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わたしの隣の王国/七河迦南

2016年発表 (新潮社)
“夢の国”の密室と犯人
 “夢の国”での密室状況は、“魔法による封印+扉の監視”という厳重なもので、魔法を使ったトリックの可能性がヘル博士に否定されている(127頁〜128頁)ために、よく考えてみれば可能性はかなり限られています。ここで注目すべきは、魔法による封印だけで密室を構成するには十分なところ、いわば“過剰な障壁”となっている扉の監視で、密室の一部であるように見せかけてその実は、犯人を配置するために用意された状況だというのが巧妙です。

 もちろん、杏那が目撃した“密室内でのエドガー襲撃と犯人消失”が、密室の謎を解く上で最大の障壁となっているわけですが、それが“もう一つの世界”である“現実”での出来事だったという、“夢オチ”ならぬ“現実オチ”(238頁)の真相が鮮やか。“現実オチ”には前例がないわけでもない*1のですが、本書では“困難は分割せよ”の格言(?)を地で行くような、物語が二つの世界に分岐した設定を巧みに生かしたトリックであると同時に、いわば“夢”と“現実”の境界が曖昧になった舞台装置である、テーマパークならではのトリックともいえるのではないでしょうか*2

 この“現実オチ”については、ヘル博士が“わしらから見れば夢も同様だがね”(238頁)としていますが、実際には“夢オチ”とは大きく異なるところを見逃すべきではないでしょう。タイミングの錯誤こそあるものの、杏那が現実から“夢の国”へ転移したことは明示されていますし、夢の中では何でも可能なことを利用して“うまい解決がつけられないから(中略)『実は夢でした』”(129頁)とする“夢オチ”と違って、“現実”で起きたこと――例えば杏那が目撃した犯人消失――は“現実”の側で解決されることになります。

 “現実オチ”を示す手がかりは、壁に飾られた絵の違い――“七人の妖精”(34頁)“七人の小人”(56頁)――や、三×三の魔方陣パズルの違い――“1のタイルから2、2から3が桂馬跳び”(34頁;完成形は190頁の図7)と、“1のタイル(中略)から左右それぞれに桂馬跳びした下隅に2と3”(56頁・図3;完成形は240頁の図18)――がありますが、後者については各章の冒頭で章番号を表示するのに使われているので、違いに気づきやすい……かもしれません。また、杏那が“エドガーがやられた書斎で作りかけのボードを見てから(中略)頭の中でいろいろ並べてみたんだけどできなかった”(188頁)ことも、魔方陣の違いを示唆する手がかりといえます。

(2016.12.25追記)
 まったく気づきませんでしたが、「プロローグ(その4)」“ぼくたちの歌も夢の中で聴いたって思うかもね”(16頁)のあたりも“夢だと思わせて現実”を体現するものであり、“現実オチ”を暗示しているようです。

 密室の真相、そして真の犯行現場が明らかになれば、犯人は当然“リスのフレディ”ということになりますが、その“フレディ”が謎解きの最中に、ヘル博士との会話の続きだと誤認させる“叙述トリック”とともに登場してくる(241頁〜243頁)ところにニヤリとさせられます。

“現実”の密室
 “現実”の側の密室は、(“夢の国”では解決されずに残された)杏那が目撃した“犯人消失”の謎がそのまま、事件を“裏側”から見た真相となっているところが非常に面白いと思いますし、犯人消失と見せかけて被害者出現トリックだったというのも鮮やかです。もっとも、被害者が密室内に侵入した経路そのものは、真相を知らされた杏那が突っ込んでいる(280頁)ように“秘密の抜け穴”に通じるところがあるのですが、本書では謎解きが二段階になっているのが実に巧妙。最初の“エレベーターが二階建て”という“誤った推理”が検証される過程で、天井に隠し扉があることは読者に明かされるため、“秘密の抜け穴”によるアンフェア感は生じないのではないかと思われます。

 “誤った推理”の検証では、屋上側の扉だけが確認されるのもうまいところで、“あらため”が済んだと思われたところから、“双子トリックみたいに見せかけて(中略)結局三つ子だった”(129頁)というエレベーターの“三つ子トリック”――二階建てではなく三階建てだったという真相が飛び出してくるのが鮮やかです。

(2016.12.25追記)
 これまた気づきませんでしたが、「プロローグ(その4)」でハッピーとハロルドが子守唄を歌っても赤ちゃんが泣きやまず、フレディが加わってようやく泣きやむ場面――“やっぱりふたりより三人の力だね”(16頁)が、“二つではなく三つ”を暗示するヒントとなっているようです。

“未捨理談義”
 このあたりになってくると明らかだと思いますが、本書では、作中で杏那が“許せない”と憤るアンフェア気味の仕掛け――“夢オチ”・“叙述トリック”・“秘密の抜け穴”・“三つ子トリック”――が(一部はやや形を変えながらも)ぬけぬけと使われる、“アンフェアのオンパレード”ともいうべき愉快な趣向になっています。もちろん、それぞれの仕掛けは(読者によって見解が分かれるかもしれませんが)必ずしもアンフェアではなく、できる限りフェアになるように工夫されており、“アンフェア気味の仕掛けをいかにしてフェアに仕立てるか”が本書の大きな見どころといっていいでしょう。

 その意味で大きな役割を果たしているのが、「杏那2」で杏那とヘル博士が展開している“未捨理談義”(128頁〜130頁)で、(事件に直接関係のないところで)事前に仕掛けに言及しておく*3ことによって仕掛けのアンフェア感を減らす、一種の伏線となっているのが実にユニークです。実のところ、“未捨理談義”は事件とつながりがないので、本来は事件の解決に寄与する“手がかり”とはなり得ないのですが、そこで言及された仕掛けが律儀に(?)積み重ねられていくことで、作者から読者に直接与えられた真相のヒント――“メタな手がかり”として機能することになります。

 すなわち、“夢オチ”など“未捨理談義”で挙げられた仕掛けが次々と登場してくる結果、最後に作者が意外な犯人として登場人物外の犯人(130頁)を用意していることは、読者にも十分に予測可能となっているわけで、“究極のアンフェア”(130頁)とされている仕掛けが一歩フェアに近づいている、といえるのではないでしょうか。

“現実”の犯人(1:役柄)
(2016.12.25追記)
 巻頭の「主な登場人物」登場順となっているのがポイントで、“犯人”が他の登場人物とは“別枠”で(区切りの点線に注意)、しかも一番最後に記されていることによって、犯人が最後にのみ登場する“登場人物外”の人物であることが暗示されています。

 というわけで、“現実”の事件の犯人が“登場人物外の犯人”であることまでは予想できるとしても、完全にアンフェアを脱するためにはさらに、読者/探偵役がいかにして“登場していない”人物を犯人と指摘できるのか、という難題が待ち受けています。物語に登場していないということは、本来であれば読者/探偵役にとって存在しないも同然であるわけで、そのような人物を犯人と指摘可能とするのは至難の業でしょう。

 本書では、その場にいる関係者全員――杏那や優までも――の容疑が検討・否定される*4中、杏那が現場フロアで耳にした“ハッピー・パピー”の声が決定的な手がかりとなるのが秀逸です。“有名人”の声は、泡坂妻夫の某作品*5でもちょっとしたネタとして使われていましたが、舞台や状況など本書の方が効果的に使われていると思いますし、直にハッピーに止められたような気がして”(32頁)という記述も心憎いところです。

 かくして、物語に直接登場することはないものの、他の登場人物によって言及されるなど、存在していることが確実な人物――(2016.12.25追記)何より、“声”だけは終始登場している人物――“Mr.ハッピー”が犯人という真相がお見事。この“登場人物外の犯人”という趣向は、海外古典の某作品*6に挑んだものと考えられますが、そちらの犯人は(一応伏せ字)探偵役からみれば“登場人物外”ともいえるものの、読者の前には一応登場している上に、単純に存在感が薄いだけといえなくもない(ここまで)ので、明らかに本書の方がよくできているといえるでしょう。

アナグラム
 さて本書では、「プロローグ(その4)」“な、り、も、い、た、ら、う、た、こ”“泣いたら子守唄”(いずれも15頁)を皮切りに、多数のアナグラムが盛り込まれて“アナグラムづくし”となっています。火山の煙による文字“M、A、R、G、A、N、A”(171頁)*7を逆から読んで“A、N、A、G、R、A、M”(206頁)――アナグラムになることが、「杏那3」で明かされますが、煙の文字が現れたすぐ後にもニュースキャスターの“名倉亜夢{なぐらあむ}(173頁)が登場し、アナグラムを暗示しています*8。同じく「杏那3」で明かされているもののうち、“GRIN”→“RING”や“Low”→“OWL”はともかく、“NUDE”(194頁)→“DUNE”はさすがにわかりやすいでしょう。

 作中では説明されませんが、“クアウト”は“悪党”の、また“コルトワイスキー”は“悪いこと好きー”のアナグラムでしょうし、「杏那・優6」の最後で暗示されているように“ホンマ アスト”(304頁)“スマアトホン”(303頁)*9の、そして“いたいけウェンダ”(122頁)“Itaike Wenda”(304頁)→“Keitai Denwa”(携帯電話)のアナグラムとなっています。人名ではさらに、「エピローグ」の最後(308頁)で明かされる作者名“七河迦南”のローマ字アナグラムが、実に作者らしいと思います。

 冒頭の“ENTER TO PLAN DO SEE”(29頁)“PLEASE DO NOT ENTER”(301頁)や、杏那パズルの暗号を解く手がかりとしている“I'm Siren. He's air.”(137頁)“Her name is Iris.”(210頁)“Minie has no robes.”(187頁)“His name is Oberon.”(210頁)など、英文はかなり難しいと思いますが……。

 よくよく考えてみれば、作中にこれほど執拗に(!)登場するアナグラムが、“夢の国”側で手がかりとして使われただけで終わりであるはずがなく、“未捨理談義”と同じように“メタな手がかり”の一つであることに思い至るのは、さほど難しくはないように思われます。

“現実”の犯人(2:名前)
 犯人の“Mr.ハッピー”は何者なのか――坂麻耶の長い説明の中で、社長の兄が“ハッピー・パピー”の創造に関わっていたことが示されています(98頁)し、“Mr.ハッピー”が“社長の声に似た人”(102頁)であることも有力な手がかりでしょう。

 社長の名前は巻頭の「主な登場人物」に記されていますが、ルビが振られていないのがくせもので、名字を普通に読めば“おくたに”になりそうなところ、「優1」の冒頭に雑誌のインタビュー記事という形でさりげなく、“おくのだに・こうじ”(39頁)と読み方が示されているのが巧妙。それに気づけば、“王国の大地に”のアナグラムで“Mr.ハッピー”の名前を導き出すことは可能だと思われます。

(2016.12.25追記)
 このアナグラム、“3278→こういち”(293頁)とあるように*10、“123456789”の順に読めば“おうこくのだいちに”となるエルフの館のパズル(211頁;図16と図17を参照)を、“145693278”の順で読めば“おくのだにこういち”の名前になるわけですが、「杏那0」で“エドガー”が襲われた直後の箇所に、様々な記号に混じって(前略)145(中略)69(中略)3278(後略)(35頁)の数字が示されています。
 さらに、自力ではまったく気づかなかったのですが、「プロローグ(その4)」の“泣いたら子守唄”のアナグラム(15頁)にもヒントが潜んでいます。すなわち、最初の“な、り、も、い、た、ら、う、た、こ”に1から9までの数字を振ると、答えの“ないたらこもりうた”は“145693278”の順で、“おうこくのだいちに→おくのだにこういち”と同じ順序の並べ替えになっているのです。

 優は子守唄にもその名前が組み込まれている”(294頁)と指摘していますが、巻頭(1頁)にもそれが意味ありげに掲げられているとはいえ、「杏那・優6」の冒頭(264頁)で杏那が耳にした“女の子の囁き”に以下のように隠されている“解読の鍵”事前に気づくのは、さすがに難しいように思われます。
「いまかんじるまま すべてをひらいて
千の星」
「迷わないで まっすぐに
  (294頁)
 この“解読の鍵”に従って*11“漢字のすべてを開いて、四文字目をまっすぐに”「杏那・優6」の冒頭――“囁き”と子守唄を続けて読むと、謎解きの前に隠された作者からのメッセージが、以下のように。
 あなた いつだって うたうんだ――
 いまかじるまま すべてをひらいて
 あした あるきだして
 よんせの ほしがてらす
 きぼう はしのたもとから
 まよわないで まっすぐに
 こたえ いつもそこにあるから

 みちしとおく
 さざめほしのね
 みどりかぜの
 そよぐいちの
 ひぐれ
 ねむれどもら
 はるかみのひの
 まばゆおもいで
 そのさ いだいて

 → 犯人の名は 奥谷光一

*1: かなり形が違いますが、(作家名)西澤保彦(ここまで)の長編(作品名)『七回死んだ男』(ここまで)などは、“現実オチ”といっていいように思います。
*2: このあたりを考えると、本書はテーマパークという舞台よりもトリックが先にあり、トリックが最も効果を上げる舞台としてテーマパークが選ばれたのではないかと思われます。
*3: 「主な登場人物」“嘘とアンフェアが大嫌い”(4頁)とされている杏那の設定は、“未捨理談義”の中で伏線(アンフェアネタ)を自然に持ち出すためのものだと考えられます。
*4: その中でも、被害者のダイイングメッセージである“3278”が“坂麻耶”を示しているという杏那の推理が面白いところですが、例として挙げられている“6904”が“「はらわた」とだけ書いたメール”(39頁)と、さらに“1971”が“――それは一九七一年に遡り――あらまあ(26頁)と、序盤に伏線として配置されているのが周到です。
*5: すぐに明らかにされるのでネタバレにはならないと思いますが、(一応伏せ字)『死者の輪舞』(ここまで)です。
*6: (作家名)カーター・ディクスン(ここまで)の長編(作品名)『五つの箱の死』(ここまで)。さる筋からの情報では、(以下伏せ字)“夢の世界”の事件現場の形(図4;57頁)(ここまで)がこの作品を暗示している、とのことです。
*7: そのままでも“Margana(マルガーナ広場)と解釈できる上に、犯人の“フレディ”がそのようにミスリードしているのがいやらしいところです(苦笑)
*8: (2016.12.25追記)さらに、「優1」冒頭に置かれた記事のインタビュアー“津塚英里{つづかえり}(39頁)が、“つづりかえ”のアナグラムとなっています。
*9: この表記はさすがに苦しいように思いますが……。
*10: (2016.12.25追記)“3278”については、椎野がかけた内線番号以外にも、「杏那4」の宇宙港で登場しています。すなわち、“本日3277人目の乗船者”(232頁)の次に乗船した杏那は、当然“3278人目”ということに。
*11: (2016.12.25追記)読み返した際に気づいてニヤリとさせられましたが、「杏那2」にも“もっと漢字をひらいてひらがなにした方が”(123頁)とヒントが。

2016.09.29読了

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