ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.216 > 
  4. ミンコット荘に死す

ミンコット荘に死す/L.ブルース

Dead for a Ducat/L.Bruce

1956年発表 小林 晋訳 扶桑社文庫 フ42-1(扶桑社)

 ダリル殺しの真相を解明する上で最大の障害となっているのは、動機の不在による容疑者の不在ですが、それをひとまずおいておくとすれば、機会の面から最も怪しいのは――流し場の窓を開けて偽装してあるものの――同居しているレディ・ピップフォードその人、ということになるのではないかと思います。しかし中盤あたりで、主要登場人物たちが密かに事件当夜現場付近にいたことが次々と明らかにされていくのが巧妙なところで、まんまと疑惑を分散させることに成功している感があります。

 また、家政婦のメイ・スウィロウが毒殺された第二の事件も、本来の標的ではない人物が被害者となったために依然として動機が不明である上に、毒入りチョコレートの入手経路が――“チョコレートはチョコレートの中に隠せ”といわんばかりに――うまく隠してあることで、より真相を見えにくくしているところがよくできています。

 しかして、クライマックスでレディ・ピップフォードが毒殺されてしまうことで、隠されていたダリル殺しの動機がようやく顕在化するのが秀逸。実際には、すでに毒入りチョコレートにダリルの殺意は表れていたわけですが、それが見えない読者からすると因果関係が“逆転”*したかのような、奇妙な感覚にとらわれてしまうところも絶妙ですし、作中でキャロラス・ディーンが指摘しているように“素晴らしい対称性(375頁)が鮮やかな印象を与えます。

 このような、“相互殺人”ともいうべき状況を――犯人が受ける報いとして――物語の結末に持ってきた作品はいくつもあると思いますが、本書では“相互殺人”そのものをメインに据えた上に、一方の犯人(レディ・ピップフォード)の動機がそれ自体――相手(ダリル)の殺意に端を発しているのがうまいところで、少なくとももう一つの事件が起きるまでは完全にダリル殺しの動機が隠蔽されるのも当然といえるでしょう。

 レディ・ピップフォードが毒殺される前に真相を見抜いていたキャロラスが、どのように事件を決着させるつもりだったのか、少々気になるところではありますが……。

*: このあたりが、(一応伏せ字)レオ・ブルースの“手癖”――とまではいかないにしても一つの傾向(ここまで)ではあるように思います。

2014.11.19読了