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五十坂家の百年/斉木香津

2015年発表 (中央公論新社)

 「第一章」の過去パートは、公一郎の妻となった弥生が殺人に慣れていく経緯*1を描いた犯罪小説のような趣となっています。生活苦への不安に加えて(弥生自身は否定しているものの)積年の恨みから、公一郎と共謀して璃理子を殺害したのを手始めに、“一度やってしまったら、二度目は簡単か”(137頁)を地で行くように、無理矢理に抱かれた屈辱*2から公一郎を殺害し、さらには義父と義母を事故に見せかけて殺害するという凄絶な有様です。もっとも、それぞれの犯行の間にそれなりの間隔が置かれているところをみると、“慣れた”とはいえぎりぎりのところまで持ちこたえようとしたことがうかがえて、悲哀を感じさせます。

 しかして、その後に当の弥生が大怪我を負ったのが、蘭子と蝶子の仕業であることは状況からみて明らかですが、終盤に明らかにされるその動機――というよりも原因となった口減らしの計画――わが子の聡子まで手にかけようとする計画が、これまた何とも壮絶です。と同時に、その計画を腕ずくで阻止するのみならず、弥生に仕事を与えて事態を解決した――幼いながらもそこまでせざるを得なかった蘭子と蝶子の姿が印象に残ります。

 さて、「序章」“飛びぬけて小柄”な人骨が璃理子のものであり、また他の三つの中で“一番古い”(いずれも8頁)ものが公一郎であることは確実ですし、「第二章」で夜釣りに出かけて事故にあったとされている(146頁~147頁)蝶子の夫・善美がやはり殺されて埋められていたことも見え見えですが、かなりの部分があからさまに描かれているだけに、それだけでは「序章」の人骨と被害者の人数が合わないことに、もやもやさせられるのがお見事。死体発掘の場面を冒頭に置いた構成を巧みに利用した、ユニークな謎といえるのではないでしょうか。

 「序章」四体の人骨が掘り出されているので、隠された事件が存在することは間違いないのですが、作為的なところのある勝治と子供たちの成田行きと、その間に起きた身元不明の子供の溺死事件とから、事件の起きたタイミングは見当をつけることができなくもないものの、被害者が誰なのかを見抜くのは不可能に近いでしょう。とはいえ、突然の帰郷や急に璃理子の部屋を避けるようになったことなど、聡子のやや不自然な行動が伏線となっていますし、蘭子と蝶子が自殺の現場まで移動した手段が真相解明の糸口となるところもよくできています。

 最後には、由羽が秘めた殺意まで飛び出してくるのにしてやられました。“キツネノテブクロ”(180頁)(→「ジギタリス - Wikipedia」を参照)の毒性は有名*3なので、読んでいて少々引っかかったのですが、“キツネづくし”の植物がすべて有毒だとは知らなかったのが不覚。アルバイト募集条件の手がかりも言われてみればなるほどという感じですが、そこで嘘をついたこと自体に由羽の動機がにじみ出ている感もありますし、その動機が璃理子の望んだ生き方と微妙に“連鎖”しているようにも思えるところも何ともいえません。ここで殺人の連鎖が断ち切られたことに、読者としても安堵させられます。

*1: 最初に璃理子を殺害する前の“たぶん、私のほうが慣れているから”(131頁)という台詞が暗示的ですし、それが後の蘭子・蝶子の“私たちは慣れてるから平気”(283頁)という言葉へと“連鎖”していくのが印象的です。
*2: 璃理子を殺害した罪の意識から、公一郎の盗癖が再発してしまったことがきっかけになる、という流れもよくできています。
*3: それこそ作中で言及されている“アガサ・クリスティ”(296頁)の作品(→『火曜クラブ』収録の「毒草」)など。

2015.11.24読了