ネタバレ感想 : 未読の方はお戻りください
  1. 黄金の羊毛亭  > 
  2. 掲載順リスト作家別索引 > 
  3. ミステリ&SF感想vol.142 > 
  4. 善意の殺人

善意の殺人/R.ハル

Excellent Intentions/R.Hull

1938年発表 森 英俊訳(原書房)

 被害者のかぎ煙草に青酸カリを仕込んだ容疑者とされているのは、秘書のノックス・フォースター嬢、執事のレイクス、庭師の〈館のハーディー〉、司祭のヨックルトン、そして切手商のマクファーソンの五名。その中で、ノックス・フォースター嬢とレイクス以外の人物が除外されていき、最終的にはノックス・フォースター嬢に絞り込まれています。このあたりは何というか、あまりにも順当にすぎて、フーダニットとしての面白味を欠いているのが残念です。

 もちろん、最終的な決め手となっているバラと鉢の手がかりはよくできていると思いますし、犯行を“毒の入手/すりつぶし/かぎ煙草への混入”という三つの工程に分けるというハウダニットの部分は面白いと思います。が、真相の意外性という点ではやはり物足りないといわざるを得ません。

 しかしその意外性は、「第七部 結審」において、まったく思わぬ形でもたらされます。エリス陪審長の奮闘もむなしく、“彼がくつがえすことのできなかった陪審員仲間たちのもともとの意見”(263頁)という形で終わったはずの評決が、まさかあのような形でひっくり返されるとは……。法廷ものでありながら意外なほどに回想を多用した叙述も、“真の黒幕”であるスミス判事の存在を読者の意識から遠ざけるために採用されたのでしょうし、冒頭の“訴追側弁護士に偏見を抱くことにすれば、いくらか面白いことになるかもしれない”(11頁)という独白は、結末が明らかになってみるとかなり暗示的です。

 ちなみに、原題の『Excellent Intentions』は単に“善意”という意味である上に、“Intentions”と複数形になっているところをみると、カーゲートを狙った“善意の殺人”だけでなく、他にも“善意”が存在することが示唆されているといえるでしょう。

2007.03.08読了