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シャーロック・ホームズたちの冒険/田中啓文

2013年発表 (東京創元社)
「「スマトラの大ネズミ」事件」

 コナン・ドイルによる原典「サセックスの吸血鬼事件」で言及された「スマトラの大ネズミ」――“giant rat of Sumatra”が、“giant mouse”を経て“giant mouth”になってしまうのが、ダジャレを誇る(?)田中啓文らしいところ。原典の記述から離れてしまうのは意見の分かれるところかもしれませんが、ネズミと関係なくなることで先が読めなくなる効果はあると思います。

 奇怪な“生首”の正体はミステリというよりもまさしく伝奇小説的なものですが、事件の状況――とりわけレンデル氏の“生首”が暖炉に放り込まれて絶叫したという無茶苦茶な出来事を踏まえれば、それが“現実的”に解決されるはずがないのは明らかといってもいいのではないでしょうか。一方で、それが保険金詐欺というきわめて現実的な犯罪に結びついているのが面白いところです。

 モリアーティ教授のゾンビイとしての復活もなかなか衝撃的ですが、それである程度予想できるとはいえ、ホームズの方もまた生ける死者だったという真相は強烈。序盤の“オンミョージ”(13頁)の話が意外な伏線となっているのもうまいところですし、事件の顛末を綴ったワトスンの原稿が未発表だったことに説得力が備わっているところもよくできています。

「忠臣蔵の密室」

 雪密室の真相は至ってシンプルで、それ以外に考えようがないといっても過言ではありませんが、赤穂浪士の側には機会がなく、吉良家の側には動機がない(ように見える)ため、真相が見えにくくなっている感があります。そこに女中の死を絡めることで、お家存続を目的とした某海外古典*1を思わせる――と同時に非常に時代小説的*2――真相が用意されているのが巧妙です。

 それだけでも討ち入りの意味が大きく揺るがされているわけですが、さらに“内蔵助の袴の裾が黒ずんでいる”(99頁)という手がかりから、討つ側と討たれる側の秘められた共犯関係が浮かび上がるのが実に見事です。

 最後に物語をジョン・ディクスン・カーに結びつける、「エピローグ2」の強引なダジャレには脱力。“由良の魔道”などはよくできていると思いますが、“りく、春、主税らの名前から取った、りく・春・力……リク・シュン・カーというものだった。”(127頁)というのはさすがに苦笑を禁じ得ません。

「名探偵ヒトラー」

 まずは消えたロンギヌスの槍の行方を第一に考えるのは、ヒトラーとしては至極当然のことですが、そのために――“犯人”としての“夜光怪人”の出現と消失もあって――執務室の外へと注意が向けられることになっているのが効果的。しかしてヒトラーが最後にたどり着いた、槍が執務室から持ち出されていないという“真相”は、盲点とはいえハウダニットとしてはあまり面白味のないものではありますが、そこでヒトラーに心酔するボルマンがなぜ槍を隠したのかというホワイダニットに転じ、(それが無為に生み出した犠牲者の数を考えると)狂気のホームズごっこというよりほかない動機が語られるのが強烈。

 さらにその後に明かされる、“名探偵”ヒトラーの推理を超えた事件の真相――事件発生後に堂々と現場から持ち出されながら盲点となっていた、囚人の死体に槍を隠す*3ハウダニットもさることながら、(ヒトラー自身の意図には反するものの)ボルマンなりの“善意”からの犯行というホワイダニットも、いずれもよくできています。

 そして、ボルマンの思惑が裏目に出たかのようなヒトラーの末路の裏に隠された、ロンギヌスの槍の所持者についての皮肉な“真相”――と同時に“私が世界を手中にしたのと同じことだ。”(192頁)と言い放つボルマンの倣岸さ――が印象的です。

「八雲が来た理由」

 まず“ろくろ首”の事件は、ネタバレなしの感想にも書いたように“ごく短時間/短距離のアリバイ”であると同時に、実際には“犯人はいかにして瞬時に移動したのか”という謎でもあります*4。そして、“縦のものを横にする”ことで瞬時の移動を可能にするトリックが実に鮮やか。地面に落ちた胴体が“立った”ままになるのはかなり無理がありますが、それを除けばよくできていると思いますし、“安珍・清姫”の話と重ねられることで解決が補強されているのも巧妙です。

 一方、“のっぺらぼう”の真相はたわいもないといえばたわいもないものの、その謎解きはやはり鮮やかですし、「耳なし芳一」を絡めた事件の構図――さらにはそれを逆手に取った八雲の解決の仕方が痛快です。

 最後にはまったく予期せぬ語り手の正体が明かされ、さらに八雲の意外な目的が示されるのが圧巻。日本に来るまでに八雲が転々とした土地を、オカルト的な解釈に巧みに結び付けてあるのが秀逸で、真実はどうあれ、八雲がそう考えていたとしてもおかしくないと思わされるところがあります。

「mとd」

 “彼女を倒せるのはあれしかいない”という言葉の後に“mにはd”(いずれも286頁)ということは、大ミミズクが“m”、その弱点が“d”で示されることがわかります。エジプトの秘宝が絡んでいることもあり、ヒエログリフ*5の中にミミズク(フクロウ)があることを知っていれば、少なくとも“m”と“d”がヒエログリフに対応することは予想できるでしょう。一方、ウサギが“内臓までも石になっていた”(296頁)ことから、ルパンが語るとおり作中の世界では石化の能力が実在することは確実で、メドゥーサ――を連想するのも難しくはありません。

 ルパン自身の秘密――多重人格という真相は、それ自体はややありがちな印象が拭えないところがありますが、天才的な変装のみならず、冒頭のルブランの下宿からの鮮やかすぎる“消失”などを合理的に説明するものになっているのは確かです。また、ルパン=モーリス・ルブラン=南洋一郎という真相も豪快ですが、“ワトスン博士が記録したホームズの冒険譚も、すべてルパンがやったことかもしれない。”(316頁)という仮説には唖然とさせられます(苦笑)

*1: いうまでもなく、(作家名)アガサ・クリスティ(ここまで)(作品名)『オリエント急行の殺人』(ここまで)のことです。
*2: このあたりは、某時代ミステリ((作家名)幡大介(ここまで)(作品名)『猫間地獄のわらべ歌』(ここまで))で意識させられました。
*3: “槍”という言葉がミスディレクションになっている感もありますが、実際には「聖槍 - Wikipedia」に写真があるように穂先だけなので、不可能ではないでしょう。
*4: 真相が見えやすくなりそうなので、ネタバレなしの感想には書きませんでしたが。
*5: 「ヒエログリフ - Wikipedia」

2013.09.28読了