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ジャンピング・ジェニイ/A.バークリーJumping Jenny/A.Berkeley |
1933年発表 狩野一郎訳 世界探偵小説全集31(国書刊行会) |
この作品では合計五つの“真相”(登場順に、「チャーマーズによる殺人」、「シェリンガムによる殺人」、「デヴィッドによる殺人」、「自殺」、「マーゴットによる殺人」)が提示されており、いわゆる多重解決形式となっています。しかし、典型的な多重解決形式である『毒入りチョコレート事件』と比較すると、両作品には明らかな違いがみられます。 『毒入りチョコレート事件』では、<犯罪研究会>のメンバーたちが順番に自身の“解決”を発表していくという形式になっています。つまり、すべての“解決”が登場人物たちの間で共有されているわけで、登場人物たちは読者と同様にすべてを知り得る立場にあるといえます。 これに対して、本書では事情が異なっています。登場人物たちの多くが認識するのは、「自殺」という警察による“真相”のみ(ストラットン兄弟はシェリンガムの疑惑に気づいていますが)。シェリンガムとニコルスンはそれぞれ独自の“真相”に到達していますが、「チャーマーズによる殺人」・「マーゴットによる殺人」という“真相”には気づいていません。警察によるものも含めてすべての“真相”を知り得たと考えている彼ら二人にとっては、まさに『毒入りチョコレート事件』と同じような構図といっていいでしょう。 しかし本書では、「チャーマーズによる殺人」という“真相”が読者に向けて提示されています。この“真相”は(当事者であるチャーマーズ、及びマーゴットを除いて)登場人物の誰も知り得ないもので、これによって読者は登場人物たちよりも上位の視点から見下ろしている形になります。すなわち、作中に登場する複数の“解決”に階層構造が存在するというのが『毒入りチョコレート事件』との大きな違いになっているのです。 ところが、本書のラストでバークリーはさらに「マーゴットによる殺人」という真相を提示しています。ほとんど伏線もなく(第4章でチャーマーズがイーナの死亡を確認していないこと、そしてチャーマーズとすれ違うようにマーゴットが屋上へ向かっていたこと、などが挙げられるでしょうか)、読者が手がかりに基づく推理によってこの真相に到達するのはまず不可能だと考えられますから、この真相はさらに上の階層に位置していることになります(下図参照)。
主役のシェリンガムはすべてを知り得なかったために誤った“真相”に到達し、“迷探偵”となってしまいます。読者にはその誤りが早い段階でわかっているために、彼の活躍ぶりをニヤニヤしながら見守ることになるでしょう。しかし、バークリーは読者が知り得なかった真相を突きつけることで、読者をシェリンガムと同じ立場に突き落としている、といえるのではないでしょうか。 2002.12.03読了 |
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