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織姫かえる/泡坂妻夫

2008年発表 (文藝春秋)

 一部の作品のみ。

「消えた百両」
 百両の隠し場所そのものも面白いと思いますが、冒頭の“今年はどういうわけか鼠が多い”(11頁)という何気ないやり取りが伏線となっているところがよくできています。
 しかしそれ以上に印象に残るのは、気丈にも新八を取り押さえ、その罪を軽くするために百両を隠したおよしの心情です。

「願かけて」
 “見えない人”ならぬ“見ない人”トリックといったところでしょうか。
 辰がいうように苦しまぎれではあるのですが、“賊を捕らえる”という善行ができず逃げられたために、“賊を逃がす”ことを善行だとするように頭を切り替えて、積極的にそれを行った釘抜屋善一郎の心理は、見事に(苦笑)自己完結している感があります。

「千両の一失」
 珍しく辰の失敗が描かれた作品ですが、“一両ぐらいで手を下すことはないでしょう。”(113頁)と除外した仙助が下手人だったというのが皮肉です。

「菜の花や」
 辰の解決(147頁)では、“古池や”の句から“菜の花や”の句へと変化していったことになっていますが、一見すると逆方向でも成立しそうに思えます。ただ、“月は東に”の部分が“蛙とびこむ”と比べると汎用性が高いため、逆方向よりも辰の解決の方が自然に感じられます。

「蟹と河童」
 なかなか謎らしい謎が出てこないのでどうしたことかと思いましたが、千吉の行動に隠された真の意味が最後に明らかになるところがよくできています。
 なお、作中には“この男は駿河の茶兵衛という盗賊の首領で”(170頁)とありますが、駿河の茶兵衛は「織姫かえる」ですでに捕らえられているはずでは?

「五ん兵衛船」
 題名でネタバレしていますが、“権兵衛”ならぬ“五ん兵衛”という駄洒落の趣向が、何ともこの時代らしく感じられます。
 茂兵衛を憎んでいた客の犯行を否定する辰の推理は、逆説的でなかなかよくできていますが、“ただの過失死”(180頁)と解釈され得る状況であれば、あえて犯行に及んだ可能性も否定できないのではないかと思います。

「だらだら祭」
 吹矢のトリックについては、煙管が普段から口にするものであるだけに、意外性という点で物足りなく感じられるのは否めません。
 また、事件の背景が「五ん兵衛船」酷似しているところが、やや面白味を欠いています。

2008.09.03読了

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