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異世界の名探偵2/片里 鴎

2020年発表 レジェンドノベルス(講談社)

 「読者への挑戦」で、“・叙述トリックの一種が存在する。”(205頁)と大胆に宣言されているのが面白いところで、これはもちろんその直前の殺し合いの演技を指しているのでしょうが、謎解きには直接関係がないので律儀というか何というか。“誰も明らかな傷を負ったり、血を流したりしてない”(230頁)*1中で、ウォッチが口の中を噛み切ることで“血が一筋こぼれ出る”(194頁)のが効果的ですし、ヴァンが意図せずシロナの注射を受けたために反応が自然になっているのがうまいところです。

 さて、作中でヴァンが“材料がありすぎるのが問題”(163頁)としているように、ブラドの不可能な毒殺、ハントとモーラの“密室殺人”、さらにその後の不可解なキジーツの死に様など、どこから手をつけていいのかよくわからないのが困ったところですが、犯人探しに対しては遠回りにも思える、“帰らずの地下迷宮”というダンジョン自体の秘密が糸口となるのが巧妙。

 その秘密については、ヴァンの見た夢(164頁~165頁)がかなり露骨なヒントになっている*2ものの、塔が地震のせいで丸ごと地中に埋まった結果、入り口と奥が逆になっているという豪快な真相*3は、やはりインパクトがあります。RPGと違ってモンスターのステータスの数値がわかるわけではありませんが、上の階のモンスターの方が手ごわいことは十分に示されているので、早い段階で真相を見抜くことも不可能ではないかもしれません。

 ……と、ここまで書いて思い出しましたが、日本ファルコムのゲーム「ブランディッシュ」(1作目)(→WikipediaPSP版公式サイト)が、ダンジョンのほぼ最下層まで転落したところから始まり、丸ごと地下に沈んだ塔(!)を含む地下ダンジョンを上に登って地上を目指す形――上に行くほど強いモンスターが出てくる――だったので、そのダンジョンを地上から攻略しようとすると本書のような事態になるのかも……いや、いきなりラスボスが出てくるので即死です(閑話休題)。

 単にダンジョンが“逆”になっているだけでなく、壊れた帰還石を置くことで意図的に“偽の入り口”が作られているのが注目すべきところですが、「読者への挑戦」“・プロローグはヒントの役割を果たしている。”(205頁)とあるように、「プロローグ」悪意(9頁)の存在がしっかり示されており、迷宮に必要なのは“そこで迷う人間(7頁)という引用と併せて、巧みに真相が暗示されているといえます。

 ダンジョンの本当の入り口が別にあるとすれば、そこにあるはずの本物の帰還石*4を使って“密室殺人”を演出することも難しくない*5のは確か。そして何より、本当の入り口に至る別ルート――ダンジョンの外側を通るルートがあると考えれば、“ディガー”たるモーラが犯人であることは明らかで、その死体が見つかっていないことにも符合します。

 作中では続いて、“シャドウなんて存在しないという前提でそこから考えたら”(215頁)として、“シャドウがいた”と口にした(143頁)ハントも犯人側と結論づけられていますが、読者からすると、「読者への挑戦」“シャドウは存在しない”(205頁)と明言された時点でハントに、ひいてはモーラにも疑いが向いてしまうことになりかねないのが難しいところではあります*6。いずれにしても、モーラとハントが怪しいとなれば、ブラドも含めての仲間割れという構図にも納得です。

 そのブラド殺しの真相は、ブラドが入った鉄の箱を“密室”ととらえれば、犯行後に被害者が自ら密室を構成した、いわゆる“内出血密室”の変形であり、明かされてみるとそれしかないといえますが、ブラドの痛覚が鈍い体質によって犯行が巧みに隠されているのがお見事ですし、手のひらの火傷の逸話が手がかりとなっているところもよくできています。

 “帰らずの地下迷宮”のプロデュースという、およそファンタジー風の世界らしからぬとも思える動機が非常に面白いところですが、ブラド、ハント、そしてモーラの三者三様の思惑――そのずれが事件を招いたあたりも印象的で、本書の帯にある千街晶之氏の“本書の登場人物の複雑な思惑を解きほぐすのは、地下迷宮の攻略より困難だ”という推薦文が、実に言い得て妙です。

*1: “ウォッチの背中に(中略)ナイフが突き立てられた”(193頁~194頁)や、“ナイフが、しっかりとシロナのローブの、胸のあたりを貫いていた”(198頁)というのは、ジンのナイフに仕掛けがあったと考えるのが妥当かもしれませんが、説明不足なのは否めません。
*2: キジーツのダイイングメッセージ(逆向きに持ったナイフ)もありますが、そちらは体の中から外へ逆向きに刺さった(ように見える)無数の刃物のせいで、“森の中に隠された木の葉”になってしまっている感があります。
*3: 某国内長編((作家名)島田荘司(ここまで)(作品名)『暗闇坂の人喰いの木』(ここまで))を思い起こさせるところがあります。
*4: ……といいつつ、帰還石が剣でも魔法でも“傷一つできることはない”(41頁)のであれば、偽の入り口に置かれている壊れた帰還石はどこから持ってきたものなのか――と考えると、そこまで確実とはいえないようにも思われます。
*5: むしろ、“密室殺人”――というか少なくともハントが瞬時に“消失”したことが、本物の帰還石の存在を暗示しているというべきかもしれません。
*6: 「読者への挑戦」では、“・犯人は登場人物紹介に名前があがっている人物である。”(205頁)までにとどめておいてもよかったのではないか、とも思われるのですが……。

2020.09.16読了