ミステリ&SF感想vol.191

2011.11.12

生霊{いきだま}の如き重{だぶ}るもの  三津田信三

ネタバレ感想 2011年発表 (講談社ノベルス)

[紹介と感想]
 『密室の如き籠るもの』に続く〈刀城言耶シリーズ〉の短編集第二弾で、アンソロジー『新・本格推理(特別編)』に収録された「死霊の如き歩くもの」、もともとは原書房版の『凶鳥の如き忌むもの』に併録された「天魔の如き跳ぶもの」、さらに雑誌に掲載された残りの三篇を加えた五篇がすべて、刀城言耶の学生時代のエピソードで統一されています。
 学生時代ということで、『首無の如き祟るもの』『水魑の如き沈むもの』にも登場した先輩・阿武隈川烏がクローズアップされており、その傍若無人で愉快なキャラクターのせいもあって、直接登場しない作品でも大きな存在感を放っているのが目を引きます。
 『密室の如き籠るもの』では、(表題作を除いて)分量のせいもあってかやや物足りなく感じられる部分もありましたが、本書では総じてトリックもまずまずかつ刀城言耶の“二転三転推理”にも見ごたえがあり、短編といえども十分に満足のいくものになっています。シリーズを未読の方であれば、長編よりもまず本書から入るというのもアリかもしれません。

「死霊の如き歩くもの」
 民族学者・本宮教授の風変わりな屋敷に招かれた刀城言耶は、南洋の部族の儀式に登場する、足音と足跡だけを残す死霊の話を聞かされる。その翌日、何気なく屋敷の中庭に目をやった言耶は、雪の舞う中で下駄だけが独りでに歩いているのを目撃した。そして雪の上に残った下駄の跡の先には……。
 いわゆる“雪密室”テーマではありますが、“足跡のない殺人”ならぬ“足跡のある殺人、ただし犯人の姿は下駄だけ”という、作中で語られる怪異譚に絡めた奇天烈な状況がユニーク。他にも、足跡そのものの不可解さや奇妙な凶器など数々の謎が盛り込まれており、なかなか贅沢な作品といえるかもしれません。解決も鮮やかですが、個人的にはラストがちょっと好みでないのが残念。

「天魔の如き跳ぶもの」
 “天魔”という奇妙な屋敷神を祀っている武蔵茶郷の箕作家。その裏庭にある竹薮では、不意に空中に吸い込まれたかのような不可解な人間消失がたびたび起きているという。興味を抱いた刀城言耶は、話を仕入れてきた先輩の阿武隈川烏とともに箕作家を訪れるが、近所の子供が足跡だけを残して……。
 先輩・阿武隈川烏と言耶とのやり取りでコメディ的な雰囲気も漂う一篇。奇妙な人間消失が扱われていますが、ホラー要素は控えめとなっている分、トリックの“弱さ”が目についてしまうきらいがあります。とはいえ、バカミスとしての魅力は十分に備わっていますし、最後の“オチ”も印象的です。

「屍蝋の如き滴るもの」
 怪奇作家にして民族学者の土淵教授の屋敷の庭、池の真ん中に浮かぶ島には、かつて宗教を興して即身成仏を果たした教授の祖父が、屍蝋化した木乃伊となって眠っているという。そして刀城言耶が屋敷に泊まった夜、襤褸布をまとった屍蝋の姿が島の四阿に現れ、翌朝には死体が発見されたのだ……。
 屍蝋といえばミステリではもはやおなじみといっても過言ではありません*1が、この作品ではそこに至る経緯のせいで屍蝋そのものが“怪異”と化しているのが興味深いところ。そして屍蝋の“出現”とともに起こる事件は、「死霊の如き歩くもの」とは一味違った“雪密室”で、基本のトリックに加えられた巧みなアレンジと、ある小道具の使い方が光ります。何とも不気味な結末も印象的。

「生霊の如き重るもの」
 刀城言耶は、大学の先輩・谷生龍之介から、子供の頃に疎開していた本家で遭遇したという長兄・熊之介の生霊の話を聞かされる。その熊之介はやがて、病で命を落とすことになったのだが、今度は出征していた次兄・虎之介の身に異変が起きたという。言耶が龍之介の依頼で谷生家を訪ねてみると……。
 「~重{だぶ}るもの」というあんまりな題名はさておき(苦笑)、“生霊”すなわち“ドッペルゲンガー”がメインの謎に据えられるのかと思いきや、横溝正史の某作品*2――作中で言及されているのはジョン・ディクスン・カーの某作品*3ですが――を思わせる奇妙な状況に転じるなど、ひねられたプロットが光る作品です。謎が一見するとシンプルであるにもかかわらず、言耶の“二転三転推理”が実にうまく生かされているのもお見事。

「顔無の如き攫うもの」
 学生たちの怪談会に飛び入り参加した刀城言耶。そこで一人が語ったのは幼い頃の体験談――近所の子が旅芸人たちの集まった空き地に入り込み、行き止まりのそこから煙のように消え失せたというものだった。空き地に出没すると噂されていた、顔無の化け物に攫われてしまったのか、それとも……?
 シリーズには珍しく安楽椅子探偵風の一篇。怪談の形を取った密室状況での人間消失に対して、現場からの脱出経路を一つ一つ検討していく推理の過程が大きな見どころです。言耶が最後にたどり着く真相はある海外古典のバリエーションですが、それを支える要素に工夫が凝らされているのが秀逸。そして他の作品とはやや趣の違う恐怖も。

*1: 例えば、横溝正史の某長編(一応伏せ字)『八つ墓村』(ここまで)など。
*2: 長編(一応伏せ字)『犬神家の一族』(ここまで)。もちろん、作中の時期(“終戦から一年と少し過ぎた頃、虎之介の戦死を告げる通知が届き”(252頁)“その年の秋になって、なんと虎之介が復員した”(253頁)“虎之介の復員から約二年半後、もう一人の虎之介が帰って来た”(254頁)とあることから、1949年春だと考えられます)にはまだ発表されていない(→「横溝正史#主要作品リスト - Wikipedia」を参照)ので、ここで引き合いに出すわけにはいかないでしょう。
*3: 長編(一応伏せ字)『曲った蝶番』(ここまで)。

2011.07.16読了  [三津田信三]

眩暈を愛して夢を見よ  小川勝己

ネタバレ感想 2001年発表 (角川文庫 お45-4)

[紹介]
 AV制作会社でスタッフとして働いていた“ぼく”こと須山隆治は、撮影現場で高校時代の憧れの先輩・柏木美南と再会した――会社が倒産した後、アルバイトをして日々を送っているぼくは、ある日元AV女優・里村リサに呼び出され、“山下なつみ”の行方を尋ねられる。AV女優・山下なつみ――柏木美南は、普通の人と結婚すると言い残してぼくの前から姿を消したのだが、その後失踪してしまったらしい。ぼくは、美南のフィアンセに頼まれたというリサに協力して、美南の行方を探すことになったのだが、やがて美南の悲惨な過去が浮かび上がってくるとともに、美南に関わった人物が相次いで殺されていき……。

[感想]
 『葬列』で第20回横溝正史賞を受賞してデビューし、クライムノベルやサイコサスペンス、本格ミステリと、多彩な作風の持ち主である(らしい)作者・小川勝己。その第三長編である本書は、カバー裏の紹介文に“横溝賞受賞作家が放つ驚天動地の大傑作ミステリ!”と銘打たれており、確かにそれはあながち間違いではないのですが、実のところは、オーソドックスなミステリを期待して読んでいくと途方に暮れてしまうこと請け合いの、題名のとおり眩暈のするような怪作です。

 失踪者の行方を探すうちに、その人物像と秘められた過去が浮かび上がってくる――という物語の軸は、古典的なフォーマットに則っているともいえますが、その失踪者・柏木美南の造形からして一筋縄ではいきません。“ぼく”が知る憧れの先輩とAV女優という“二つの顔”に加えて、調査を通じて見えてくる“別の顔”、さらに“ぼく”とは別の視点で描き出される“知られざる顔”と、それぞれがすんなりと重ならずちぐはぐに感じられるために、間違いなく“柏木美南の物語”であるにもかかわらず、エピソードが積み重ねられるほどその実在さえ疑わしくなってくるような、奇妙に落ち着かない感覚にとらわれていきます。

 それでも、美南の行方探しと並行して描かれていく偏執的で凄惨な連続見立て殺人が、(どことなく浮いているような印象を与えつつも)いかにもミステリらしい展開を予感させてはいるのですが、やがて本筋と関係あるのかないのかよくわからない作中作と辛辣な批評*1が飛び出してくるに至って、読者は完全な混迷の中に放り込まれます。実のところ、この作中作と批評の部分だけでもかなり強烈――創作をしている/志している方にはまた違った思いがあるかもしれませんが、こうして好き勝手に感想を書いている私自身にとっても痛みが大きく、心を揺さぶられるものがあります。

 そこから先はもう、まったく予備知識を持たずに読む方がより楽しめると思いますのであまり触れませんが、taipeimonochromeさんがご指摘*2のように、前述の批評の中に登場する“サンプリング”*3を取り入れつつも、独特の物語に仕立ててあるのが秀逸です。個人的にはかなり気に入ったのですが(AV業界が題材だからというだけでなく)いささかえげつないエピソードが散見されるあたりも含めて、どこからどう見ても読者を選ぶ作品であることは間違いありません。とりあえず“変なミステリ”がお好きな方にとっては、一読の価値があるのではないでしょうか。

*1: 短編ミステリ三作と座談会形式の批評に加えて、「無責任かつ自堕落な標本化」と題された興味深い批評が挿入されています。
*2: (前略)サンプリング小説だと揶揄されるのですが、この言葉は、そのまま本作にも當てはまります。或る小説を連想させるようなシーンやアイテムが物語のあちこちに散りばめられているのですよ。”「taipeimonochrome ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » 眩暈を愛して夢を見よ / 小川 勝己」;なお、私見では若干ネタバレ気味な箇所がありますので、元記事は本書を読了後にお読みになることをおすすめします)
*3: 前述の「無責任かつ自堕落な標本化」で触れられていますが、「ミステリっぽい本とプログレっぽい音樂 » 眩暈を愛して夢を見よ / 小川 勝己 (オマケ)」でさらに解説されていますので、興味がおありの方はご一読を。

2011.08.06読了  [小川勝己]

幽霊殺人 Отель «У Погибшего Альпиниста»  ストルガツキー兄弟

1970年発表 (深見 弾訳 ハヤカワSFシリーズ3316)

[紹介]
 警察監督官ピーター・グレブスキーは、二週間の休暇を過ごそうと、雪深い渓谷にあるホテル〈山の遭難者〉*1を訪れた。だが到着早々に、ホテルの名の由来になったという、前年の事故で死亡した登山家の幽霊がホテルに跋扈している気配が。札束で煙草に火をつける大富豪モーゼスに、絶世の美貌を誇りながらどこか調子の外れた彼の妻、あたりかまわず自慢の腕を披露して回る高名な奇術師ドュ・バルンストクルなど、泊り客は一くせも二くせもありそうな連中ばかり。やがて、泊り客の中に殺人者が紛れ込んでいると告発する置き手紙まで飛び出す中、不可解な殺人事件が発生して……。

[感想]
 『収容所惑星』などのシリアスなSF作品で知られるロシア(旧ソ連)のSF作家、ストルガツキー兄弟(アルカジイ&ボリス)が、なぜか(?)“雪の山荘の殺人”という、(一見すると)コテコテの(本格)ミステリのシチュエーションに挑んだ異色の作品です。本書の訳者である深見弾氏の解説によれば、雑誌連載時にはわざわざ“推理小説{プリクリュチェースカヤ}と銘打たれていたとのことですが、それもうなずける内容です。

 泊り客のみならずホテルの主人まで含めて奇妙な――というよりも怪しい人物たちが揃い、相次ぐ幽霊騒ぎに告発の手紙といった道具立てが用意され、ついに不可解な殺人事件が発生するという展開は、まさにミステリそのもの。他の人々があまり協力的でない中、(“警察監督官”なる立場もあって)主人公が事件解決に孤軍奮闘するあたりはハードボイルド風の印象もあり、また事件発生時の容疑者たちのアリバイに焦点を当てた尋問など、地道な捜査活動が積み重ねられていくのも目を引きます。

 とはいえ……本書が〈ハヤカワ・ミステリ〉(ポケミス)ではなく〈ハヤカワSFシリーズ〉の一冊として刊行されている*2時点ですでに“出オチ”の感もありますが、物語が進んでいくにつれて事件の様相が“普通のミステリ”の範疇には収まらない気配がひしひしと。そうなると読者としては、事件に対して愚直に通常の捜査活動を行う主人公にやきもきさせられるとともに、そこに(とりわけ旧ソ連の作家だということもあって)あくまで杓子定規な官僚主義への風刺を読み取るのは自然なことではないでしょうか*3

 しかしながら、作者の狙いが必ずしもそこにはないことは、主人公が事件を振り返る「エピローグ」を読めば明らか。最後の主人公の切実な自問自答は読者自身にもそのまま当てはまり――読者が主人公の行動にもどかしさを覚えたのもそれが“小説”であればこそ、“現実”に主人公と同じ立場に立たされたとすれば、やはり同じように振る舞わざるを得ないのではないか、ということを改めて考えさせられます。そして主人公の心情を鮮やかに際立たせる、最後の一節が実に見事です。

 題名や状況設定などから(本格)ミステリとして期待してしまうと肩すかしを食らうことになるのは確実で、色々と変てこな印象を残す作品ではあるのですが、この何ともいえない味わいは個人的に好みです。

*1: 本書の原題『Отель «У Погибшего Альпиниста»』は、このホテルの名前のようです。
*2: ストルガツキー兄弟がSF作家だから、という理由もあり得るかもしれませんが、同じく(主に)SF作家とされるランドル・ギャレットの『魔術師が多すぎる』が〈ハヤカワ・ミステリ〉で刊行されたことを考えると……。
*3: あえてロシア(旧ソ連)ではなく、(おそらくヨーロッパではあるものの)どこの国ともつかない土地が舞台とされているのも、なかなか意味深長に思われます。

2011.08.10読了  [アルカジイ&ボリス・ストルガツキー]

咸陽の闇  丸山天寿

2011年発表 (講談社ノベルス)

[紹介]
 不老不死についての研究成果を始皇帝に報告するために、琅邪の町を離れて都・咸陽へとやってきた徐福ら一行だったが、当の徐福は弟子たちの焦りをよそに、とある里に腰を落ち着けたまま動こうとしない。そんなある日、里の外れの首塚に人食い女の化生が現れ、王宮に勤めているはずの里長の妻が食われていたらしいと大騒ぎに。化生も死体も忽然と消え失せてしまったのだが、そこにはなぜか丹砂の匂いが残されていた。近くの里では若い娘たちが失踪する事件も相次ぐ中、里の老人・六爺が突然姿を消し、その足取りを追った狂生と桃らは、怪しい屋敷の一室でばらばらになった大量の死体を目にして……。

[感想]
 『琅邪の鬼』『琅邪の虎』に続く、秦代の中国を題材とした歴史伝奇ミステリのシリーズ第三作となる本書では、主役をつとめる徐福塾の面々が本拠地としていた港町・琅邪を出て、始皇帝のお膝元である都・咸陽へと舞台が移り*1、いよいよ物語が本格的に動き始めたという印象。“事件の謎を解く”ミステリとしては一歩後退した感があるものの、その代わりに歴史伝奇色がより強まった一作となっています。

 発端の“人食い女”の出現は(しっかりしているとはいえ)子供の目撃証言のみで今ひとつとらえどころがなく、続く老人や娘たちの失踪まで含めて、“謎”として少々物足りなく感じられるのは否めませんが、何が起こっているのかはっきりしない分、得体の知れない不気味さが漂っているのは確か。(『琅邪の鬼』からお読みになっている方はおわかりのように)“怪異”が実在するものとして扱われてもおかしくない作品世界であるだけに*2、ミステリというよりどことなく怪奇小説めいた雰囲気といえるかもしれません。

 本書でクローズアップされている不老不死の研究にしても、現代の視点では現実味がなく奇怪で異様な実験となるわけですが、それが真剣に追究されているあたり、マッドサイエンティストものの怪奇小説さながらといっていいでしょう。とりわけ、徐福をライバル視する方士・盧生によって行われている、人の手で造り出される人間――“亜人”の製作が、物語中盤以降の大きな謎となっていくとともに、何ともグロテスクなイメージを生み出しているのが印象的です。

 一方、始皇帝が命じたもう一つの大事業である、咸陽近くの驪山で行われている始皇帝陵の建設に光が当てられているのも見どころで、驪山の工事現場の過酷さが――歴史上の有名人(?)も絡めつつ――しっかりと描かれ、来るべき波乱への伏線とされています。と同時に、不老不死の研究と併せて始皇帝自身の謎――不老不死を追い求める一方で、死に備えて巨大な陵墓を建設するという矛盾――を浮かび上がらせているところがよくできています。

 そして、様々な要素が緊密なつながりをあらわにする終盤は圧巻。例えば、壮大な秘密が明かされるのに関連して“あるガジェット(?)”*3が恒例の活劇の中でうまく使われていますし、事件の背後に用意されているぬけぬけとした真相を、前述の始皇帝自身の謎に結びつけることで読者に受け入れさせている(?)のも実に巧妙。後味のいい結末も含めて相変わらず痛快な一作で、次作がますます楽しみです。

*1: 琅邪を離れたため、前二作で主人公的な立場をつとめた琅邪の求盗・希仁や、個人的にお気に入り(苦笑)の儒者・笠遠先生が登場しなくなっているのは、少々残念なところではあります。
*2: このあたりの、いわば“境界線がはっきりしない”ところが、ミステリとしての弱さにつながっているともいえるように思います。
*3: (一応伏せ字)始皇帝陵といえば――というアレ(ここまで)のことです。

2011.08.20読了  [丸山天寿]

神戯 ―DEBUG PROGRAM― Operation Phantom Proof  神世希

ネタバレ感想 2010年発表 (講談社BOX)

[紹介]
 市街地から離れた山の中に建つ学院。忘れた宿題を取りに深夜の校舎に忍び込んだおれは、巨大な狙撃銃を携えた謎の美少女と出会う。トーマと名乗った彼女は、自らが“サツジンキ”だとおれに告げた――翌日、教室に現れた転校生・神世希{かみよ・のぞみ}は、トーマにそっくりだがまるで雰囲気の違う美少女。彼女はトーマと同一人物なのか、そして学院を徘徊する“殺人姫(サツジンキ)”の亡霊なのか……。やがて、所属する新聞部(仮)の部長に命じられて深夜の学院での幽霊探し――“Operation Phantom Proof”に臨む羽目になったおれたちは、忌まわしき大量殺人事件に遭遇することに……。

[感想]
 第2回講談社BOX新人賞“Powers”*1を受賞し、講談社BOXとしては(おそらく)唯一の箱入り二冊組(【BOOK1】/【BOOK2】)という形態で刊行された、計1000頁超の大作。内容の方も、冒頭からやたらに多用される特殊フォントによる装飾や無理矢理なルビもしくは当て字、数多くの(多分)パロディやギャグ、全体を通じてバラバラな“顔”を見せるストーリー、そして――と、何だかよくわからないながらも強烈なインパクトを誇る、異形のデビュー作といったところでしょうか。

 とはいえ、特殊フォント*2やルビ*3、あるいはパロディやギャグも、慣れてくると思いのほか読みづらくはなく、大半の部分は意外にスムーズに読み進めることができるので、長大な分量もそれほどは気になりません。一つには、“学園もの”という大枠が終盤まできっちりと維持された中で*4【BOOK1】では主にラブコメ/オカルト【BOOK2】に入るとミステリ/伝奇が主体になるといった具合に、物語が次々と変貌を遂げていく*5ことによって、読者を飽きさせることなく引きつける効果が……ないこともないように思われます。

 とりわけミステリとしては、体裁や文体などから受けるイメージとは裏腹に力が注がれている感があり、なかなか面白い趣向も用意されています。惜しむらくは、一読はともかく再読するにはちょっと抵抗を覚える大ボリュームのせいもあって、趣向の面白さが少々わかりづらくなっているきらいがあり、もったいないという思いを禁じ得ません。一方で、物語終盤まで来て盛り上がるべきところで、イメージ優先の語句やネーミングが説明抜きで連発されることにより、急に薄っぺらい印象になって失速してしまう*6のは大きな難点。

 どうもほめているのかけなしているのかよくわかりませんが、それだけ長所と短所が混在しているいびつな作品だということかもしれません。個人的には(何とか再読もしてみたこともあって)まずまず楽しむことができたのですが、質量ともにストレートにはおすすめしづらい作品であることは確かです。合わない方はまったく合わないのではないかと思われますので、本書を手に取る前に熟慮なさることをおすすめします(苦笑)

 なお、【BOOK2】の最後の方をぱらぱらめくるとオチ(の一つ)が目に入ってしまう可能性が大ですので、本書をお読みになる際にはくれぐれもご注意ください。

*1: “大賞”に相当する賞のようです(→「講談社BOX:Powers」を参照)。
*2: ただし、影付き二重文字は個人的に見づらく感じられました。
*3: 何かを(何かが)“開く”たびに“くぱぁ”とルビが振ってあるのは、さすがにどうかと思いますが(苦笑)。
*4: 市街地から離れた山の中にある全寮制の学院という設定もあって、終盤近くまでほとんど学院内だけで物語が展開されるという徹底ぶりです。
*5: あじさいさんの「未確認アリス14歳、エロラノときどき探偵 : 神世希「神戯-DEBUG PROGRAM- Operation Phantom Proof」」で指摘されているように、予めそういうものだと理解して「『神戯』というジャンル」の小説を読む”という姿勢で臨むことで、“「ミステリだと思って読んでたら伝奇バトルだった」や「学園モノだと思ってたらいつの間にかホラーだった」などとため息を吐く”ような事態は避けられるのではないかと思います。
*6: 実をいえば、このあたりを読んでいる時には、“読む”というより特殊フォントから特殊フォントへと“目を滑らせて”いく感じでした。

2011.08.25 / 08.29読了  [神世希]