ミステリ&SF感想vol.49

2002.12.12
『一千億の針』 『ジャンピング・ジェニイ』 『はじまりの島』 『ソルトマーシュの殺人』 『一角獣をさがせ!』


一千億の針  Through the Eye of a Needle  ハル・クレメント
 1978年発表 (小隅 黎訳 創元推理文庫SF615-4)ネタバレ感想

[紹介]
 犯罪者を追って地球にやってきたゼリー状の異星人“捕り手”が、バブ少年に寄生するようになってから7年。大学を卒業して故郷の島へと戻ってきたバブは、体に変調をきたしていた。“捕り手”にも治療することのできない、原因不明の脱力感と痛み。“捕り手”は母星の生化学者に助力を求めようとするが、そのためにはまず海底に沈んでいるはずの宇宙船を探し出さなくてはならない。だが、宇宙船の捜索が遅々として進まない中、バブの周囲で奇妙な事件が起こり始め……。

[感想]

 『20億の針』の続編です。SF設定の中の犯人探しだった前作に対して、今回はストレートなSFとして物語が始まっていますが、中盤以降バブの周囲で事件が相次ぎ、ミステリ的な要素が強くなっていきます。終盤、“捕り手”が解き明かした真相を説明する場面などは、本人(?)も認めているようにミステリそのもの。純粋にミステリとしてよくできているというわけではありませんが、ミステリの手法を効果的に使うことで、うまく読者の興味をひいています。

 プロットにはやや不満もありますが、全体的にみればまずまずといっていいのではないでしょうか。

2002.11.30読了  [ハル・クレメント]
【関連】 『20億の針』



ジャンピング・ジェニイ  Jumping Jenny  アントニイ・バークリー
 1933年発表 (狩野一郎訳 国書刊行会 世界探偵小説全集31)ネタバレ感想

[紹介]
 ロナルド・ストラットンの邸で開かれたパーティは、参加者が有名な殺人者や被害者に扮装するという風変わりな趣向で、屋上には余興として絞首台が設置され、藁人形が吊されるという凝ったものだった。その席上、人間観察を趣味とする探偵・シェリンガムさえも辟易とさせるほど、ヒステリックで自己中心的な言動を続けていたロナルドの義妹・イーナ。嫌われ者の彼女は、やがてロナルドの手で会場から放り出されることになったのだが、パーティが終わりに近づいた頃、彼女は藁人形の代わりに絞首台にぶら下がっていた……。

[感想]

 本格ミステリの定型から大きく逸脱したプロットに加えて、“異能の名探偵”シェリンガムがその能力を最大限に発揮するなど、バークリーのミステリ作家としての特殊性の極致ともいえる作品です。事件自体は非常にシンプルですが、混迷を極めるその後の展開は、笑いさえ誘います。

 その中心となるのは探偵シェリンガム。思わぬ殺人の嫌疑をかけられたことから、自らの潔白を証明するために事件の真相を探り始めた彼は、完全に主役として獅子奮迅の大活躍をしています(その一端は、第12章の「名探偵の破廉恥な行為」という章題にも表れています)。その意味で、この作品が“シェリンガム最大の事件”となっているのは間違いないでしょう。したがって、本書よりも先にシェリンガムものを何作か(特に『第二の銃声』など)読んで、その人となりをある程度把握しておいた方がより楽しめると思います。ましてや、バークリー作品への入口としては絶対におすすめできません。逆に、他のバークリー作品を読んだことのある方にとっては必読の傑作です。

 バークリーらしい、底意地の悪さのようなものが感じられるラストも含めて、最初から最後まで一筋縄ではいかない作品です。

2002.12.03読了  [アントニイ・バークリー]



はじまりの島  The Beagle in Galapagos  柳 広司
 2002年発表 (朝日新聞社)ネタバレ感想

[紹介]
 1835年、若き博物学者チャールズ・ダーウィンを乗せた軍艦ビーグル号は、長年にわたる航海を経てガラパゴス諸島へとたどり着いた。ここで希望者が一週間の休暇を過ごすことになり、艦長をはじめとする総勢11名の一行が、イグアナとゾウガメが君臨する小島に降り立った。数年前に、捕鯨船の船長を殺したスペイン人が逃げ込んだといわれるこの島で、やがて奇怪な殺人事件が相次ぐ。足音もなく被害者に近づく姿なき殺人者は狂ったスペイン人なのか、それとも……?

[感想]

 “進化論”を発表したチャールズ・ダーウィンを主役とした歴史ミステリですが、歴史上の謎が中心となるのではなく、ビーグル号による航海という歴史的事実の裏で、ガラパゴス諸島を舞台にしたストレートな孤島ミステリが展開されているのが面白いところです。特殊な舞台設定は決して奇をてらっているわけではなく、あくまでもストーリー上の要請によるもので、十分な説得力を備えています。

 正直なところ、殺人のトリック自体はさほどのものでもありませんが、その使い方はまさに絶妙。張りめぐらされた伏線と相まって、全編がジグソーパズルのように精緻に組み立てられているという印象を与えます。中盤以降、次々と繰り出される逆説も魅力的です。難をいえば、犯人がややわかりやすいようにも思えるのですが、この作品の真価はそれ以降の部分にあります。明らかになった犯人の心理の暴走も、そして特異な舞台、登場人物の配置、小さなエピソードなど、すべてが一点に収束していく過程は圧巻です。ラストの何ともいえない余韻も含めて、細部に至るまで計算し尽くされた傑作です。

2002.12.05読了  [柳 広司]



ソルトマーシュの殺人  The Saltmarsh Murders  グラディス・ミッチェル
 1932年発表 (宮脇孝雄訳 国書刊行会 世界探偵小説全集28)ネタバレ感想

[紹介]
 牧師館のメイドが父親のわからぬ子供を妊娠したことで、ソルトマーシュ村には様々な憶測が飛び交った。牧師館をお払い箱になった彼女は村の宿屋に身を寄せ、誰にも父親の名を告げぬまま子供を産み落としたが、やがて村祭りの夜に殺害されてしまう。さらに牧師が何者かに襲撃されるなど、相次ぐ奇妙な事件に対して、村に滞在中の老心理学者ミセス・ブラッドリーが捜査に乗り出した。若い副牧師を助手にしたがえ、次々と村人たちの秘密を暴いていく魔女のようなミセス・ブラッドリー。彼女が解き明かした真相とは……?

[感想]

 田舎の小村を舞台としたミステリですが、事件よりもむしろくせのある登場人物たちを描くことに重点が置かれています。そして、それ自体は十分に成功しているといっていいでしょう。村人たちもいずれ劣らず個性的ですが、何といっても探偵役となるミセス・ブラッドリーが強烈なキャラクターで、不吉な予言を告げる魔女のような、それでいてその奥に人間に対する確かな洞察力をうかがわせるその言動からは、なかなか目が離せません。

 しかしながら、その登場人物たちに関する描写が、肝心の物語の足を引っ張っているように感じられてしまいます。積み重ねられていく個々のエピソードはユーモラスで楽しめるものですが、そちらに紙幅が割かれるたびに物語の進行が妨げられているように思えます。辛辣なミセス・ブラッドリーが密かに「おつむが弱い」と評している、語り手のウェルズ副牧師の飲み込みの悪さもまた、展開の遅さに拍車をかけています。それでいて、解決場面になるといきなりたたみかけるようにテンポが上がり、そのギャップにはしばし戸惑わされます。このあたりは人によって評価が分かれる所かもしれませんが。

 ミステリ部分はまずまずの出来だと思いますし、巻末に付されたミセス・ブラッドリーの手記(手帳)の最後の1行も破壊力抜群です。が、個人的には全体のバランスの悪さが気になってしまいました。

2002.12.09読了  [グラディス・ミッチェル]



一角獣をさがせ!  Stalking the Unicorn: a Fable of Tonight  マイク・レズニック
 1987年発表 (佐藤ひろみ訳 ハヤカワ文庫FT145)

[紹介]
 大晦日の夜、マンハッタンにある事務所でひとり飲んだくれていた私立探偵・マロリーの前に、緑色の妖精が突然姿を現した。アルコール中毒による幻覚かと疑うマロリー。だが、その妖精・ミュルゲンシュトゥルムは、異次元のマンハッタンから仕事を依頼しにきたのだった。その仕事とは、盗まれたユニコーンの捜索。翌朝までに発見できなければ、ミュルゲンシュトゥルムは殺されてしまうのだという。約束された高額の報酬につられたマロリーは、ミュルゲンシュトゥルムとともにもう一つのマンハッタンへと旅立ったが……。

[感想]

 ファンタジー世界の私立探偵ものですが、類型的ではなくユニークな舞台が魅力です。もちろんユニコーンをはじめ、妖精や悪魔など、既存のファンタジー的な要素も登場してはいますが、マロリーが出会う一風変わった人々との間で積み重ねられていく数々のエピソードは、幻想的というよりは“奇妙な味”を感じさせる世界を作り上げています。

 その奇妙な世界でマロリーはユニコーンを探すことになるのですが、誰が盗んだかははっきりしているものの、その行方は杳として知れません。特に序盤などは捜査がなかなか進まず、ややじれったく感じられるのですが、中盤以降は思わぬ真相が少しずつ明らかになっていきます(解説が若干ネタバレ気味なので、ご注意下さい)。

 終盤、マロリーが敵と対決する場面の心理戦はなかなか面白いと思いますし、序盤は依頼人の事情により、そして後半になるとマロリー自身にも関わってくるタイムリミットが設定されていることで、スリルが高まっていくところも見逃せません。大晦日の長い一夜の出来事がユーモラスに、そしてドラマティックに描かれた、楽しく味わい深い作品です。

2002.12.11読了  [マイク・レズニック]


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