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遠まわりする雛/米澤穂信

2007年発表 角川文庫 よ23-4(角川書店)
「やるべきことなら手短に」

 冒頭に掲げられている折木奉太郎の信条――“やらなくてもいいことなら、やらない。/やらなければいけないことなら手短に。”(9頁)を踏まえれば、“音楽室の怪”の謎を解くのが面倒だったという奉太郎の心理はすぐに理解できると思います。そしてそこから先の奉太郎の行動が、いわば自作自演*1であることも十分に予想できるところで、倒叙ミステリ風の物語になっているといってもいいでしょう。

 しかしそこで、“謎解きが面倒なはずの奉太郎が、なぜ別の謎の話を持ち出したのか?”が謎として残るのが面白いところ。言い換えれば、“音楽室の怪”と“秘密倶楽部の勧誘メモ”との間にどのような違いがあるのか、ということになるわけですが、解決する場所の違いという真相には脱帽。そしてまた、そのまま帰るのに都合がいい一階昇降口前の掲示板という“真相”に、説得力を与えるための奉太郎の“推理”がよくできています。

「大罪を犯す」

 数学教師として小文字の方が使い慣れている”(96頁)とはいえ、本来大文字で表記されるものまで小文字で書くかどうか、少々疑問の残るところではあります。が、教科書にメモを残しておきながらA組を他のクラスと取り違えたとすれば、他の可能性はちょっと考えられないので、妥当といったところでしょうか。

 個人的に重要だと思えるのは、謎が解かれた後、千反田えるが謎解きを求めた心理を折木奉太郎が忖度するところ(98頁~99頁)で、えるの“気になる”は必ずしも好奇心だけから発せられるわけではない――と、奉太郎がえるに対する理解を深め始め、「やるべきことなら手短に」での“保留”からだいぶ変化している印象を受けます。

「正体見たり」

 幽霊――“首吊りの影”の正体が善名梨絵の浴衣であることは比較的わかりやすいと思います*2が、そこから先、数々の細かい手がかり――とりわけ“両手に花でも一輪余ったよ”(138頁)という手がかりの示し方は絶妙です*3――をもとにして、“なぜ浴衣がそこにあったのか?”を解き明かしていく折木奉太郎の推理はよくできています。

 一見すると普通に仲がいい姉妹というだけに見えた梨絵と嘉代の関係が、幽霊の正体が解明されることで微妙な緊張をはらんだものであることが明らかになり、幽霊だけでなく千反田えるが憧れた“きょうだい”までもが“枯れ尾花”だった、という真実を突きつけられる結末が秀逸です。

「心あたりのある者は」

 問題の“十月三十一日、駅前の巧文堂で買い物をした心あたりのある者は、至急、職員室の柴崎のところまで来なさい”(151頁)という言葉が、どのような文脈で発せられたのかが重要になってくるわけですが、放送が放課後に行われたこと、“柴崎”が教頭先生であること、生徒指導部が生徒指導室を持っていること*4、といった補助的な情報を手がかりとして、“(呼び出される)Xは、犯罪にかかわっている”という推論に至るのが面白いところです。

 しかし一方で、“教頭はなぜXが呼び出しに応じると考えているのか?”という疑問が生じるのは当然。ここで、“十一月のはじめの日”(147頁)から浮かび上がる“十月三十一日”という表現の不自然さを新たな手がかりとして加えることで、謝罪文の存在を導き出すアクロバティックな推論が実に見事です。その後の、“偽の万札”(147頁)事件に結びつけてその入手経路まで解き明かす推論もよくできています。

 それにしても、“理屈と膏薬はどこにでもくっつく”(の否定)から始まったゲームを、“瓢箪から駒”で締めてあるのが何ともしゃれています。

「あきましておめでとう」

 折木奉太郎(と千反田える)に課された“ミッション”は、まず“いかにして納屋から脱出するか”が暗礁に乗り上げた後、“いかにして伊原摩耶花(と福部里志)に助けを求めるか”へと転じ、その確実な手段がようやく具体化したところで最終的に、“いかにして紐を手に入れるか”にたどり着いています。この段階的な問題解決がよく考えられていると思いますし、幟の“上の方がビニール紐で納屋の軒に縛り付けてある”(217頁)ことが比較的早い段階でさりげなく示されているのも巧妙です。

 しかして、里志に窮地を伝える手段――巾着の底を紐で縛った“袋のねずみ”が、別の作品である「正体見たり」の中で伏線として示されているのが大胆。ご丁寧に、この作品では「新春ドラマスペシャル 風雲急小谷城」に言及されている(197頁/235頁)のがまたいやらしい(←ほめ言葉)ところで、そこで“袋のねずみ”のエピソードが紹介されていたかと勘違いして何度も読み返す羽目になりました(苦笑)

「手作りチョコレート事件」

 「あとがき」でも倒叙ミステリと言っていい作りになっている”(410頁)とされていますし、序盤にはゲームの場面を通じて福部里志に関する違和感が示され、さらに「やるべきことなら手短に」との相似などもあって、ある程度まで真相を見抜くことはたやすいでしょう。折木奉太郎による“表向きの解決”――天文部員の中山がスカートの中、太腿に縛りつけて持ち去ったという解決には無理があります*5し、里志の“下げすぎたね”(301頁)という失言もわかりやすいと思います。

 しかしながら、犯人である里志の動機は不明なまま、チョコレートを盗まれたことを知った伊原摩耶花の意外な態度がさらなる混迷を生じるわけですが、最後に里志の口から語られる真相はやはり強烈。真剣であることは理解できるのですが、わが身を省みると(?)何だか異質な思考だと感じられてしまいますし、千反田えるを巻き込んだ摩耶花のしたたかな策略も、失礼ながら(?)ちょっと引いてしまうようなところがないでもありません。

 ただ一人“被害者”となったえるが、真相に気づくことなく奉太郎の説明に納得したのかどうか、大いに気になるところではありますが……。

「遠まわりする雛」

 千反田えるが“気になった”ところですぐに折木奉太郎に謎解きを求めることができず、自身でも考える時間があったせいなのか、奉太郎とえるの“推理合戦”となる趣向が興味深いところ。“遠まわり”によって生じた効果と滅多に見られん行列”(383頁)という失言から“犯人”を特定した奉太郎の推理は十分に納得のいくところですが、対するえるの――えるならではの推理がなかなかユニークで新鮮です。

 最後にえるが語る未来への展望も印象的ですが、それにつられたのか奉太郎が“すごいこと”を考え、そして口に出せないあたりが、何ともほほえましく感じられます。後味のいい見事な幕切れです。

*1: 元になった噂があるので、何から何まで自作自演ではないとしても。
*2: 作中で奉太郎が指摘しているように、“ぶら下がる人影なんてワンピース形の服くらい”(139頁)ということもありますし。
*3: 怪談の際の嘉代の不在を読者の目から隠しつつ、中庭の人影(120頁)を目撃させるために、あえて奉太郎を一旦“退場”させてあるのも巧妙です。
*4: 作中には“全国津々浦々どこの高校にもあると思うんだが”(161頁)とありますが、ちょっと記憶が……(遠い目)。
*5: 奉太郎は指摘していませんが、熱気が吹きつけた”(310頁)というほど部室の暖房が強かったのであればなおさら、チョコレートをそのまま隠しておくことは不可能でしょう。

2014.04.25読了