙港から遠ざかり、〈ヒドラ氷穴〉へと向かって行く。その真の狙いがわからないまま、神田紫蘭率いるAADDの警備チーム〈ガーディアン〉はラミアを追跡するが……。
 ミステリ仕立てのスリリングな作品です。標的と思われる人物からなぜか遠ざかっていくテロリストの謎はお見事。また、ラミアと神田紫蘭それぞれの視点から交互に描かれることで、地球圏とAADDの対立構造や価値観の相違が明確になっていくところもよくできています。

「エウロパの龍」 (2149年)
 ようやく完成しつつある人工降着円盤からのエネルギー転送システム。その実験の一環として、木星の衛星エウロパを覆う氷に直径100mの孔が穿たれた。氷の下の海中で、生命の存在を探し求めるという計画なのだ。だが、送り込まれた潜水艇〈ソードフィッシュ〉は、“龍”のような巨大生物に襲われ、消息を絶ってしまった。直ちにもう一隻の潜水艇〈コバンザメ〉が探索に向かったが……。
 “龍”の謎がメインとなるのはもちろんですが、まず生命探査のそもそもの動機が新鮮に感じられます。“龍”の正体はあるハードSF((作家名)C.シェフィールド(ここまで)(以下伏せ字)『マッカンドルー航宙記』(ここまで))を思い起こさせます。

「エインガナの声」 (2163年)
 冥王星の軌道よりも外側、太陽から90天文単位離れた場所で、宇宙船〈シャンタク二世号〉は矮小銀河〈エインガナ〉の観測を行っていた。だが、地球圏との戦争の危機を告げるメッセージが送られてきたのを最後に、太陽系からの通信が突然途絶えてしまったのだ。船内では、AADDのメンバーと地球圏から派遣された科学者たちとの間の緊張が次第に高まっていき、そして……。
 AADDと地球圏との対立が深まった時、極限状況の宇宙船内で何が起きるのか。異なる価値観の間であっても、科学という共通基盤の上では相互理解ができるのか。AADD側の視点からのみ描かれているため、深刻さがやや伝わりにくくなっているのは否めませんが、重い命題を含んでいる作品だと思います。

「キャリバンの翼」 (2146-2171年)
 2146年、〈カーリー〉のエルゴ圏に500兆個のナノマシンを打ち込み、エルゴ圏内部のデータを収集するという実験が行われた。得られたデータは意外なものだったが、プロジェクトに支障を来すという理由で再実験は見送られ、実験を計画した17歳のアグネスは〈ガーディアン〉の紫怨に不満をぶつけ、密かに暴走しようとする。だが、それを止めたのもまた紫怨だった。そして25年後、有人恒星間探査が実現に近づいてきたその時……。
 本書の最後のエピソードは単発の事件ではなく、25年の長きにわたってAADDの科学者アグネスを追い続ける作品です。作中の時の流れがこのシリーズの未来史としての側面を強調しています。そしてもう一つ、価値観の伝達と発展というテーマも見逃せないのではないでしょうか。

2002.10.24読了  [林 譲治]
【関連】 『ストリンガーの沈黙』



永久の別れのために The Long Divorce  エドマンド・クリスピン
 1951年発表 (大山誠一郎訳 原書房)ネタバレ感想

[紹介]
 英国郊外のコットン・アバス村では、住民たちに次々と中傷の手紙が送りつけられるという事件が発生していた。そんな中、手紙を送りつけられた資産家の独身女性が自殺してしまう。手紙は暖炉で焼却されていたが、現場からはなぜか封筒が見つからない。さらにその衝撃もさめやらぬ中、今度は手紙の謎を探っていた男が何者かに殺されてしまった。そして、殺人現場の近くに居合わせた女医に疑惑が向けられる。彼女は、疑いを晴らすことができるのか……?

[感想]
 この作品では、小さな村を舞台に様々な人間模様が繰り広げられています。外国人教師と少女の恋、村人に対する反感を隠そうとしない少女の父親、狭い村で競合する医師、怪しげな(?)宗教団体、宿屋の主人の不倫……ここでさらに中傷の手紙が登場することで、村人たちは疑心暗鬼に陥り、資産家の女性の自殺に至って状況は一層混迷を深めますが、一方でやや唐突にロマンスも登場するなど、存分に悲喜劇が盛り込まれています。

 これらの人間ドラマはなかなか面白いのですが、肝心の事件の方が今ひとつ地味なものに感じられ、また解決に穴があるようにも思えるところがやや難点です。作者が仕掛けたトリックはなかなか巧妙だと思いますが、全体的に若干の物足りなさが感じられる作品です。

2002.10.27読了  [エドマンド・クリスピン]


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