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  4. ヘミングウェイごっこ

ヘミングウェイごっこ/J.ホールドマン

The Hemingway Hoax/J.Haldeman

1990年発表 大森 望訳 ハヤカワ文庫SF1699(早川書房)

 まず、1922年のリヨン駅でジョンと〈ヘミングウェイ〉の前に現れて旅行かばんを持ち去った人物について、〈ヘミングウェイ〉はジョンに向かって“あれはきみだったのか”(272頁)と口にしていますが、“同一の時空に二度存在することは、当然不可能”(224頁)という法則が正しければ*1、それはジョン・ベアドその人ではあり得ないことになります。この人物を仮に――〈ヘミングウェイ〉にならって――〈ジョン〉とします。

 〈ジョン〉(≠ジョン・ベアド)が旅行かばんを持ち去ったことが少なくとも“この宇宙”における*2歴史的事実――「第28章 午後の死」で〈ジョン〉が過去を改変しているので少々怪しくはありますが――だったとすれば、〈ジョン〉は1922年のリヨン駅に存在しなければならないわけですから、ジョンが〈ヘミングウェイ〉の能力を身に着けて(〈ジョン〉となって)時間を遡上することが“歴史的必然”だといえるでしょうし、〈ヘミングウェイ〉に殺害されたジョンが他の宇宙に転移することになったのもそこに起因しているのかもしれません。

 「第29章 海流の中の島々」“はじまりは、はじまりは、ここ。”(298頁)と特記された場面、人生にうちのめされることはあるが、それをバネにしてうちのめされた場所から強く成長することもできるという一文に続いて“みずからの誕生にいましがた立ち合っていた”(298頁)とあることから、原稿の紛失が大作家アーネスト・ヘミングウェイを生み出す原動力となった――少なくとも〈ジョン〉はそう受け取った――ことがうかがえます。それこそが〈ジョン〉の原稿を盗んだ動機であり、そしてその動機を生み出すために〈ジョン〉が時間を溯りながらヘミングウェイの人生を体験しなければならなかったと考えることができるのではないでしょうか。

 さらにいえば、ショットガンで頭を吹っ飛ばすという死に様の一致を媒介としてヘミングウェイと“一体化”するために、腹部を撃たれて死んだはずのジョン/〈ジョン〉が過去を改変することになったということなのかもしれませんが、時間遡行によって“再生”した時点ですでにヘミングウェイその人の容貌となっている(285頁~286頁)あたりになると、もはや何が何だかわかりません。

 ところで、リヨン駅での事件が作中で“一九二年の十二月”(12頁)だったり“一九二年十二月十四日”(223頁)だったりしているのは、やはり何らかの意味があるのか、それとも単なる誤植なのか……?

*1: タイムパラドックスを多少なりとも回避するための、時間SFでは定番ともいえる法則なので、感覚的には非常に受け入れやすいものです。
*2: 少なくともジョンが〈ヘミングウェイ〉に殺された宇宙では、事実は違ったものになっていると考えられます――ハドリーが原稿をなくさなかった宇宙も“たっぷりある”(269頁)とされていますし。

2009.06.29読了