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犯罪ホロスコープII 三人の女神の問題/法月綸太郎

年発表 訳 文庫118-04(社)

 ネタバレなしの感想に書いたように“警察に見当違いのところを捜査させておく”ために、本書の大半の作品では事件の構図を見誤らせる形になっており、それによって犯人が容疑の外に置かれ、解決の際には意外なところから犯人が取り出されることになります。ただし、構図の反転が多用されることで作者の手の内が見えやすくなっていたり、それを避けようとしてアンフェア気味になっていたりする部分もなきにしもあらず。

「宿命の交わる城で」

 構図の誤認としては定番の交換殺人ですが、本来は交換殺人の“肝”といってもいい“犯人と被害者の組み合わせ”については、単純に“二組”から“三組”に増やしたもので――taipeimonochromeさんもご指摘*1のように――いささか平凡ではあります。しかし物語の序盤から、犯人自身が交換殺人であることを積極的に示唆しているのがやはり異色で、そのためのマルセイユ版とウェイト版のタロットという小道具もしゃれています。

 周到に“偽の黒幕”まで用意され、“二人の実行犯+黒幕”という図式が前面に出されたところで、完全に予想外のところ――いわば登場人物の“枠外”から真犯人が登場するのがものすごいところ。少々アンフェア気味に感じられなくもないですが、指紋の残されたタロットの出所を手がかりとした推理には説得力がありますし、冒頭の神話紹介に犯人の名前“マダム貴梨子”が(一応)登場することで、メタな伏線になっているところも見逃せません。

「三人の女神の問題」

 折野耕成の本当の死因が明らかになり、そこから綸太郎が死の状況を解き明かすことで、黒幕に操られた実行犯と標的が入れ替わるところが鮮やかですが、さらにそれによって、安田玲司が〈トライスター〉の元メンバーたちにかけた電話の意味が、“黒幕への報告”から“黒幕探し”へと変わってくるのが秀逸。よくよく考えてみれば、電話の発着信について分刻みの時間表まで示されていながら、当初想定されていた安田が黒幕を知っているという前提のままでは推理の材料として使えないわけで、そこが反転するのも当然といえるのかもしれませんが……。

 電話の時間表をもとにした推理は、黒幕を直接指し示すというよりも、“安田が誰を黒幕だと判断したか”を解き明かすものになっているのが興味深いところです。そして、安田が三人とも“シロ”であることを望んでいたために消去法が使えなかったという前提を押さえた上で、適切な仮定を立てることで(ミステリらしからぬ?)背理法による推理が成立しているのがお見事。

「オーキュロエの死」

 “大木裕恵”という偽名によって、ストーカー行為をはたらいていた杉内尚美の真の標的が示唆されているのが面白いところ。“佐治くるみ”の名前によって佐治輝康の語呂合わせ趣味が示されていることで、佐治輝康に通じる“符丁”として使われたことにも納得できます。かくして、佐治輝康にも(一応は)直接の動機があることになり、犯行を告白する遺書にもそれなりの説得力が出てはいるのですが、これはまあ見え見え。

 メール発信時には新宿にあった被害者の携帯が、アパートの鍵と一緒に現場で発見されたことを考えれば、犯人はそれらを現場に持ち込む機会があった第一発見者に限られるようにも思われますが、作中でもスペアキーが作られた可能性に言及されている(130頁)ように、“機会”の面から犯人を絞り込むのは困難。そして真犯人である石暮良平については、その動機はおろか被害者との接点までほぼ完全に伏せられているのが難しいところです。

 “新宿でくるみらしき人物を目撃した”と須坂に告げているのは疑わしいところではありますが、それだけで決定的といえるほどのものではないと思いますし、くるみへの愛の告白も動機がある――しかも直接被害者に向けられるものではない*2――ことを示すにとどまります。つまるところ、綸太郎の推理は“(盲点に入っていた)石暮も犯人たり得る”ことまでで、他の容疑者より犯人らしいと思わせる根拠も明確でなく*3、後は警察の捜査任せになっているのが残念。最後に浮かび上がる石暮の心情は、印象的ではあるのですが……。

「錯乱のシランクス」

 この作品のポイントであるダイイングメッセージですが、足の指しか動かすことができず、犯人の名前もよくわからない状態の被害者が、犯人のわかりやすい特徴である松葉杖に着目し、なじみのある――そしてもちろん書きやすい――“松葉記号”(デクレッシェンド)で表現するというのは、十分に納得できるところです。

 しかしそこから、阿久津宣子の来訪をきっかけとして、被害者が誤読の可能性に思い至っているところが秀逸で、『シランクス』の譜面のデクレッシェンドとアクセントの混乱が事件の遠因となったことから、誤読を避けようと被害者が考えるのは自然でしょう。かくして、一旦は完成したメッセージを(犯人ではなく)被害者自身が改変したことで意味が伝わりにくくなるという、ダイイングメッセージものではおよそ例を見ない*4ものになっているところがよくできています。のみならず、被害者の残したメッセージのちぐはぐさを、ラストで山羊座の神話にうまくこじつけてあるのに脱帽です。

 犯人もなかなか意外ですが、現場への侵入経路を考えれば納得できますし、旅行に偽装するキャリーバッグを松葉杖代わりに使ったところなどよくできています。ただ、大河内遥香の恩師の性別が伏せられているのはややあざとく感じられますし、堤豊秋が死んだ恩師の霊を男性霊”(167頁)としているのは少々やりすぎではないでしょうか。

「ガニュメデスの骸」

 “存在しない息子”の誘拐事件が、(星座にこじつけた(218頁参照))“ペットの亀”の誘拐事件に転じるのはご愛嬌ですが、最後に明らかになる真相――“息子”は“息子”でも嬰児のミイラという真相は何とも凄まじく、唖然とさせられます。一方で、手がかりは不足しており、綸太郎の推理も“妄想”といっても過言ではないものではありますが、実際のところ、この真相につながる効果的な手がかりを示すのは困難だと思われるので、むしろ会話の中で自然に“ミイラ”という言葉を登場させたことを評価すべきかもしれません。

 犯人につながる手がかりもはっきりしたものは見当たりませんが、こちらはこの作品では完全に“おまけ”のようなものなので、個人的にはさほど気になるものではありません。

「引き裂かれた双魚」

 碓田可南子の真意、すなわち“何のために息子の生まれ変わりを探すのか”がポイントになるのは確かですが、“前世の呪い”(257頁)という言葉もさることながら、“生まれ変わり”の志水暁生を殺そうとする行為に端的に表れてしまっているわけで、綸太郎による謎解きを待たずとも大筋では――もちろん育斗少年の死の“真相”は別として――明らかではないでしょうか。

 可南子の“狂気の論理”も大きな見どころではあるのですが、事件になったためにクローズアップされている部分はあるものの、堤豊秋の“理論”を信じ込んでいるのは当初の構図から変わらないわけで、信じた結果としての行動――“生まれ変わり”を迎え入れるか排除するかというところだけが反転しているにすぎないので、今ひとつ面白味に欠けるのは否めません。taipeimonochromeさんおっしゃるところ“ハッタリ憑きもの落とし”――京極堂風(?)の解決は、なかなか愉快ではあるのですが……。

*1: “この趣向をさらに一歩進めたベクトルとしては平凡ながら(たとえば、一人二役を複雑化させるために一人三役するようなカンジ、とでもいうか)”「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音楽 » Blog Archive » 犯罪ホロスコープII 三人の女神の問題 / 法月 綸太郎」より)
*2: 金銭絡みの動機があったことが後に示唆されています(133頁)が、少なくともくるみに話を聞いた時点では、事件に乗じて二人の仲を割こうとしただけという可能性も否定できません。
*3: 作者自身も「あとがき」で、“最後の決め手が伝聞なので、紛れの生じる余地が残されている”(271頁)としていますが、“決め手”というには弱すぎるのではないかと……。
*4: いうまでもないでしょうが、多くの場合は被害者にそこまでの時間的余裕がないわけで、少なくともすぐに思い出せる例はありません(書いている途中で変更した例はあったようにも思いますが)。

2013.01.01読了