ミステリ&SF感想vol.92

2004.10.08
『複製症候群』 『ふわふわの泉』 『銀のカード』 『グラン・ギニョール城』



複製症候群  西澤保彦
 1997年発表 (講談社ノベルス)ネタバレ感想

[紹介]
 担任教師・古茂田扶美の見舞いに行こうとしていた高校生・下石貴樹と包国サトルは、同学年の生徒たち――校内の有名人・飯田篤志、サトルが憧れる草光陽子、そして何かと篤志にまとわりつく梅暮里志保――と出くわした。と、そこへ突然、空から虹色の壁が降ってきたのだ。直径数百メートル、高さ数千メートルにも及ぶ円筒形のその物体〈ストロー〉は、それに触れた生物の姿形や記憶までも完璧に複製した“コピー”を作り出してしまう。かくして〈ストロー〉の内部に閉じ込められてしまった一行は、やがて殺人事件に遭遇し……。

[感想]

 作者お得意のSFミステリですが、パズラー志向が強い作者にしては珍しく、どちらかといえば極限状況の中のサスペンスが中心となったパニックSF的な作品です。と同時に、後の『黄金色の祈り』などにも通じる苦みに満ちた青春小説でもあります。

 発端となるSF設定〈ストロー〉は、「あとがき」でも挙げられている小松左京『首都消失』(あるいは短編「物体O」)を連想させるものですが、壁を通過すること自体に何ら障害はありません。しかし、“オリジナル”が外部に脱出したとしても、記憶までもが複製された“コピー”が〈ストロー〉の内側に生み出されるため、結局は閉じ込められたのと同じことになってしまう(脱出できない“自分”が常に存在する)というのが面白いところです。

 登場する高校生たちは、それぞれに若さゆえの(というべきでしょう)コンプレックスなり執着心なりを抱えて苦悩しており、〈ストロー〉に閉じ込められた極限状況の中でそれがエスカレートしていく様子がしっかりと描かれています。そしてさらに、“コピー”の誕生によるアイデンティティの危機が加わることで、感情の暴走は一層加速していきます。このあたりの、SF設定の産物ともいえる特異な心理状況が、本書のみどころの一つといえるでしょう。

 残念ながら、ミステリとしては少々物足りなさが残ります。〈ストロー〉という特殊なクローズドサークルの中の殺人は、まずまずの出来ではあるものの意外にあっさりとしていますし、あるいはこちらがメインかとも思われる冒頭の状況も、その後の扱いにやや難があるように感じられます。真相が明らかになった後の結末は、非常に印象深いのですが……。

2004.09.15再読了  [西澤保彦]



暗黒大陸の悪霊 Evil Eye  マイケル・スレイド

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ふわふわの泉  野尻抱介
 2001年発表 (ファミ通文庫169)

[紹介]
 化学部の部長をつとめる女子高生・朝倉泉は、文化祭の前日、部員の保科昶とともに展示用のフラーレンを合成しようとしていたが、突然の落雷で機材が全滅してしまう。途方に暮れる泉だったが、その時、実験室の天井付近に漂う白い煙のような粒子の集まりに気がついた。それが、“ふわふわ”の誕生だった。空気より軽く、ダイヤモンドよりも硬く、そして驚くほどの低コストで生産できるこの“ふわふわ”は、夢の新素材として各方面の注目を集め、一儲けしようと企んだ泉の思惑を越えて様々な分野に応用されていく……。

[感想]

 ファミ通文庫というライトノベルのレーベルながら、新素材の開発という地味な(?)題材を扱ったハードSF。といっても決して難しい{ハードな}わけではなく、非常に読みやすく面白い佳作です。

 まずはやはり、中心となる“ふわふわ”のユニークさが目をひきます。超軽量・強靱・低コストというその特性はもちろん画期的なものですし、それがまったくの架空の物質ではなく、あくまでも現実の技術レベルの延長線上(遙か彼方ではあるのですが)にあるというところもまた見事。落雷というアクシデントによって思わぬ副産物が生まれるというのは、ベタといえばベタな発端ですが、そこにも一工夫されているところに感心させられます。

 そしてさらに、この“ふわふわ”という素材を実用化するための、大量生産と様々な分野への応用を目的とした開発プロセスの描写が充実しており、「プロジェクトX」などに通じるような魅力があります。物語の都合上、トントン拍子に進みすぎるところもありますが、純粋に技術的な問題だけでなく、会社の設立や経営、工場の設置、あるいは各方面との交渉といった産業上の問題をクリアしていく過程がポイントを押さえて描かれていることで、物語が現実感を増しています。また、“ふわふわ”が実用化されて日常に浸透していき、やがて社会そのものが変化していくというシミュレーション的な面白さも備わっています(物語の雰囲気はだいぶ違いますが、基礎的な発見(発明)が様々に応用されていくという点では、J.P.ホーガン『創世記機械』を連想しました)。個人的には、このあたりが一番面白く感じられたところです。

 後半は一転して、“ふわふわ”を利用した軌道エレベーターの建設から、宇宙へと進出していくことになります。ここから先にも様々なアイデアが盛り込まれて面白くはあるのですが、前半とはだいぶ違った趣、というよりも、物語そのものが前半と後半で乖離してしまっている印象を受けます。

 前半の物語だけでは、特にライトノベルとしてはおそらく地味すぎるために、後半部分と合わせて一冊になったということなのではないかと思います。仕方のないところかもしれませんが、結果として木に竹を接いだような形になってしまっているのが残念です。

2004.09.20読了  [野尻抱介]



銀のカード Carte Vermeil  ボアロー,ナルスジャック
 1979年発表 (岡田正子訳 ハヤカワ・ミステリ1364・入手困難ネタバレ感想

[紹介]
 最高級老人ホーム〈ハイビスカス〉に暮らす老人・ミッシェルは、孤独と無為の日々に疲れ果てて死を決意するようになっていた。そこへ、元判事の夫とともにリュシイルが入居してきたのだ――数日後、ミッシェルの隣人・ジョンキエールがテラスから転落死したが、眼鏡をかけ忘れていたための事故と判断された。しかし、直前に顔を合わせたミッシェルだけは、ジョンキエールが確かに眼鏡をかけていたことを知っていた。そしてまた、その日にリュシイルと激しく口論していたことも。疑惑を抱きながらも、リュシイルに惹かれていくミッシェルは……。

[感想]

 高級老人ホームを舞台にしたボアロー/ナルスジャックお得意の心理サスペンスで、ほぼ全編が主人公・ミッシェルの手記という形で書かれています。題名は老年を象徴するシルバー・パスを意味しているようです。

 テーマとなっているのは、老年の恋。自殺さえ考えていた76歳のミッシェルが、63歳の魅力的な女性・リュシイルに惹かれて活力を取り戻し、いつも食事をともにしていた友人たちと鞘当てを繰り広げる様子は、微笑ましくもあり、年を取っても人間はあまり変わらないものかと思わされるものでもあります。しかし、やはり若者とは違って勢いに欠けるというか、経験を重ねて身に着いた分別が、ミッシェルの行動に影響を与えているのは否めません。もし主人公が老人でなければ、物語は違った結末を迎えていたのではないかとも思えます。

 本書で唯一、他の人物の視点で描かれたエピローグでは、やや唐突に事件の真相が明かされます。もっとも、唐突に感じられるのはミッシェルの視点による描写に慣れきっていたためであって、真相そのものは十分に納得できるものです。それまでの、いわばミッシェルが描き出した物語が、一瞬にして姿を変えてしまう結末はやはり鮮やかです。

2004.09.28読了  [ボアロー/ナルスジャック]



グラン・ギニョール城  芦辺 拓
 2001年発表 (原書房 ミステリー・リーグ)ネタバレ感想

[紹介]
 大富豪に買い取られ、アメリカへ移設されることになった山中の古城〈アンデルナット城〉。この地での最後の見納めとして、前城主の友人たちや高名な素人探偵・ナイジェルソープらが招かれた。だが、嵐で麓への道が閉ざされた夜、大富豪が不可解な状況で墜死してしまう。それが、あまりにも奇怪な惨劇の幕開けだった――幻の推理雑誌「ミステリー・リーグ」に掲載された、覆面作家による未完の探偵小説『グラン・ギニョール城』――
 列車の中で倒れた男は、居合わせた森江春策に“グラン・ギニョール城の謎を解いて……”と言い残して息を引き取った。そして男の荷物の中には、『グラン・ギニョール城』の〈問題編〉が掲載された「ミステリー・リーグ」誌の最終号が……。

[感想]

 黄金時代の海外古典探偵小説と、現代的ともいえるメタミステリの手法を融合させた、非常に意欲的な作品です。この、未完の探偵小説を作中作として登場させるという道具立ては、奇しくも同年に発表された山田正紀『ミステリ・オペラ』と似ていますが、“探偵小説書く”ということの方により力が注がれた『ミステリ・オペラ』に対して、本書はひたすら“探偵小説書く”ことを追求したものになっています。

 作中作の『グラン・ギニョール城』は、覆面作家によって書かれた犯人当て小説という趣向で、しかもE.クイーン編の推理雑誌「ミステリー・リーグ」に掲載され、その休刊によって問題編だけで中絶してしまったという、マニア心を刺激する何とも絶妙な設定になっています。内容の方はやや気になるところもあるのですが、いかにも黄金時代の探偵小説らしい雰囲気はなかなかのものです。

 一方、作中の“現実”ではシリーズ探偵の森江春策が事件に遭遇します。その周辺の“現実”が少しずつ作中作『グラン・ギニョール城』に浸食されていくという展開そのものは、メタフィクションではありがちな手法といえるかもしれません。が、本書ではその処理が出色の出来で、作中の虚実が渾然一体となる瞬間は思わず膝を打ちます。少々都合がよすぎるように思える部分もないではないとはいえ、その効果の鮮やかさには脱帽せざるを得ません。

 ただし、ここから先が問題です。作中作と“現実”の事件双方をまとめて一気に片づける力業には圧倒されるのですが、細かくみてみると論理の飛躍や説明不足、はたまた無理のある真相など、いくつかのほころびが存在します。メインの趣向に力を入れすぎて細部がおろそかになっているのか、あるいは趣向へのこだわりが歪みを生んでいるのか。いずれにしても、中核となる部分が強烈な光を放っている一方で傷もまた多く、作品全体としての完成度は決して高いとはいえないでしょう。せっかくの最後のオチも、個人的には微妙なものに感じられてしまいます。

 本格ミステリ/探偵小説のファン、特にプロットを重視する方にとっては一読の価値があるのは間違いないところですが、傑作にはなり損ねてしまったもったいない作品です。

2004.09.30読了  [芦辺 拓]


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