絞首人の手伝い/H.タルボット
The Hangman's Handyman/H.Talbot
まず、呪いをかけられたフラントの急死については、結局のところはカプセルに仕込んだ毒薬による毒殺という、早い段階で示された仮説そのままだったというのが拍子抜けです。呪いと死のちょうどいいタイミングについても、“毒が作用し始めるのを待ち、その最初の徴候があらわれてから呪いの言葉を浴びせた”
(286頁)のであれば、何の不思議もありません。
しかしそれが、死体の“急速な腐乱”というもう一つの不可能状況と組み合わされることで、それこそ雲をつかむような謎となり得ているのが非常に巧妙です。腐乱死体であれば死因は(少なくともすぐには)判明しないでしょうし、そもそもフラントが呪いをかけられた時に本当に死んだのかどうかさえ確認できないことになり、結果としてブラクストン医師まで容疑の対象となっているのです。
とはいえ、その腐乱死体の謎はあまりにも不可能性が高すぎるために、死体のすり替え以外に合理的な解決が存在する余地が(ほとんど)なく、真相がかなり見えやすくなっているのが苦しいところではあります。しかも身代わりをつとめたのが、登場人物一覧に名前がなくわずかに言及された(71頁)だけの人物だというのは、いささかアンフェア気味に感じられます。また、“ジャック”が“ジョン”の愛称(272頁)だというのが、日本人にとって一般常識とはいえない(*1)ためにわかりにくいのも残念なところです。
ただ、その身代わりに関してよく考えられていると思ったのが、物語冒頭、ローガンが島へ到着したのが事件発生後とされている点です。本来は物語の発端として盛り上げられるべき最初の事件(前後の様子)が直接的に描かれない、というのには当然それなりの理由がある(*2)と考えられるわけで、本書の場合には、“ジャクスン・B・フラント”の身代わりをつとめているジョン・フラントを、三人称の地の文でアンフェアにならないよう描写(紹介)するのが難しいために、登場人物たちの語りによってカットバック的に描写するという手法が採用されているのでしょう。
一方、ローガンを襲った怪物の正体については、最後の最後に脱力と苦笑を禁じ得ない真相が用意されています。が、それより前に示されている、“ぼくは座をしらけさせるようなタイプの人間{ウェット・ブランケット}ですから”
(242頁)というチャタートンのヒントがよくできていて、特に日本の読者にとってはこの時点で真相がほぼ見え見えになることで、思わずニヤリとさせられてしまう効果があるように思われます。少なくとも、最後まで引っ張られた挙げ句に脱力させられるよりは、だいぶ印象がいいのではないでしょうか。
現場の密室トリックはさほどでもありませんし、“何となく”といった感じで解かれていくあたりもいかがなものかと思いますが、それが犯人に対する罠として使われている(258頁)ところが非常に面白いと思います。
それにしても、最初のジャクスン・B・フラントの死体のみならず、ジョン・フラントの死体までもが〈絞首人の手伝い〉によって解き放たれてしまい、犯人の目論見を打ち砕いたというオチが何ともいえません。
2008.05.30読了