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犯罪ホロスコープI 六人の女王の問題/法月綸太郎

2008年発表 カッパ・ノベルス(光文社)
「ギリシャ羊の秘密」

 “Aries”をひっくり返して“Seira”と名づけるというのは少々無理があるように思われますし、事件直後にとっさに“リバース状態になったゴールデン・フリースが、自分の名前を露骨に示していると感じた”(46頁)というのは、ありがちなダイイングメッセージものと同じようなご都合主義に感じられてしまいます。

 それでも、最後に明らかになる名前の逆転は非常に秀逸ですし、それとともに犯人探しの大きな障害となっていた*1、実の親子ではなかったという真相も、何ともいえないものがあります。

「六人の女王の問題」

 六人のドラァグ・クイーンが登場する『プレアデスの復讐』をレッドへリングとして、チェスの『6クイーン問題』につなげているところがよくできています。ただ、この問題を知らなければ暗号を解きようがないというのが、少々残念なところではありますが。

 暗号という形で多少の時間を稼ぎながらも、原稿で殺意を表明して自らを追い込まざるを得なかった虻原サトルの心理が、やはり印象に残ります。そして、そこまでしながら最後の最後で失敗してしまうという“ひとり相撲”(90頁)が何ともいえません。

「ゼウスの息子たち」

 “双子”を前面に押し出した上に“偽者”というダイイングメッセージを盛り込むことで、読者の意識を“入れ替わり”へと強くミスリードする手法が実に見事です。

 〈ゼウスの息子たち〉のエピソードが手がかりとなって解き明かされる、二卵性双生児同士のカップルという真相もよくできていますが、それが犯人を特定するための手がかりとなっているところも秀逸です。

「ヒュドラ第十の首」

 “パウダーフリーの状態”(148頁)というあたりから、ラテックス・アレルギーという手がかりがかなり露骨に示唆されていきます*2が、それが読者への“罠”として機能しているところを見逃すべきではないでしょう。犯人がラテックス・アレルギーであることが見え見えになっている中、最後の決め手として示されるポリウレタン製のコンドームが、平戸医師が犯人だとミスリードする“餌”となる一方で、三人の“ヒラド・ノブユキ”以外のもう一人の容疑者を暗示しているところが非常に巧妙です。

「鏡の中のライオン」

 容疑者である滝本吉樹の鉄壁のアリバイと“移動”不可能なピアスという問題が前面に出ていながら、最大のポイントはそれらの問題をあっさりと解決してしまう、もう一組のピアスを持ったもう一人の容疑者の存在をあぶり出すところにあった、という構図が面白いところです。

 事件解決の手がかりとなり、最後に明らかにされる見立てはよくできていると思いますが、獅子は獅子でも『鏡獅子』とは……。

「冥府に囚われた娘」

 水中毒と熱中症という“裏返し”の症状を介して、薬物中毒という真相が浮かび上がってくるところがよくできています。また、殺人犯が明らかになった後に示される、悪意を発端とした事件のエスカレートが、強烈な後味の悪さを残します。

*1: 離婚すれば苗字が変わる可能性が高いとはいえ、さすがに“坂井晴良”という名前が名簿にあれば簡単に真相が判明したはずですが、(少しでも手間を省くために)AB型の女子学生があらかじめ除かれていたというのが皮肉です。
*2: 他にも再三アレルギーに言及されているので、犯人がラテックス・アレルギーであることは早い段階で見え見えでしょう。

2008.05.19読了