ミステリ&SF感想vol.151

2007.10.08
『世界の終わり、あるいは始まり』 『バカミスじゃない!?』 『気まぐれな仮面』 『忌館 ホラー作家の棲む家』 『赤き死の訪れ』



世界の終わり、あるいは始まり  歌野晶午
 2002年発表 (角川書店)ネタバレ感想

[紹介]
 顔見知りのあの子が誘拐されたと知った時、わが子が狙われなくてよかったと胸をなでおろした――小学校低学年の子供を狙った連続誘拐殺人事件が世間を騒がせていた。誘拐された子供の携帯電話から親のアドレスに低額の身代金を要求するメールが送られ、身代金受け渡しの成否にかかわらず子供は短銃で射殺されるという手口だった……。
 食品会社に勤める富樫修は、妻、小学六年生の息子、そして小学一年生の娘とともに、最初の事件が起きた同じ町内に住んでいた。殺された子供が息子の雄介の友達だったことで影響もないではなかったが、まずは平和な生活を送っていた――はずだった……。

[感想]

 子供を狙った連続誘拐殺人事件を描いた、歌野晶午によるかなりの問題作。内容を紹介しづらい作品でもありますし、実際に予備知識なしで読む方が楽しめると思いますが、とりあえず重要なのは以下の2点でしょう。
  • 主人公の身も蓋もない本音に思わず引いてしまうところもあるものの、つぶさに描かれた父親の疑念と苦悩が切実に伝わってくる、非常に興味深い物語となっていること。
  • 随所にミステリとしての仕掛けも盛り込まれているとはいえ、全体としてはオーソドックスなミステリを期待するのは禁物であること。
***
 まず冒頭のパートでは、連続誘拐殺人事件の経緯が客観的な視点から描かれていますが、事件そのものにはさほど見るべきところはありません。ここはあくまでもイントロにすぎず、その後に始まる主人公・富樫修の一人称で描かれたパートこそが本書の見どころです。

↓以下の文章には、本書の内容を多少暗示する記述が含まれています。本書を読む前に先入観を持ちたくないという方はご注意下さい。

 近所で事件が発生し、息子の友人が犠牲となったにもかかわらず、それを他人事にしか感じていなかった主人公ですが、ふとしたきっかけからその運命は暗転します。しかしそれが唐突に突きつけられるのではなく、小さな疑念を自分の手で掘り下げていくことで段階的に確信に近づく形になっているところが秀逸で、主人公の陥る窮地はまったく逃げ場のない、完全に八方ふさがりの状況といえます*1

 そしてそこから先の意表を突いた展開が、本書の最大の眼目といえるでしょう。見方によっては、(一応伏せ字)多重解決の手法を変形ないし応用した(ここまで)趣向ととらえることもできそうですが、(一応伏せ字)それぞれの“解決”が独立した並列的なものでありながら、全体が“フィードバック・ループを通じた最適化のプロセス”ともいうべき性格を備えている(ここまで)ところが特徴的で、その意味では西澤保彦の某作品にかなり近い*2といえるのではないでしょうか。

*1: 疑念を裏付ける傍証を集めたのは他ならぬ主人公自身なのですから。
*2: もちろん、それを支える設定はまったく違っているのですが。

↑ここまで

 物語の背景として浮かび上がってくるのは、オーソドックスなミステリではほとんど描かれることのない*3現実――犯罪や事件が解決後に至っても周辺に及ぼす影響の大きさです。それを受けた主人公の苦悩は読んでいて切実に伝わってきますし、随所に垣間見える自己保身もまた物語にリアリティを与えるのに一役買っています。このように、いつどのように降りかかってくるかわからない危機に直面した主人公の心理が、徹底的に、かつ説得力をもって描かれているところが本書の大きな魅力です。

 ただし、その観点からみていくと、一部にかなり不自然な部分が見受けられるのが気になります。具体的にどのように不自然なのかはここでは指摘しませんが、その原因が部分的に導入されたミステリとしての仕掛けであることは明らかです。作者が本書でやりたかった趣向と、(おそらく)多くの読者が作者に求めていた*4ものとが不幸なバッティングを起こし、結果として中途半端になってしまったというべきかもしれません。

 ある意味で型破りな展開と歩調をあわせるかのように、本書の結末もまた何ともいえない微妙なものになっています。ここで、『世界の終わり、あるいは始まり』という題名の意味を考えると、何かが見えてくるようにも思えるのですが……。

*3: “解決”が最後に配置されるというミステリの構成を考えると、致し方ないところではあります。このあたりに焦点を当てたミステリとしてすぐに思い当たるのは、谺健二の某作品くらいでしょうか。
*4: 本書の発表時点で。現在であればまた少し違ってくるようにも思えます。

2007.09.07読了  [歌野晶午]



バカミスじゃない!? 史上空前のバカミス・アンソロジー  小山 正 編
 2007年発表 (宝島社)ネタバレ感想

[紹介と感想]
 『このミステリーがすごい!』のバカミスコーナー担当・小山正による、バカミス系作家の(1篇を除いて)書き下ろし短編を集めたバカミス・アンソロジーです。
 編者による〈序文〉の中で列挙された「バカミス判定のための10のバロメーター」をみるとよくわかるのですが、当然ながら人によってバカミス観に違いがあるわけで、本書に収録された作品の中にも私見では“バカミス”といいがたいものもあります。が、そこはそれ。アンソロジーとしては多様なバカミスを収録することに意義があるでしょうし、筋金入りのバカミス好きよりもバカミス初心者に向けた入門書のような位置づけととらえるのが適切かもしれません。
 個人的ベストはやはり、圧倒的な破壊力を誇る鳥飼否宇「失敗作」

長篇 異界活人事件」 (辻 眞先)
 東西大学文学部教授・河東太朗とその愛人である学生・寿々木ハンナは、ホテルで食べたフグの毒にあたって急死してしまう。やがて二人は、自分たちが異界――死の世界にいることに気づく。そこに現れた老女は、その世界について様々なことを教えてくれたのだが……。
 どう見ても短編の分量であるにもかかわらず、堂々と“長篇”と題されている怪作。“死の世界”という設定を生かしたドタバタ劇から、いかにも作者らしい結末へと突き進んでいきます。オチにはやはり苦笑。

「半熟卵{ソフトボイルド}にしてくれと探偵{ディック}は言った」 (山口雅也)
 ホテル探偵{ハウス・ディック} をクビになり、私立探偵に鞍替えしたわたしは、失踪したスーザンという娘の行方を追っていた。聞き込みで訪れたシケたバーで、スーザンが娼館のオーナーであるマダムDのもとにいるという情報をつかんだわたしだったが、いざ娼館に乗り込んでみると……。
 唯一書き下ろしでない作品(ただし単行本初収録)。山口雅也らしからぬハードボイルドな雰囲気ですが、破壊力はなかなかのものです。

「三人の剥製」 (北原尚彦)
 ホームズとワトスンのもとに駆け込んできた依頼人は、ケンフォード大ラグビー・チームのキャプテンだった。チームの要となる選手が惨殺され、その生首が学内にあった猟犬の剥製の胴体に載せられていたというのだ。そしてその現場には、“バスカヴィル家の犬男”と記されたカードが……。
 シャーロック・ホームズのパスティーシュ。バカミスらしい真相に、オチもまずまず。ただ、少々後味が悪いのが難点です。

「警部補・山倉浩一 あれだけの事件簿」 (かくたかひろ)
 異動してきてから事件らしい事件に遭遇する機会がなく、謎に飢えていた山倉警部補だったが、ついに発生した殺人事件に俄然やる気を……。
 作者はWEBマガジン「腹藝春秋」の編集長。2本のショートコントをまとめたもので、どちらもニヤリとさせられはするものの、今ひとつ物足りなさが残るのは否めません。

「悪事の清算」 (戸梶圭太)
 代々木警察署・捜査一係の刑事である西村花代は、相棒だった鈴木刑事の自殺を受けて、かつてともに行った悪事の証拠を隠滅しようとする。だが……。
 シュールで不条理な写真小説。普通に漫画でもよさそうなものをあえて人間が演じているところが、バカすぎて涙が出そうになります(?)。

「乙女的困惑{ガーリー・パズルメント}」 (船越百恵)
 このところ、千葉市内で現金輸送車が襲われて現金が強奪される事件が相次いでいた。鮮やかな手口でさしたる手がかりも残さない犯人は、しかし、なぜか一度に一億円までしか奪っていかない。……一方、十六歳の女子高生・相原茅乃は、街中で奇怪な老人と遭遇し……。
 どこまでもスラップスティックなコメディ。人により好みは分かれそうですが、ニヤニヤさせられているうちに事件が解決してしまうスピード感はまずまず。真相はさほどでもありませんが……。

「失敗作」 (鳥飼否宇)
 届いたばかりの『どのミステリがすげえ?』というムックを早速開いた碇有人は、自身が書いた「完膚なきまでの失敗作」と題するコラムが無事に掲載されているのを確認して、大いに満足していた。だが、そこへ背後から殺人者の影が迫り、渾身の力で凶器を振り下ろしたのだ……。
 『本格的 死人と狂人たち』などの谷村警部補と南巡査部長のコンビが登場する作品。内容の方は、よくこんなことを真面目に(?)考えるものだと感心させられるとともに、あまりにもすさまじい破壊力に脱力を禁じ得ません。

「大行進」 (鯨 統一郎)
 気の強い美女と初老の外国人を相手に小石川のバーで飲んでいた僕は、“もしそうだとしたらどうします?”という言葉を口にした途端、何かが判りかけた。そしてついに“真理”をつかんだ興奮に、店を出て意気揚々と歩き始める。と、そこへ次々と声をかけてくる人々が……。
 『邪馬台国はどこですか?』などのシリーズの番外編(?)でしょうか。もはやミステリなのか何なのかわかりませんが、ここまでやってくれるとさすがに壮観です。

「BAKABAKAします」 (霞 流一)
 山奥の村に住む伯父・阿久沢のもとを訪ねた私。ちょうどそこには、雑誌の取材陣が滞在していた。だが翌朝、阿久沢が首と腕を切断された無残な死体となって発見される。そして犯行があったと思しき真夜中、現場付近から“パカパカ、バカバカ”といった奇妙な音が聞こえていたらしい……。
 最新作『夕陽はかえる』の前日談となるエピソードです(ただしこれはこれで完結しています)。短編なのでさすがに“怒涛の消去法”はありませんが、バカトリックは健在。特にトリックの種類とそれを成立させる小道具(?)との意外な組み合わせが秀逸です。ただ、最後の“アレ”はいかがなものかと思いますが……。

2007.09.13読了  [小山 正 編]



気まぐれな仮面 The Unreasoning Mask  フィリップ・ホセ・ファーマー
 1981年発表 (宇佐川晶子訳 ハヤカワ文庫SF645・入手困難

[紹介]
 一万年もの間テノルト人たちが信仰し続けてきた偶像神グリファ。淡いクリーム色に輝く卵のようなその物体を、地球の宇宙船〈アル・ブラク〉の船長ラムスタンが盗み出してしまった。直ちにテノルト人の宇宙船〈ポパカピュ〉がその追跡にかかり、〈アル・ブラク〉は逃亡を余儀なくされる。だが、ラムスタン船長の不可解な盗賊行為は、グリファ自身の意志によるものだったのだ。やがて未曾有の危機が訪れる中、ラムスタン船長は運命に操られるかのように恐るべき秘密へと迫っていく……。

[感想]

 米村秀雄氏の解説によれば、本書を指して“メタフィジカル・スペース・オペラ”と評する向きもあるそうで、その言葉の通り、スペース・オペラ的な軽快さの中に重厚なテーマを秘めた作品となっています。あるいは、B.J.ベイリーなどの“ワイドスクリーン・バロック”にも通じるところがあるように思います。

 “生きている”宇宙船〈アル・ブラク〉、惑星をも破壊し得る恐るべき存在ボルグ、そして言葉をしゃべる卵形の“神”グリファなど様々なガジェットが(一見すると)脈絡なく盛り込まれ、物語の筋道がなかなかつかめない前半はまさにカオス。主人公のラムスタン船長がイスラム教徒であるためにかもし出されるエキゾティシズムのようなものも相まって、深い意味がありそうでなさそうなよくわからない世界が構築され、若干の読みづらさはあるもののなかなか魅力的なものになっています。

 それが後半になると、物語の焦点が次第にはっきりしてくる分、収束感のようなものが漂い始めるのが残念。中心に据えられた壮大なバカアイデアには圧倒されますし、どこか山田正紀に通じるものを感じさせる無謀で悲壮な構図なども好みではあるのですが、それでも物語前半に感じた魅力がどんどん薄れていってしまうのには落胆を禁じ得ません*

 物語の結末も、どちらかといえばありがちなところに落ち着いてしまった感がありますが、潔い幕引きは好印象。全体的にみて少々微妙な作品ですが、個人的な好みに大きく左右されるところもありそうです。

*: 内容を把握した上で再読すれば、また印象は違ってくるかもしれませんが。

2007.09.23読了  [フィリップ・ホセ・ファーマー]



忌館{いかん} ホラー作家の棲む家  三津田信三
 2001年発表/2008年刊 (講談社文庫 み58-1)ネタバレ感想

[紹介]
 ホラー関係の書籍を手がける編集者・三津田信三は、日本ホラー小説大賞の応募原稿の中に、自分が作中に登場する、しかしまったく覚えのない作品があったことを知らされて不安を抱く。そんな中、偶然発見した雰囲気十分の洋館〈人形荘〉に魅せられた三津田は、同人誌『迷宮草子』に連載する予定の怪奇小説のアイデアが浮かぶことも期待して、そこに住むことに決めたのだった……。
 ……かくして三津田は〈人形荘〉をモデルにした怪奇小説「忌む家」の連載を開始し、やがて愛読者という女性との付き合いも始まるなど、すべてが順調に思われたのだが、次第におかしなことが起こり始め……。

「西日 『忌館』その後
 〈人形荘〉での体験をまとめた『忌館 ホラー作家の棲む家』を上梓した三津田信三のもとに、ある日奇妙な手紙が届いた。〈人形荘〉に興味を持ったという手紙の主K.F氏は、ついに自ら〈人形荘〉で暮らし始め、そこで驚くべきものを発見したというのだ。逡巡の末、再び〈人形荘〉を訪れた三津田だったが……。 

[感想]

 本書は、三津田信三の第1長編『ホラー作家の棲む家』を改題・加筆修正の上、さらに後日談として発表された短編「西日 『ホラー作家の棲む家』その後」を(こちらも改題・加筆修正を施して)収録し、文庫化したものです。
* * *
 現在は、『厭魅の如き憑くもの』に始まる〈刀城言耶シリーズ〉に代表されるような、ホラーとミステリの融合に挑み続けている作者ですが、その第1長編『忌館 ホラー作家の棲む家』はミステリを隠し味とした幽霊屋敷ものであり、ミステリファンが読んでも十分に楽しめるとはいえ、軸足はやはりホラーの方に置かれているというべきでしょう。

 まず目を引くのが、“三津田信三”自身を主人公とするなど現実を作中に取り込んだメタフィクションの手法で、ホラー関係の編集者として『ワールド・ミステリー・ツアー13』という叢書などを手がけ、また「霧の館 迷宮草子 第一話」*という作品が鮎川哲也編『本格推理3』に掲載されるなど、“三津田信三”を取り巻く現実が徹底的に作中に取り込まれています。それによって、作中に盛り込まれた虚構と現実との境界が曖昧となり、舞台となる〈人形荘〉が奇妙なリアリティを獲得しているのが面白いところです。

 加えて本書では、作中で三津田信三が自身の住む〈人形荘〉をモデルにした怪奇小説「忌む家」を書き始めることで、“現実”と“虚構”とがますます錯綜していきます。とりわけ、作中の“現実”と作中作とを切り替える際に、積極的に両者の境界を曖昧にするような巧妙な演出が施されているところが秀逸。また、『忌館 ホラー作家の棲む家」「忌む家」というテキストの入れ子構造を具現化するかのような、〈人形荘〉と(一応伏せ字)ドールハウス(ここまで)との組み合わせによる演出も実に見事です。

 「忌む家」の内容が書き手である三津田信三の思惑を離れて動き始め、それに引きずられるように作中の“現実”が変容していく展開にも、単なる“お約束”にとどまらない工夫が凝らされており、恐怖と興味の“両輪”で読ませるところはさすがです。と同時に、二重三重に〈人形荘〉がホラーの“場”として描かれることで、その存在感がますます高まっていくところもよくできています。

 “現実”と“虚構”の融合と暴走がどこまでも加速していく終盤は圧巻。そして、ホラーとしての“割り切れなさ”を残しつつも、“割り切れる”ようでもある部分をも盛り込んだ、後の作品にも通じる何ともいえない結末が印象的です。メタフィクションの手法を存分に生かし、ホラーとしての魅力をしっかりと備えた上でミステリ的な味わいも盛り込んだ、なかなかの快作といえるのではないでしょうか。
* * *
 一方、後日談となる「西日 『忌館』その後」は、これまたメタフィクショナルな手法が効果的な作品です。『忌館 ホラー作家の棲む家」で語られた〈人形荘〉の“設定”がうまく利用され、小品ながらも奥行きのある作品に仕上がっているところが見事です。

*: その後、次作『作者不詳 ミステリ作家の読む本』に作中作として(おそらく一部が)収録されています。

2007.09.26 『ホラー作家の棲む家』読了
2008.07.18 『忌館 ホラー作家の棲む家』読了 (2008.07.19改稿)  [三津田信三]
【関連】 『作者不詳 ミステリ作家の読む本』 『蛇棺葬』 『百蛇堂 怪談作家の語る話』 / 『シェルター 終末の殺人』



赤き死の訪れ The House of the Red Slayer  ポール・ドハティー
 1992年発表 (古賀弥生訳 創元推理文庫219-03)ネタバレ感想

[紹介]
 1377年、クリスマスを間近に控えた極寒のロンドン。数日前に奇妙な手紙を受け取ってから異様に怯えていたロンドン塔の城守ラルフ・ホイットン卿が、塔内の居室で殺害された。さらに、同じような手紙を受け取った卿ゆかりの者たちが、次々に奇怪な状況下――誰もいないのに鳴った警鐘がきっかけで城壁から転落する者、深夜に誘い出されて首を切られる者、そして――で死んでいく。アセルスタン修道士とクランストン検死官の二人は、それぞれに個人的な問題を抱えつつ、事件の捜査にあたるが……。

[感想]

 『毒杯の囀り』に続く、検死官書記アセルスタン修道士を主役としたシリーズの第2作です。コンビを組む検死官ジョン・クランストン卿ともども、前作ではなかなか魅力的な人物として描かれていましたが、今回はそれぞれに個人的な難題を抱えて苦悩する姿が、物語に深みを与えています(一応伏せ字)(ジョン卿の方は見え見えですが/苦笑)(ここまで)

 酷寒のロンドン塔で起きた最初の事件は、密室のようで密室ではないという状況が絶妙で、大いに興味を引かれます。また、被害者が誰からも憎まれていたらしいということもあって捜査は難航しますが、やがて浮かび上がってくるのが「序章」で描かれた一場面に関わる因縁で、次第に伝奇小説的な雰囲気が強まっていくのも見どころです。

 やがて第二、第三の事件が立て続けに起きる上に、アセルスタンを悩ます墓荒らし事件も深刻なものになってくるなど、読者を飽きさせない盛りだくさんな内容も見ごたえがあります。一つ一つのトリックなどはさほどのものではありませんが、それぞれによく考えられているという印象を受けます。特に、歴史ミステリならではの墓荒らし事件の真相は秀逸です。

 アセルスタンが些細な手がかりをもとに真相に至る過程もよくできていますし、すべてが次々と解き明かされる解決場面も見事です。そして、過去の因縁が背景となっている事件ならではの、犯人の豹変もまた印象的。総じて、歴史伝奇ミステリとしてはなかなかの傑作といっていいのではないでしょうか。

 前作で少々閉口させられた14世紀ロンドンの不潔描写がかなり控えめなこともあり、前作より本書の方が取っつきやすいようにも思われます。興味のある方は、本書を先に読み始めるのもいいかもしれません。

2007.09.29読了  [ポール・ドハティー]
【関連】 『毒杯の囀り』 『神の家の災い』


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