収穫祭/西澤保彦
首尾木村事件の犯人は、「第一部」ではマイケル・ウッドワーズとされていましたが、「第二部」では川嶋浩一郎という“別解”が示され、そして「第三部」では小久保繭子という真犯人が明らかになっています。現場となった首尾木村北西区が一種のクローズドサークルであった(*1)ために容疑者は限定され、雨合羽とゴム長靴などの手がかりに気づかなくても、「第三部」になる頃には繭子以外に容疑者が見当たらなくなっています(*2)。
繭子の視点で描かれた「第二部」において、繭子が川嶋を犯人だと思い込んでいる(らしい)こと、さらに繭子のあずかり知らない新たな殺人事件が起きていることがミスディレクションとなり得るかもしれませんが、前者は繭子の記憶の欠落と改変を考えれば説明がつきますし、後者の犯人が(首尾木村事件の犯人ではない)空知貫太であることも次第にわかってくるので、大きな障害とはなりません。
「第四部」で、繭子が鷲尾嘉孝の妻として再登場してきたのには驚かされましたが、大量殺人のきっかけとなった心理を考えれば、繭子が鷲尾を標的とするのは十分納得できるところです。むしろ、繭子の動機を見抜いた伊吹省路が鷲尾の身辺に目を配っていなかったことこそ、重大な手落ちというべきでしょう。
最後の「第五部」では、伊吹香代子の不可解な行動の裏に隠された真意が明らかになっていますが、『収穫祭』という題名につながるエピソードではあるものの本筋とは直接関係がなく、一見するとわざわざ最後に配された意味がよくわかりません。
しかし、おそらく重要なのは“さっきのノリくんとのひと幕、マユちゃんに見られたのかしら? 彼女のお父さんや、村の他の男たちの噂話も聞かれたかも”
(604頁)という部分で、これが繭子の動機の背景にある村に対する“嫌気”
(563頁)の遠因となったのではないでしょうか。つまりここで香代子は、皮肉にも自分が蒔いた種の収穫を楽しみにしながら、気づかないうちに自分が収穫“される側になる”
(605頁)“種を蒔いて”しまったということなのでしょう。
*2: 村に戻ってきたばかりの伊吹省路は犯人ではあり得ませんし、元木雅文と一緒にいた空知貫太にも犯行は不可能です。
2008.08.26読了