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忌館 ホラー作家の棲む家/三津田信三

2001年発表/2008年刊 講談社文庫 み58-1(講談社)
『忌館 ホラー作家の棲む家』

 本書では、現実と作中の“現実”、そして作中作「忌む家」の内容が錯綜しています。それらの関係を簡単な図にしてみました。

[『忌館 ホラー作家の棲む家』の構造]
[現実]
三津田信三
   ↓*1
『忌館 ホラー作家の棲む家』
*2
   ↓
   ↓
[作中の“現実”] 
・信濃目家殺人事件
三津田信三
信濃目稜子
∥        
"津口十六人"
=(?)
津口十六人
信濃目惟人
*3        
↓        
 
[連載小説「忌む家」]
・東雲家殺人事件
 津口十六人
 東雲言人

 まず、作者・三津田信三を取り巻く現実が作中に投影される(*1)とともに、本書『忌館 ホラー作家の棲む家』は作中の“現実”をそのまままとめた(*2)という体裁をとっています。さらにその作中では、“現実”に起きた信濃目家殺人事件が、三津田信三による連載小説「忌む家」の東雲家殺人事件に投影される(*3)形になっています。

 「忌む家」の中に“東雲言人”として登場する信濃目惟人が、“信濃目稜子”として三津田信三の前に姿を現すとともに“津口十六人”の名前を三津田信三の周囲にちらつかせ、三津田信三がその“津口十六人”を「忌む家」に登場させてしまったことで、作中の“現実”と作中作との境界が曖昧なものになっているところが面白いと思います。

 「忌む家」の内容が作中の“現実”を侵食するかのように三津田信三の身辺に起きた変事は、多分に信濃目稜子の仕業によるところがありますが、逆に「忌む家」に作中の“現実”――信濃目家殺人事件が投影されてしまったことの真相は定かではなく、ただ「跋文」において飛鳥信一郎により以下の三つの可能性が示されています。

  1. 忘れていた事件についての見聞の記憶が刺激を受けて蘇った。
  2. 怪奇小説を書きたいという三津田信三の思念と「家の記憶」が結びついた。
  3. 記憶が失われているものの、三津田信三自身が信濃目家殺人事件の犯人だった。

 1.はかなり穏当な解釈であり、それゆえに面白味を欠いている感があります。また、「忌む家」が暴走を始めた当初ならまだしも、これだけの目に遭ってなお見聞したことを思い出せないというのは、今ひとつ釈然としないところがあります。
 2.は完全にホラー的な解釈ですが、凄惨な事件が起きた“場”である家が主体となるというのは、ホラーとしてはややありがちな印象が否めません。
 3.は、信濃目稜子の告発がそのまま真相だったというものですが、英国での交通事故という伏線(126頁)がうまく生かされているところも含めて、ややミステリ寄りといえるかもしれません。そして飛鳥信一郎が指摘しているように、“最も単純で最も納得のいく”解釈(428頁)であるにもかかわらず、当の三津田信三本人が“信一郎は、手紙の最後に妙なことを書いていた”(427頁)とあくまで無自覚であるところがかえって不気味に感じられます。

 いずれにしても、〈人形荘〉で凄惨な事件が繰り返される理由は不明のままであり、“割り切れなさ”の残るホラーのテイストを保ちつつ、その上で部分的に“割り切れる”ミステリ的な解釈を示すというのは、ジョン・ディクスン・カー(以下伏せ字)『火刑法廷』(ここまで)に通じる魅力があると思います。

 そしてまた、“割り切れる”解釈であっても、特に3.の三津田信三が信濃目家殺人事件の犯人だったという解釈に関しては、メタフィクション形式と組み合わさって独特の効果を生じているところが見逃せません。

[メタフィクション形式の効果]
[現実]
三津田信三
[“現実”]
信濃目家殺人事件
↓投影↑逆投影
[小説『忌館 ホラー作家の棲む家』]
三津田信三/信濃目家殺人事件

 まず、作者である三津田信三の周囲の現実が『忌館 ホラー作家の棲む家』の中に取り込まれることで、小説『忌館 ホラー作家の棲む家』擬似ノンフィクション(もしくは“擬似私小説”か)ともいうべきスタイルになっています。ここで取り込まれた現実と作中の“現実”とは渾然一体となり、結果として虚構であるはずの信濃目家殺人事件までもが現実であるかのように作品外へ“逆投影”されることになります(上図参照)。そしてさらに、3.の解釈において実在の人物である三津田信三が犯人だと名指しされることで、作品外へ“逆投影”された信濃目家殺人事件が“現実”としての存在感を増し、不気味な読後感が一層強まっているといえるでしょう。

*

 それにしても、「忌む家」の中で津口十六人が口にする、“すうますんいーるぅとく――”(226頁)“ちっぃうんだすーほとそぐよ――”(231頁)といった呪文のような言葉は、少々悪ノリしすぎの感があります。小林泰三かと思いましたよ(苦笑)

* * *
「西日 『忌館』その後」

 再三にわたって惨劇が繰り返されたという〈人形荘〉の設定が、テキストの入れ子構造と組み合わされることで、“無限反復”であるかのような錯覚を生じているのがうまいところです。

2007.09.26 『ホラー作家の棲む家』読了
2008.07.18 『忌館 ホラー作家の棲む家』読了 (2008.07.19改稿)