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  4. 神戯 ―DEBUG PROGRAM―

神戯 ―DEBUG PROGRAM―/神世希

2010年発表 講談社BOX(講談社)

 本書のネタバレ感想を書くにあたって、あじさいさんによる「未確認アリス14歳、エロラノときどき探偵 : 神世希「神戯-DEBUG PROGRAM- Operation Phantom Proof」」を参考にさせていただきました。ここに感謝いたします。


 上記の記事をお読みになった方はおわかりのように、本書は大きく分けて誠真学院(共学)を舞台としたパート(主に“”で表示)と清心女学院を舞台としたパート(主に“”で表示)で構成されています。〈†パート〉の主役である“おれ”ことサクラユウキ(男子)――優樹/優希?(下巻*1260頁)――と〈∽パート〉佐倉優希(女子)をはじめとして、双方のパートに似たような名前の人物が多数登場しているのは、見開きの“世界が断裂した”(下巻508頁~509頁)の箇所で文字通り世界が二つに“断裂”した結果だと考えられます。

*

 ここで気になるのが、“解決篇”よろしく物語の結末近くに置かれた「PROLOGUE」です。

 「PROLOGUE」の語り手である“おれ”は、“コスプレ探偵『サクラ☆自演乙☆ユウちゃん』”(下巻520頁)などと呼ばれうる男性(→野郎{おれ}の尻{ケツ}”(下巻514頁)を参照)であることから、サクラユウキだと考えられますが、〈神薙探偵事務所〉に所属する“『住所不定で無職、過去の経歴は白紙、全て抹消済み』なニンゲン”という立場は〈†パート〉当初のものではなく、殺人事件の犯人にされかけたところを神薙劉・トーマに救出された後――「弐拾参」を経た後と考える方がしっくりきます。

 つまり、〈†パート〉「PROLOGUE」よりも前の出来事――カットバックもしくは“おれ”の回想――であり、また「PROLOGUE」の最後で“おれ”が清心女学院に潜入することになる――“次回(つっても今回)”(下巻521頁)にも注意――わけですから、そこから〈∽パート〉が始まると考えるべきではないでしょうか。

 というわけで、本書をおおよその時系列に沿って並べ替えてみると、以下のようになると思われます。

〈†パート〉【誠真学院】
・“おれ”=サクラユウキ(男)
・神世希/トーマと出会う
・霊能者騒ぎ
・音楽室で日向和泉が消失(「INTERLUDE」)
・死霊館の殺人(「破/INTERLUDE」から)
・サツジンキと出会う(「急/DEUSLAYER」へ)
・部長による謎解き
   ↓
[“おれ”=サクラユウキ(男)が犯人]
 
上巻515頁へ
←――――――
「INTERLUDE」
・音楽室で日向和泉を襲う神界魚をトーマが狙撃
 
下巻38頁へ
←――――――
「破/INTERLUDE」
・神界魚との戦いに敗れた闘魔
   ↓
(損傷した“機体”が“神世希の遺体”と認識される)
 
下巻127頁から
――――――→
←――――――
下巻128頁へ
「急/DEUSLAYER」
・殺神鬼と神界魚の戦い
・“世界は断裂した”
   ↓
(記憶はサツジンキに封印される)
 
「弐拾参」
・トーマが“おれ”=サクラユウキ(男)を救出
・封印された「急/DEUSLAYER」の記憶が戻る
「PROLOGUE」
・“おれ”=サクラユウキ(男)
・神薙探偵事務所
・清心女学院へ潜入する任務
〈∽パート〉【清心女学院】
・“おれ”=伊藤茉莉也(偽者)=サクラユウキ(男)
・霊能者騒ぎ
・死霊館の殺人
・佐倉優希(女)に容疑がかかる
・神薙都馬による謎解き
   ↓
[伊藤茉莉也の偽者が犯人]
「エピローグ」
・佐倉優希(女)の迷探偵宣言
最後の∞
“犯人役だけはもうこりごり”

 「PROLOGUE」から〈∽パート〉につながるとすれば、清心女学院に潜入していた“おれ”=“伊藤茉莉也の偽者”の正体は、サクラユウキ(男)だと考えるのが妥当でしょう。そのサクラユウキ(男)が、神薙都馬の指摘通り〈∽パート〉での大量殺人の犯人だった……というわけではありません。作中では捜査陣を含めて他の登場人物たちに受け入れられていますが、神薙都馬による謎解きには大きな“穴”があります。

 第一発見者の面々が死体発見時の“伊藤茉莉也”のアリバイを主張したことをきっかけに、神薙都馬はその場にいる(神聖四文字でミスを犯した)“伊藤茉莉也”を偽者だと断じていますが、これは他の面々とともに死体を発見することになった“伊藤茉莉也”が本物だったことを前提にしています。

 この場合、当然ながら本物の伊藤茉莉也と偽者(=“おれ”)の入れ替わりは死体発見以後ということになるわけですが、読者に対してのみ示唆されているように、実際には“おれ”はそれ以前――〈∽パート〉当初の時点で(“伊藤茉莉也”として)清心女学院に潜入していたわけですから、本物の伊藤茉莉也はすでに失踪していたと考えられます*2。したがって、死体発見時の“伊藤茉莉也”は偽者(=“おれ”)であり、神薙都馬が解き明かした“真相”は成立しないことになります。

 結局のところ、“この世{セカイ}に不思議なことなどあってはならんのだよ。”(下巻523頁)という神薙劉の狙いは、〈†パート〉でサクラユウキ(男)を大量殺人の犯人に仕立て上げたのと同じように、〈∽パート〉でも大量殺人事件に現実的な幕引きを用意することにあり、“おれ”=サクラユウキ(男)も神薙都馬もそれに沿って動いていたと考えられます。つまり、“おれ”=サクラユウキ(男)は犯人役として清心女学院に送り込まれ、神薙都馬は探偵役として[伊藤茉莉也の偽者が犯人]という偽の解決をひねり出す任務を負っていたということになるのではないでしょうか。

 そう考えると、“まさかこんなカタチで事件に決着が付くとは(中略)思ってもみなかった”“ニセ茉莉也”の、“即興の密室トリックに、ミスから出た証拠、そして入れ替わりのマジックまで。都馬はそれらを見事に論理の鎖で繋ぎとめ、一つの推理に昇華してみせた。”(下巻365頁~366頁)という述懐も、探偵役と犯人役の“共犯関係”を暗示しているように受け取れます。

 巧妙なのは、前述のように事前の入れ替わりが読者に対してのみ明かされている点で、神薙都馬による偽の解決を否定するための手がかりが作中の他の人物には与えられていない――イズミをはじめ他の人物たちは、“伊藤茉莉也”が偽者にすり替わっていることを見抜けなかった――ため、作中での現実的な幕引きが問題なく成立することになります。ついでにいえば、これは“おれ”の女装が叙述トリック的に読者に対して伏せられていることと引き換えの、“逆叙述トリック”的な仕掛けととらえることができるようにも思います。

 大量殺人の犯人として逮捕された“おれ”=サクラユウキ(男)は、その後、〈†パート〉の事件後の「弐拾参」と同じように、トーマ(闘魔?/都馬?)によって無事に救出されたのでしょうが、二度にわたって犯人扱いされた挙げ句に部長にボロボロになるまで叩きのめされたわけですから、最後の最後に“犯人役だけはもうこりごりです”(下巻523頁)と言いたくなるのも当然でしょう(苦笑)

*

 ところで、「プロローグ」で神薙劉から預かったという荷物を事務所に届けにきた、見知らぬツイン娘”(下巻519頁)とは、一体誰なのでしょうか。闘魔/都馬ならば“見知らぬ”とはならないでしょうし、下巻524頁~525頁のイラストの中で唯一“ツイン娘”である平野晶は関西弁のはずですから、該当する人物はいないように思えるのですが……。

*1: 以下、“BOOK1”を“上巻”、“BOOK2”を“下巻”と表記します。
*2: 上巻53頁~54頁の清心女学院連続生徒失踪事件報告書】で、伊藤茉莉也がいつ失踪したのかがはっきり示されているのが気になりますが、これは神薙探偵事務所の報告書――神薙探偵事務所だけが把握していた事実だと考えれば、問題はないかもしれません。

2011.08.25 / 08.29読了