異世界の名探偵1 首なし姫殺人事件
[紹介]
警察官を辞めて私立探偵になったミステリマニアの俺は、もめごとに巻き込まれて命を落とした――だが、記憶を持ったまま、モンスターやダンジョンが存在する剣と魔法の世界に転生したのだ。ヴァンと名付けられた俺は、前世からの知識や記憶を応用して魔術の才能を発揮し、王都の国立学校に特待生として入学する。そして入学から三年、王族から表彰を受けるほど優秀な成績を収めた俺だったが、その表彰式の最中、惨劇が起きてしまう。密室状況の聖堂の中で、聖女の生まれ変わりとされるヴィクティー姫が、血まみれの首なし死体となって発見されたのだ……。
[感想]
「小説家になろう」で連載されていたもの(*1)を書籍化した作品で、ファンタジー風の異世界に転生した主人公の活躍を描く異世界転生ものに、「読者への挑戦」まで盛り込んである本格的な謎解きを組み合わせた、異色のファンタジーミステリとなっています。
まず物語序盤、異世界に転生した主人公・ヴァンが、転生前の科学知識を生かして魔術の才能を発揮していく過程が見どころで、魔術の使い方にそれなりの理論的な裏付けを与えてある――突っ込みどころはありますが(*2)――のが面白いと思います。加えて、ヴァンがその魔術の才能で国立学校に入学した後、ファンタジー世界にはあまりそぐわない探偵となるために、有力な貴族の友人の協力も得ながら捜査制度の改革まで構想していく展開は、実にユニークで興味深いものがあります。
やがて発生する事件は、被害者/容疑者といい不可能性/不可解性といい、まさに大事件というよりほかないもので、これ以上ないほど見ごたえがあります。特に不可能状況については、設定からして何らかの形で魔術が使われていることは明らか(*3)なのですが、なかなか一筋縄ではいかない――というのも、作中でたびたび“魔術の限界”が具体的に説明されているからで、魔術だからといって“何でもあり”になってしまわないよう、土台がしっかりと作り上げられている感があります。
ファンタジー世界が舞台ということで、“できること”と“できないこと”をはっきりさせるために、「読者への挑戦」で推理の前提条件が丁寧に列挙されている(*4)のも好印象。実のところ、とある理由で犯人だけは見当がつくのですが、解決篇でじっくりとロジックを積み重ねて解き明かされていく真相――特にハウダニット――は非常に見事です。と同時に、それを成立させるために設定を細部までよく考え抜いてあるのが注目すべきところで、ファンタジーミステリ(特殊設定ミステリ)としてよくできた作品といえるでしょう。
また、旧題の「ファンタジーにおける名探偵の必要性」にも表れているように、ファンタジー世界が舞台であるからこそ“名探偵の位置づけ”に注力されている本書は、(これまた異色ながら)“名探偵テーマ”としても見逃せない作品となっています。そのあたりも含めて、異世界転生ものとミステリを単純に組み合わせただけではなく、“異世界転生もの+ミステリ”という組み合わせの可能性を徹底的に追究した結果の産物といってもよさそうな、意欲的な傑作です。
*2: 野暮な突っ込みかとは思いますが、何もない掌の上に炎を出す――炎が
“掌でめらめらと燃え続けている”(22頁)というのはやりすぎでしょう(気持ちはわかりますが)。作中では、
“酸素と燃焼系の気体”(21頁)を掌に集めて魔力で加熱する、とされていますが、水素などの可燃性の気体は空気中にごく少量しかないので、周辺から集めてもすぐに“燃料切れ”になるはずです(ファンタジー世界なので地球とは大気の組成が異なるとしても、炎を安全に使うことができている限りは、可燃性の気体はやはり少ないと考えられます)。
ついでにいえば、その後の国立学校の入学試験(魔術試験)も、順番が後になるほどその場の材料が減って不利になるのではないでしょうか。
*3: むしろ、魔術でも使わないことにはどうにもしようがない、といった方が適切かもしれません。
*4: 例えば、
“・物語内に描写や言及のない高度な科学技術が使われてはいない。”など。
2020.09.09読了
異世界の名探偵2 帰らずの地下迷宮
[紹介]
“首なし姫殺人事件”を見事に解決し、“パンゲアの七探偵”の一人とまで評されるようになったヴァンは、高名な貴族ベントの屋敷に招かれ、地下迷宮の攻略を依頼される。潜入した冒険者の大半が命を落とすというその迷宮は、“帰らずの地下迷宮”と呼ばれていた。ヴァンは八人の名だたる冒険者たちとともに迷宮に挑むことになったが、攻略が順調に進んでいたのも束の間、一人、また一人と冒険者たちが不審な死を遂げていく。一同が疑心暗鬼に陥る中、ヴァンは事件を解決して迷宮から帰還することができるのか……?
[感想]
『異世界の名探偵1』に続くファンタジーミステリのシリーズ第二弾で、今回はRPG的なファンタジー世界ならではのダンジョン攻略をお題としつつ、その中で起きる不可能犯罪が扱われた、およそ知る限りでは例のない“ダンジョンミステリ”となっています(*1)。
魔術に秀でているとはいえ探偵が本業のヴァンが、冒険者とともにダンジョン攻略に参加するのは一見不思議な気もしますが、“帰らずの地下迷宮”の所以の一つに不可能犯罪めいたものがあり、その対策として探偵が求められる……といった具合に(*2)、ヴァンが攻略に関わる経緯がうまく考えられています。そして攻略に参加するメンバーは、いずれも一癖ありそうな面々ばかりで、変事を予感させる不穏な気配が十分です。
はたして、ダンジョン攻略の最中に発生した強力すぎる不可能犯罪を皮切りに、奇怪な事件が相次いで発生し、事態は混迷を深めていきます。個々の事件の不可解さもさることながら、事件の全体像が今ひとつ判然としないこともあり、残されたメンバーが疑心暗鬼に陥るのも当然といったところで、誰も信用できない極限状況の中、物語が思わぬクライマックスを迎えるのが大きな見どころの一つです。
前作同様に「読者への挑戦」――推理の前提条件がきっちり示されているのも前作のとおり――を挟んで行われる謎解きは、しかし前作とはだいぶ違った趣(*3)。ロジックが前面に押し出された前作に比べると“変化球”気味ではありますが、ある部分で豪快な真相は非常に面白いと思いますし、事件の背後に横たわる思惑も強く印象に残ります。前作とはやや違った路線でファンタジーミステリの魅力を示した快作といっていいのではないでしょうか。
2020.09.16読了