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グラン・ギニョール城/芦辺 拓 |
2001年発表 ミステリー・リーグ(原書房) |
虚実の交錯という現象の真相は、非常によくできています。芝居が“虚構”を“現実”に近づけるという一面も備えていることは間違いないでしょうし、作中作『グラン・ギニョール城』を実演しなければならない理由にも、それなりの説得力があると思います。森江春策とカートライト警部の到着のタイミングが重なっているのは都合がよすぎるように思われるかもしれませんが、これはすでに進行していた芝居が一時中断され(“カートライト警部”が到着しないことには芝居が進められないのですから)、森江春策が鳴らした(と思われる)鐘の音を合図に再開されたと考えれば、まったく問題はないでしょう。 そしてまた、虚実の双方において“日下邦彦”が犯人だという趣向も面白いと思いますし、キーワードとなっているその名前を書かせるという企みも巧妙です。 * * *
ただし、このような虚実の絡みが追求されることで、作品全体に無理が生じているのも無視できないところです。 例えば、作中作におけるキーワードは、作者である“巨匠”の稚気によるものということになってはいますが、少なくとも「ミステリー・リーグ」の読者にとっては何の意味もありません。森江春策の推理通りに作中作の犯人が“クサカ・クニヒコ”であったとしても、英語圏の読者にとっては、それが漢字で“日下邦彦”と表記され、“天が下、国中の賢者”を意味するとはわからないのですから。 また、作中作と“現実”の双方で“チャン・スー・リン”が“マローワン”とすり替わっていたという森江春策の推理も、強引に虚実を重ね合わせようとしているにすぎず、根拠らしきものは見当たりません。 * * *
作中作『グラン・ギニョール城』と森江春策によるその解決には、いくつかの問題があると思います。
まず、最も目につくのはやはり、ホッホマイヤー博士殺しです(この項は多いので、以下箇条書き)。
次に最後の事件。状況を考えると、いわゆる“早業殺人”の可能性が高いと思われますし、チャン・スー・リンとマローワンの強制的な共犯関係まではよしとしましょう。しかし、上にも書いたように、チャン・スー・リンとマローワンが入れ替わったという根拠はまったく見当たりません。マローワンの方がチャン・スー・リンを殺したという可能性も十分に成り立つのです。 ホッホマイヤー博士殺しのトリックが森江春策の推理した通りだとすると、犯人ではあり得ないのはリリアン、ハリントン、ブレイス大佐、そしてナイジェルソープの4人だけ(170頁〜172頁あたりを参照)。マローワンがホッホマイヤー博士を殺したという可能性は否定できませんから、作中作『グラン・ギニョール城』は犯人当て小説として不完全といわざるを得ません。
このようにあまり出来のよくない作中作を、 * * *
“現実”の事件の方では、(“チャン・スー・リン”に扮していた)勝川がいつ殺されたのかが気になります。
森江春策は
実際にはこの部分は“現実”ではなく、作中作『グラン・ギニョール城』の抜粋です。それは、森江春策の つまり、“現実”の方は伏せておいて作中作の対応する場面を挿入することで、“ナイジェルソープ”こと日下邦彦に犯行の機会がなかったと見せかける叙述トリックだと思うのですが……これがどうもわかりにくくなっています。もちろん、叙述トリックをそのまま森江春策に解明させるわけにはいきませんが、例えば“原作と違って自分は“チャン・スー・リン”の死体に近づかなかった”といった台詞を入れることで、“現実”には犯行の機会があったことをはっきりさせることもできたのではないでしょうか。 * * *
最後に、目次に「グラン・ギニョール好みの巨匠{マエストロ}によるエピローグ」とはっきり書かれてしまっているのが興ざめです。これでは、一部の読者、特にこのオチを喜びそうな読者にとっては見え見えでしょう。 2004.09.30読了 |
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