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桜と富士と星の迷宮/倉阪鬼一郎

2016年発表 講談社ノベルス(講談社)
[レベル6]
 まずは物語の舞台が明かされますが、それを暗示する〈伏線〉は非常に目につきやすく、物語の最初の頁から一目瞭然といっても過言ではありません。
(9頁)
 上に示した頁左下の片仮名の“塊”はいかにも不自然で目を引きますし、次頁以降にも同じ“塊”があるのでこれが〈伏線〉であることは確実。これだけでは今ひとつ何のことだかわからなくても、所定の位置に並ぶ“土”と“星”の文字も比較的わかりやすくなっています*1し、さらに「間奏A」どうせいっちゅうねん!”“大根と厚揚げの炊いたん(いずれも18頁)という愉快なヒントで真相に気づく方も多いのではないでしょうか。
 ちなみに「間奏F」では、地球とタイタンの二つの球体が存在してた”(111頁)という真相について、語り手には見えない一番外側から出てるヒント”(111頁)の存在が匂わされていますが、これはもちろん著者近影のことでしょう(苦笑)
 第一の旅人の死については、“無傷”で死んだことそのもの――これは毒殺などもあり得る――よりもむしろ、“無傷なのに会のメンバーがその死を確信したのはなぜか”が大きな謎であるわけですが、物語の舞台がタイタンであることがわかれば、“この星の室内で普通に見かける人間の姿”(16頁)が致命的であることは明らかです。

[レベル7]
 “天狗”*2が楽々と壁を乗り越えた謎をはじめ、30年ぶりに帰還しながら歳を取っていない旅人の謎、第四の旅人が見せられていた“部分”の謎、そして最後の旅人が見た“浄土”の謎といった一連の謎は、いずれも舞台がタイタンであることを考えれば見当がつくでしょう。重力や公転周期の具体的な数値がわからなくても、“地球ではない”ことを念頭に置けば予想はできるはずです。
 また、“プロバビリティの犯罪”(61頁)を念頭に置けば、赤い縄の存在そのものが第四の旅人の死を引き起こしたという、怪しげな“犯行”も見え見えでしょう。

[レベル8]・[レベル9]
 ここではまず、名前のわからなかった廃人が“クラサカ=作者”であることが明かされており、作者が物語の中に登場することによってテキストレベルの混乱が生じ、世界がテキスト化された、ととらえればいいのでしょうか。
 いずれにしても、恒例のテキストに埋め込まれた“地雷”=〈伏線〉の存在が(「間奏」を除いて)明らかにされますが、土星やタイタンの“動き”まで表現されているのがお見事。
 しかも、その“動き”が単なる対象の再現にとどまらず、(無茶苦茶なメカニズムではあるものの)それを一種の“凶器”として“読者が被害者”ネタに仕立ててあるのが面白いところで、作者らしい“デモーニッシュなホラー”になっていると思います。

[レベル10]
 “そして誰もいなくなった”ところで、人類がタイタンへ移住するに至った経緯が語られ始め、物語がSFに転じるのが興味深いところ。現実的なことをいえば、局所的な原発事故によって地球規模の――人類が地球を離れなければならないほどの汚染が生じるとは考えにくい*3など、色々とツッコミどころはあるように思いますが、まあそこはそれ。日本人が迫害された末に、失われた故郷の美を懐かしむというストーリーは、やはり印象深いものがあります。
 さて、“窓と称されているモニター”(48頁)と“窓”の真相が明かされることで、“本当は絵でないものが地の文で絵と記されていても、窓が窓ではなかったという事実が伏線となって反則がアクロバティックに許容される(164頁)という理屈は、何となくうまく丸め込まれているような気がしないでもないですが(苦笑)「レベル1」で詳しく描写されている“絵”が、モニターに映し出されていた地球の風景だったという真相は、なかなかよくできていると思います。
 「間奏」パートの舞台が地球であることは、前述の“二つの球体”はもちろんのこと、「間奏」パートに“地球”の文字が埋め込まれていることで明らかですが、正体不明の語り手が大きな謎として最後まで残るところが巧妙です。

[エピローグ]
 地球に残ってしんがりをつとめていた語り手――スーパーコンピュータが“自殺”する結末は、十分に衝撃的といっていいように思いますし、〈日本桜富士館〉でのカタストロフィの原因となった“動き”を利用するというのがよくできています。そして、最後のメッセージとして残される“地球は青かった”が鮮やか。メッセージそのものには途中で気づいたものの、それがどのように使われるのかさっぱり見当がつかなかったのですが、深い余韻を残す見事な結末といえるでしょう。

*1: ちなみに、うちの妻に最初の頁を見せてみたところ、先に“土星”の方に気づきました。
*2: “天狗”が何者なのかまったく明かされないところには、さすがに苦笑を禁じ得ませんが。
*3: 日本全土の原子力発電所が同時多発的に破壊されるような、超大規模の災害だとすれば、日本にいる人間はほぼ全滅しそうですし、“モノリス型のスーパーコンピュータ”も無傷ではすまないでしょう。

2016.01.09読了