氷菓/米澤穂信
- ・密室になった教室の謎
たわいないといえばたわいない謎ですが、さしたる実害はないとはいえ千反田えるその人が“被害者”となることで、
“わたし、気になります”
(29頁)という“決め台詞”(?)が出てくるのも自然というか何というか……(苦笑)。解決につながる直接の手がかりとなる床からの音もさることながら、古典部部室である地学講義室を校舎のはずれに位置させ、また福部里志を鍵管理システムに詳しい人物として登場させる(*1)など、他の仮説を排除するための材料をしっかりと配置してあるところがよくできています。
- ・毎週借り出される本の謎
毎週同じ日の午後だけ借り出される――放課後には返却されている――ことをよく考えれば、それが授業中に使われていたことに思い至るのも、さほど難しくはないかもしれません。
借り出した生徒どころかそのクラスまで違っているのがミスディレクションとして機能している部分がありますが、奉太郎自身が独白している(68頁)ように、別のクラスの生徒が一緒に受ける授業があることは「伝統ある古典部の再生」ですでに示されており(→
“体育と、芸術選択科目だ”
(16頁))、ミスディレクションであると同時に真相への手がかりにもなっているのが秀逸です。“刺激臭です。シンナーのような”
(64頁)というえるの台詞は若干微妙ですが、真相が見え見えになってしまうのを避けるためにはぎりぎりのところでしょうか。- ・見つからない文集の謎
まさか赤外線センサーまで設置されているとは思いませんでしたが(苦笑)、消臭スプレーと換気の様子から匂いが問題であることは比較的わかりやすいと思いますし、後ろ暗いところのありそうな遠垣内の態度から、こっそり煙草を吸っていたことを見抜くのも難しくはないでしょう。
これを謎として成立させる上では、「名誉ある古典部の活動」で他の誰もわからなかった絵の具の匂いに気づいたほど鋭いえるの嗅覚が“障害”となるわけですが、あらかじめ夏風邪を引かせておくことでそれをクリアしてあるあたりは周到というべきでしょう。
- ・三十三年前の謎
「栄光ある古典部の昔日」では、各自が資料を持ち寄って読み解き、その裏に隠された過去の事実を掘り起こすという、まさに歴史ミステリ的なスタイルになっているのが面白いところですし、“推理合戦”風の趣向の中でそれぞれのキャラクターが印象づけられ、最後に探偵役たる奉太郎が説得力のある“真相”を導き出しているところがよくできています。
資料の中の“○”と“□”の違いもいわれてみれば納得できるところです(*2)し、
“文化祭は今年も五日間盛大に行われる。”
という一文の不自然さがクローズアップされるところも秀逸。そして、関谷純が退学になったタイミングについての推理が、何とも非情なものを感じさせます。かくして奉太郎が見事に解き明かしたかにみえた“真相”に、さらに“奥”があったという二段構えの謎解きもよくできていますし、物語当初から奉太郎を導いてきた(ようにも思える)姉の供恵からの電話がきっかけとなっているのも相まって、“探偵役の限界”が示されることになっているのも興味深いところです。
“氷菓”という奇妙な題名に込められた真相は、それだけをみれば脱力もののダジャレではありますが、心ならずも運動の中心に祭り上げられた末に学校を追われることになった関谷の、(おそらくは)最後まで誰にも伝えることのできなかった無念の密やかな表明であることを思えば、単なるダジャレで済ますことのできない実に重い真相だといえるでしょう。
*2:
“凡例がついてない”(171頁)というのはいささか不親切に過ぎるようにも思われますが、並んでいる出来事をよく見比べてみれば、見当をつけることは可能でしょう。
2012.02.17読了