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エッシャー宇宙の殺人/荒巻義雄

1983年発表 中公文庫 あ29-1(中央公論社)

「物見の塔の殺人」
 事件は比較的単純なものですが、梯子が取り外されていた理由がなかなか面白いと思います。もちろんこれは、“侯爵が彼女を殺そうとして誤って一階の床に墜ちたように見せかける工作”(59頁)にはそぐわないのですが、むしろこの発言自体が作者のミスと考えるべきで、その後の“囚人が塔から立ち去る男の影をみたと証言してくれたら、犯人がその男ということになる”(60頁)という方が筋が通っているといえます。
 そして、エッシャーの「Belvedere」*1にもさりげなく描かれている(左下部分を参照)、牢の中の囚人を(意外にも)“主役”として引っ張り出した解決が心憎いところ。囚人が牢屋から出ることができたというのは反則気味ではありますが、“あの侯爵家には、おれの祖母ちゃんが、昔から雇われているんだぜ”(18頁)及び“塔の下で牢の中に入ってたおれの親父”(54頁)というキース少年の言葉が、囚人と女中頭との関係を暗示する伏線となっています。

「無窮の滝の殺人」
 まず密室トリックについては“いかにして閂を下ろすか”が眼目で、作中でも挙げられている氷の楔などのバリエーションですが、ペットの蜥蜴を使ったというバカミス的な真相*2が、いかにもカストロバルバらしいところです。
 その蜥蜴に“ノックス”という名前がつけられていたことが、餓死の真相を解き明かすヒントになるという展開には苦笑を禁じ得ませんが、「密室の行者」さながらのトリックがダミーにすぎず、新たな不可能状況が飛び出してくるのに脱帽。そして、水が無限に循環するがゆえに水路が閉じている(外部に通じていない)この“無窮の滝”でのみ実行可能なトリックが、非常に秀逸です。

「版画画廊の殺人」
 少年の“ラスコーリニコフ”という名前もさることながら、エッシャーの「Print Gallery」を見て版画画廊の構造を把握すれば、事件の真相は一目瞭然でしょう。とはいえ、このカストロバルバではそれが単なる版画にとどまらず実在の建築物とされているために、かえって(?)扱いが難しくなっている――直観的に腑に落ちるだけでは不十分――のが面白いところで、“窓の性質と機能をもった版画”(203頁)というわかったようなわからないような理屈(苦笑)が何ともいえません。

「球形住宅の殺人」
 水銀、硫黄、そして塩と、錬金術の三原質が凶器として使われているのが面白いと思います。最後の塩以外は凶器の意味が作中で説明されていないのが残念ですが、錬金術というだけで何となく納得したような気にさせられてしまうのが巧妙なところでしょうか(苦笑)
 カストロバルバの街が、万治陀羅男をはじめとした人々の夢によって作られているという設定が、最後のエピソードにきてクローズアップされているのが印象的。セヴリーヌが夢から覚めたことで娼家が崩壊したという事件の決着をヒントとすれば、最後にカストロバルバを襲った大きな夢震は万治陀羅男の覚醒を表し、カストロバルバはついに崩壊してしまったということでしょうか。

*1: ネタバレなしの感想と同様に、作品の画像は「The Official M.C. Escher Website」内へのリンクです。。
*2: ところで、この種のトリック――“楔”を動物に食べさせて消し去るというトリックの初出が思い出せないのですが……。心当たりのある方はぜひご教示下さいませ。

2000.03.09再読了
2011.03.02再読了 (2011.03.06改稿)

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